2.ケアンズの朝
ケアンズ空港の印象は鳥の声。
ガラスのドアを一歩出てあたりを見回せば、森にいる鳥、町にいる鳥、海にいる鳥、木立の葉の間や、街灯の上にとまって啼いている。
成田からの直行便が着く時間、ちょうどオレンジ色の大きな太陽が地平線に近い雲の間から顔を出す。
ケアンズ空港で迎える朝がいつも本当の旅のはじまり。
二日目 4月27日(金) |
小学四年生のカナはしっかり目を覚まして自分の手荷物の入った小型スーツケースを引きながら歩いたが、二年生のレナはまだまともに目を覚ましていない。半分寝ぼけたままの彼女の手を引き、狭い機内から出て早足で入国審査の列に並ぶと、もう先に着いていたパパが誰かと話をしていた。
相手もやはりカナぐらいの子供をつれた家族。
知り合い?
「俺の高校の友達。偶然ばったり会って」
しかしこの日時にここにいるということは、やはり子供の小学校は休ませたのだろう。同類だ。
「どこに泊まるの?」
「
ミッションビーチだよ」とパパ。
「ミッションビーチ、ああ」と相手の奥さんが思い出すように言った。「去年行ったじゃない私たちも」
「レンタカーで?」
「そう。そっちも?」
話しているときは思い出さず初めましてみたいな挨拶をしてしまったが、後でようやく思い出した。10年ぐらい前に私も一度会ったことがあった。あの頃はこちらも子供はおらず、あちらはまだ結婚もされていなかったはず。
彼らはまた途中で会うかもしれませんねと言って荷物のターンテーブルのところで別れていった。
旅の途中でタウンズヴィルからエアリービーチまで南下するのだそうだ。
我が家よりよっぽど行動的だ。
今回も私たちは食料品を何も持ち込まなかった。
申告すれば良いことは判っているが、面倒だし、全て現地で調達すればいいやと思っている。
家族四人で一週間以上の自炊となると、スーパーマーケットで買った調味料もそれなりに使う。
サラダ油や瓶入りパスタソースが帰りに重いのは判っているけど、どうせスーツケースに入れて転がすだけだし持ち帰った味は豪州の思い出の品として楽しませて貰う。
医薬品だけは念のため持ち込む。
風邪薬、解熱鎮痛剤、それに乗り物酔いの薬は必須。さらに医者に処方箋で出してもらった薬は成分と目的を薬剤師に英語で書いてもらってある。
これらもあっさりと通過した。
但し、毎度のことながら検疫係員につたない日本語で「アメ、オカシ、モッテナイ?」と確認されたが。
ようやく税関も抜けて、入国ゲートをくぐった。
早朝にも関わらず、日本から来る便にあわせて様々なツアー会社のプラカードを持った人が出てくる旅行者を待ちかまえている。
ヘビースモーカーのパパは一刻も早く一服しないとと急いで外へ出た。
確か法律で公共の建物の入り口からも7m離れないと吸っちゃいけないんだよね。
とりあえず煙草と再会して安堵したパパはレンタカーの手配をするため再び建物の中に戻っていき、荷物番として私と子どもたちが残された。
夜が明ける。
見上げる空の広さと色の鮮やかさに、ここはケアンズなんだという実感が湧いてきた。
子どもたちは自分たちのスーツケースを開けて持ってきた人形で遊んでいる。
めいめいが機内持ち込みできるサイズの小型スーツケースを引いていて、その中にポケモンキッズというお菓子のおまけのポケモン人形が入れてある。
別にちっちゃい塩ビの玩具くらい一個や二個持っていっても大したことじゃないと思うでしょ?
問題は数よ。何個だと思う?
なんと80個も持っていった。
悪いけど母はアホじゃないかと思った。
パパが無事レンタカー貸し出し手続きを終えてきて、車まで移動した。
成田で34.7キロあった二つのスーツケースはぴったしトランクに収まった。もう本当にジャストサイズ。どちらかのスーツケースがもうちょっと大きかったら載らなかったかもしれない。
空港からケアンズ市内までおよそ10分ほどのドライブ。
道の両側は緑が濃い。湿った重そうな熱帯雨林。
なんとなくたかだか10分程度でこのあたりでは最も大きな町に着くとはとても思えない景色。
クリークを渡る。
山も見える。
でもほんの数分走るだけでいつの間にか辺りの景色は家の並ぶ郊外の様子を帯びてきて、気が付くと車は碁盤の目に敷かれた市街地を走っていた。
四年前はツアーの送迎バスで空港から市内に連れてきてもらい、リーフカジノでオプショナルツアーなどの説明を受けた後、レンタカーで
ポートダグラスに移動した。
三年前はツアーの送迎車が空港から真っ直ぐポートダグラスに運んでくれた。
二年前はもうツアーはやめにして全て自分たちで手配、最初の宿泊地が
テーブルランドだったので、レンタカーで空港から市内とは逆方向に走り
スミスフィールド、キュランダを経由して、朝のうちから南西へ移動してしまった。
今回久しぶりにケアンズ市内にやってきたのは行きたいところがあったからだ。
空港から市内に向かうキャプテンクックハイウェイこと1号線は、ケアンズ市内ではシェリダンストリートとなる。
1号線は途中の信号で直角に右に曲がりフローレンスストリートそしてマルグライブロードに続いていくが、私たちはシェリダンストリートをそのまま直進した。
「そろそろこの辺なんじゃない?」とパパが言うので地図から目を上げて辺りを見回すと、右手の道の突き当たりに大きな建物が見えた。ケアンズセントラルショッピングセンターで、その奥にケアンズ駅がある。
私たちの目的は右ではなく左手。
バックパッカー宿ギリガンズのちょうど裏手に金、土、日曜日の週に三日間だけ
ラスティーズマーケットという地元の人御用達の食料調達マーケットが開かれているのだ。
マーケット好きの我が家のことを知っている人ならば、えっ、まだラスティーズマーケットに行ったことがなかったの?と驚くと思うが、さっきも書いたようにこれまでの行程だと初日にケアンズでゆっくりする時間は無かったし、曜日があうとも限らなかったので機会がなかった。
なにしろ泊まるのはいつもケアンズ市内を離れた場所ばかりだから。
市内に入ってからやたらと巨大な工事のクレーンが目に付いた。
そこいら中が工事中だ。
絶対ケアンズは今開発に燃えている。
このまま円安が続いたら日本人観光客は減る一方だろう。気軽に来られる海外ではなく、本当にケアンズが好きな人だけががんばって来る場所になるだろう。
まあ日本人客がターゲットでないなら別に構わないけど。
ラスティーズマーケットに行くことを決めて、一番心配していたのは時間だった。
マーケットのオープン時間は金・土は朝8時、日曜は9時となっているが、空港で日の出を見たぐらいだから、今はまだ7時だ。
パパは「適当に7時ぐらいから開いている店があるんじゃない?」なんて言っていたけど、オージーはのんびりしていることはあっても1時間も早く店を開けることはないんじゃないだろうか。
いやそんなことは無かった。
マーケット前の道路に駐車スペースを示す白線が引かれていたが、そのほとんどが車で埋まっていて、さらに近づいてみるとマーケット自体既にぽつぽつと店が開いていた。
思ったよりみんな朝が早いようだ。
実はラスティーズマーケットの正面に向かって右手に2時間まで無料の駐車場がある。
だけどこのときはその表示に気づかず、1ブロックほどうろうろと探し回ったあげく、路上のコインパークに停めることにした。
1時間80セント。
小銭ならあるぞ、任せとけ。
ほぼ毎年渡豪するので初日に両替しなくてもなんとかなるぐらいの豪ドルが常に手元に残されていたりする。
眠いのと遊んでいたいのとで子どもたちは車を降りたがらなかったが、そこを何とか説得して降ろした。
マーケットは何だか巨大な倉庫のような建物だ。
屋根はついているがドアはない。
広いスペースを区切って多くの店が出店している。
入り口近くは果物屋がいっぱい。
山と積み上げられたパイナップル、リンゴ、バナナ、アボカド、オレンジ、パパイヤ、グレープ、洋梨、ドラゴンフルーツ・・・。
中にはランブータン、カスタードアップル、スターフルーツなども混ざっている。
少し進むと中央部には野菜を売っている店。ジャガイモ、タマネギ、茄子、トマト、ズッキーニ。
青物ばかり集めた店や根菜ばかり並べている店もある。
それらの間にぽつぽつと、総菜を売る店や絞り立てさとうきびジュース、マンガリークリークデイリーの出店などが点在する。
一番奥はアクセサリーや衣料品。といってもデパートで扱うような品ではなく、素朴なくず真珠や天然石を使った加工品などだ。
あちこちの店を冷やかして、皮ごと食べられる薄緑の葡萄と小振りなメロンを買った。
アクセサリーの店でレナが10ドルの値札を見て、「あのネックレス安いよ、10円だって」と言う。
「あれはね、日本のお金じゃなくてオーストラリアのお金の単位なの。だから10円じゃなくて、約1000円」
もう少し小粒なものは4ドルからある。
玩具みたいなネックレスでも一応真珠は真珠。可愛いし4ドルは安い。
マーケット好きのパパは早速子どもたちにひとつずつネックレスを選ばせた。
カナはピンクと白の。レナはオレンジと白の。
売っているおじさんは一人ずつちゃんと首から回して背中で留めて、最後に鏡を見せてくれた。
ネックレスも嬉しいけど一人前扱いしてもらえたことがなお嬉しい娘たち。
私はマンゴーを探していた。
ケアンズ周辺はマンゴーの産地でもある。
テーブルランドの
マリーバでは珍しい
マンゴーのワインを作っているし、その辺の森には野生のマンゴーの木もあって、果ては公園の庭木から道の街路樹までマンゴーの木で、これらが季節にはたわわに実ると聞いている。
私はマンゴーが大好きだけど、日本ではあまりに高いので滅多に食べられない。
沖縄もマンゴーの産地だけど、大きくて品質の良いやつは、1つ安くても2千円ぐらい平気でする。
ケアンズで飽きるまでマンゴーを食べる。そんなことができたら最高だけど、これまたあいにくとなかなか季節があわない。
ちょうどこのゴールデンウィーク頃というのはケアンズのマンゴーの終わりかけシーズンだ。
一昨年も同じ時期に来て、そのときも少しくらいマンゴーが残っているだろうとあちこちで探したが、どこのスーパーマーケットでも見つけることができなかった。
やっと「これだ、この色合いはマンゴーに違いない」というフルーツを見つけて買ってみたが、皮をむいてみたらそれは熟した洋梨だったという笑い話まである。
ラスティーズマーケットに来ればもしかしたら・・・。
そう思って探したが今回もなかなか見つからない。
諦めかけたとき、ようやくそれらしいものを見つけた。
・・・まさか洋梨じゃないよねぇ?
「マンゴー?」
「マンゴーだよ」とおじさん。「今日食べるの? それとも一週間ぐらい先?」
「今日」
そうしたらこれだなぁと、ひとつ選んでくれた。
「今日から2〜3日が食べ頃」
その店ではカスタードアップルも売っていたのでこれも熟したのを選んでもらった。
カスタードアップルも一昨年失敗したのだ。
スーパーで固いのを買って切ってみたら、まだ熟していなくてあまり美味しくなかった。
スーパーマーケットと違って、こんな風にいろいろ教えてもらいながら買い物できるのもこういう場所の良いところ。
さらにパン屋があったのでパンを買って、そろそろ出ようと思ったら一軒の店のおじさんが「良かったら写真を撮ってあげよう」と言ってくれた。
何だか観光地でもないのにちょっと恥ずかしい。
四人で並んではいポーズ。
これが今回唯一の家族写真だったりする。
ラスティーズマーケットで買い物を終えてもまだ朝8時前。
普通の店も観光施設も開いていない。
なんの、この時間でも大丈夫なことをちゃんと考えている。
「次はどうするの?」
「公園に行こうと思っている。前々から行ってみたかったところ。
マッディーズ・プレイグラウンド」
ところが後部座席からブーイング。
「公園なんてやだ」
「行きたくない」
そうかそれじゃあ
「プールはどう?」
「プール行く!」
「行く行く!!」
じゃ、次の目的地は
ラグーンで決まりだ。
グレートバリアリーフや熱帯雨林の世界遺産があって、各国からの直行便が発着する国際都市ケアンズ。(・・・都市って規模かどうかはさて置いて)
ケアンズに足りないものはビーチだと昔から言われていた。
そこで人工ビーチを造ることにしたのだが、鳥などの多様な生物が生息する貴重な干潟を埋め立ててまで強引に造る意義があるのかという意見も根強かったようだ。
そのためかどうかは判らないが、とにかく出来上がったしろものは、どこからどう見ても「ビーチ」ではなく「プール」だった。
あれがビーチだよなんて言われたら、どこがビーチだと絶対怒るようなしろものだ。
でもプールとしてはいいと思う。
何しろ目の前が海で後ろは公園で景観も最高。
ケアンズ市内からとにかく海の方に向かって車を走らせると、目立つピア・ショッピングの建つ突端の左側はエスプラネード、すなわち海岸通と呼ばれる通りが海に沿って続いている。このエスプラネードの東南、ピア・ショッピングの手前を斜めに埋め立ててラグーンは造られている。
エスプラネード沿いの有料パーキングに車を停めてラグーンを子どもたちに見せたら、「泳ぎたい」「水着になる」
パパは嘘でしょという顔をしたが、カナもレナもすっかりその気になっていた。
とにかく朝ご飯を食べてからにしようと、ラグーン前のベンチに座ってさっきラスティーズマーケットで買ってきたパンを子どもたちに食べさせた。
周りを見回すと他のベンチでもそれぞれオージーがブレックファストを広げていた。中には本格的に荷物を広げて公園のテーブルでパンに何かをぬっている人もいた。
魚のモチーフが並ぶスイミングラグーンは、朝日を浴びてきらきら輝いていた。
こんな時間にも関わらず、何人も泳いでいる人がいる。何かのエクササイズなのか、大人ばかり並んで浮き具に捕まって一列になっている。
すごく浅いところもあって、オージーの赤ちゃんがママと一緒に遊んでいた。
水は温かいとは言い難いけど、朝のこの時間でもぎりぎり楽しめるぐらい。
ラグーンの隣にはきちんと更衣室とロッカーがある。
更衣室の開いている時間は、10月から3月は朝6時から夜10時まで、4月から9月は朝7時から夜9時まで。日本の時間感覚からすると信じられない。そんな夜遅くまで泳ぐ人がいるんだ。
なお、午後3時から4時の間は清掃のため使用できない。
ロッカーは更衣室の手前に大小あって、小さい方を2時間で2ドル。時間ごとに料金が決まっていて、最大24時間まで荷物を預けることができる。
更衣室にはシャワーとトイレもついている。シャワーは水だけしか出ないようだが使用は無料だ。
例の
注射針を廃棄する黄色い箱もある。
更衣室の中央に簀の子状の台があって、ここは子供の着替えに最適だった。靴をぬがせこの上に乗せて水着に着替えさせた。
はい、できあがり、好きなだけ遊んでおいで。
このラグーンにはライフセーバーもちゃんといる。子供を遊ばせるにも安心だ。
ライフセーバーの監視時間は更衣室と同様、10月から3月は朝6時から夜10時まで、4月から9月は朝7時から夜9時まで。
最初、水が冷た〜いなんて言っていた二人だが、そのうち夢中で遊び始めた。
夜は飛行機の狭いエコノミー席に閉じこめられて身動きもとれなかったのを発散しているかのようだ。
よく見るとラグーンの端の方が少し砂地になっていて、これがもしかしてビーチの砂かぁと笑ってしまった。
さらにこのラグーン、水鳥が遊びに来る。プールだと思ってみると、子供が泳いでいる隣でカモメがばしゃばしゃと水浴びしているのが可笑しくなってしまう。
子どもたちが遊んでいる間、私はラグーンの周りをぐるりと歩いてみて、パパはベンチで一休み。機内の疲れを取るにはなかなかいい選択だった。
「・・・お腹空いた」
子供はパンを食べたけど、大人は食べてない。
「そこのマクドナルドで買ってくれば」とパパ。
ラグーンの向かいにはマクドナルドがある。このマクドナルド、四年前もお世話になった。
パンケーキとバーガーとオレンジジュースを買ってくる。本当はパパにコーヒーも頼まれたのだが、セットのコーヒーの他にオレンジジュースを単品で頼んだつもりが上手く伝わらなくて、袋を開けたら飲み物はオレンジジュースだけになっていた。
まあいいやとパパはラグーンの売店に買いに行った。ラグーンの更衣室の建物の隣にラグーンカフェという売店があるのだ。
大人だけで朝マックしていたら、カナがラグーンから上がってきた。
「寒いからもう上がる」
「ハンバーガーかパンケーキ、食べる?」
「いらない」
着替えたいと言うので更衣室に連れていって着替えさせたが、妹のレナの方はいっこうに上がる様子は無い。
水に浸かっているわけではなくて、砂で遊んでいる。しばらく砂遊びをしているのでもうすっかり体が乾いて寒くないようだ。
水際に砂を集めて島を作り、てっぺんに拾った鳥の羽を刺して何かせっせと飾り付けている。
レナが戻ってこないのでカナと二人で海とラグーンを隔てるボードウォークを歩いた。
さっき一人で一回りしたとき、ここから海をのぞいたら浅瀬に魚が沢山泳いでいるのが見えたのでこれをカナに見せようと思ったのだ。
「ほら、魚がいっぱい」
「ホントだ、細長い魚もいる」
水が透明なのでとてもよく見える。
レナにも見せてあげようと二人で呼んだ。
「レナーっ、魚がいっぱいいるよー、おいでー」
レナは自分の砂の島を作るのに夢中だったので、一度は行かないと言ったが、何度も私たちが呼ぶとようやく顔をあげた。
レナは水着姿のまま走ってきて、ボードウォークの手すりの下から海を覗き込んだ。背が低いので手すりの上からは見ることができないので。
「本当だ」
そしてそのまま立ち上がろうとして、勢いよく手すりの下の部分に頭をぶつけた。
「痛ーい!!」
・・・結構すごい音がした。
こりゃ痛かっただろう。
泣きながらラグーンを振り返ったレナはさらに信じられないものを見た。
今まで自分がせっせと時間をかけて作り上げた大切な砂の島を、揃いの帽子、揃いの青いラッシュガードを来た2、3歳ぐらいのオージーボーイズが満面の笑みで嬉しそうに破壊する瞬間だった。
ぎゃーっとレナは大声を上げて泣き出した。
「ひどいーっ、どうしてレナのお城を壊すのーっ」
わんわんとレナは泣き続けた。
幸い少し距離があったのでサングラスのパパに連れられたあどけないボーイズにはレナの泣き声は聞こえなかったと思う。
ビーチに作った砂の城が双子のベビーギャング団に破壊されたといって誰も責められないけど、レナにとってはまさに泣きっ面に蜂だった。
あまりにレナが泣くので、姉のカナは手伝ってあげるからもう一度作ろうと誘いかけた。
二人は水辺から少し離れた砂に新しく城を築き始めた。
また中央に羽を刺して、周りに色違いの木の葉を並べて。
その間にパパは一人で買い出しに行くことにした。明日の朝はローズガムズで朝食ハンパーが出るはずだが、今夜の食材や明日の夜以降の食材が必要だ。たぶんケアンズ市内を離れて
テーブルランドに上ってしまえば、ローズガムズまでスーパーのあるような町を通らないような気がする。今のうちに最低限のものを買っておかないと。
私は子どもたちの監視役として残ることにして、パパは一人でウールワースまで出かけた。
しばらくしてカナが喉が渇いたと言い出した。
マクドナルドで買ったオレンジジュースはもう空だ。
「ちょっと待ってて」
目の前にさっきパパがコーヒーを買ってきたラグーンカフェがある。きっとあそこで水かジュースが買えるだろう。私の鞄の中には、マクドナルドに買いに行ったときパパから適当に預かったドルとセントが残っていた。
ラグーンカフェはカフェと名が付いていて一応オープンエアの席もあるけれど、見たところやっぱりプールサイドの売店だった。
飲み物やお菓子や果物の他に、日焼け止めや帽子、サングラスといったビーチ必需品が並んでいる。
どれにしようかなと冷蔵ケースの中に並んでいるペットボトルを見比べて、350ml程度のオレンジジュースを選んだ。
それをひとつ持ってレジに行く。
ケースに値段が2ドル50セントと明記されていたから鞄の小銭を確認する。
二年ぶりのことでまだオーストラリアのコインに馴れていない。
えーと、確かサイズの大きいコインが安いセントで、サイズが小さくて重いのがドルだっけ。
財布の中の小銭をかき集めると、1ドルコインがひとつ、50セントや20セントのコインがいくつか、あと5セントとおぼしきコインがふたつほどでてきた。
50ドル札もあるけど、この小銭全部でちょうどジュース代になるような気がする。
2ドル50セントよという売場のお姉さんにばらばらとコインを広げてみせると、
「?」
お姉さんが怪訝そうにそのうちひとつをつまみ上げた。
「イングリッシュ」
げっ。
「イ、イングリッシュコイン?」
「yes」
しまった。オーストラリアじゃない国のお金が混じっていたようだ。
「イギリス行ったことあるの?」
「じゅ、十年ほど前に」
いや、もっと前だ。まあそんなことは別にいいんだけど。
慌ててソーリィと言って小銭をかき集めて50ドル札と取り替えようとしたが、お姉さんは笑って小銭の方を受け取った。
「これでいいわよ。ジュースをどうぞ」
「サンキュ」
ああ焦った。
後で買い物から戻ってきたパパに確認したら、家にあるコインを適当に持ってきたのでもしかしたらそのときに混じったのかもしれないということだった。
時間もそろそろ10時半を回る。
今からのんびりテーブルランド方面へ向かえばチェックインにちょうどいいんじゃないかということで、レナを着替えさせて車に戻ることにした。
「あと、マッディーズプレイグラウンドに寄っていきたいんだけど」という私に、すかさずカナたちが「公園では遊ばないよ」と言う。
もうプールで十分遊んだだろうし、みんなで車から降りろとは言わないから写真だけ撮らせて。
マッディーズプレイグラウンドというのは、ケアンズの海沿いにある子供用遊具が充実した公園だ。
場所は、さっきのスイミングラグーンがエスプラネードの右端にあるとすれば、マッディーズ公園は左端だ。エスプラネードと並行して伸びている気持ちの良い海沿いのボードウォークを10分も歩けば着く。
四年前初めて子連れでケアンズに来たときから気になっていたが、行くのは初めて。
ここもスイミングラグーンと同時期に開発された場所のひとつだ。
入り口近くにパパが車を停めてくれたので私だけが降りた。
おや、公園の入り口前にユリシスが一匹ひらひらと舞っている。
もう思いっきり手を伸ばせば触れそうな距離。これは千載一遇のシャッターチャンス。
この旅行のために新調した
キヤノンのPowerShot S3 ISを構えてシャッターを切る切る切る・・・。
ところがユリシスは一ヶ所にはとまっておらず絶えずふらふらと飛び続けるのでピントを合わせている間にどんどん動いてしまう。
結局ばっちり羽を広げた瞬間はぴんぼけで、ぴしっとピントの合った写真は羽を閉じているものばかりだった。夢のように青いユリシスの羽も、閉じていると内側になってしまってタダの黒っぽい蝶にしか見えない。
くっやし〜い。
ところでケアンズに旅したことがある人なら、ユリシスに関する伝説を聞いたことがあるかもしれない。
オーソドックスなパターンは1日に三回見たら幸せになれる。
変形バージョンとしては、1回見ただけで幸せになれる、1回見たら幸せになり2回見たら不幸になり3回見たら金持ちになれる、これはアボリジニの伝説である、などのパターンがある。
現地の観光ガイドが至極もっともらしく説明するばかりでなく、今や市販のガイドブックや、果てはカンタス航空機内販売の冊子にまで載っている。
実はこの伝説、意外に新しいものなのだ。
伝説となって10年とたっていない。
知ってた?
伝説を作った伝説のガイドはwillieさんと言う。
willieさんのサイトは
ケアンズEye!。
ユリシスに関しては
ユリシス(オオルリアゲハ)の項をどうぞ。
ユリシス伝説を信じていて夢を壊しちゃった人にはごめんなさい。
でもそんな伝説が生まれるほどユリシスは綺麗な蝶で、見つける度に私なんて「幸せだなぁ」と思うからそれでいいんじゃないかしら。
willieさんご本人にはまた後で登場してもらうとして、ここは先を急ごう。
マッディーズ・プレイグラウンドの入り口では、尾びれで立ち上がったユーモラスな魚の絵がお出迎え。
私はもっと開放感のある公園を勝手にイメージしていたが、どちらかというと海岸に沿って細長く、各遊具ごとに仕切られているので、むしろ迷路のように子供にとっては移動する度にわくわくする作りになっていた。
ブランコや複合滑り台といった日本でも見られる遊具もあるけれど、場所柄、水遊びができる遊び場が多い。ちょっとしたじゃぶじゃぶコーナーや、噴水みたいに水が噴き出す場所など。ここに行くなら水着か着替えは必須のようだ。
公園の中にSkippersというカフェがあり、遊び疲れたら一休みできるようになっている。オープンエアの席では何人かの親子連れがくつろいでいた。
カフェの奥がこの公園の目玉になっている魚の形の遊具だ。
口から中に入ったり、上にまたがったりできるようになっている。
全体として、確かに小学生のうちの娘たちよりはもっと小さい子供を対象にしているようだ。
よちよち歩きから幼稚園年長ぐらいまでなら夢中になって遊ぶと思う。
実際に公園にいる子どもたちもほとんどその年代で、何故か噴水のところにだけ幼児に混じってバックパッカーの若者たちがずぶぬれではしゃいでいて可笑しかった。
まずはケアンズ市内を抜ける。
車は再び1号線に乗って
ケアンズショーの会場などになるショーグランドを過ぎ、市内ではもしかして最も大きなショッピングセンターかと思われるストックランド・ショッピングセンターを過ぎ、いつの間にかタウンズヴィルへ向かう線路と並んで郊外の一本道を走っている。
5分も走ればあたりに民家はほとんど無くなり正面に印象的な三角形の山が見えてくる。
これはピラミッド山で、私たちはこの山の麓で1号線と別れ、高原地帯へと上っていこうと思っている。
海側からアサートンテーブルランドにアクセスするには四本の道がある。
北から一つめは、
ポートダグラスと
モスマンの間から山へ入る81号線。途中では
Lyonsルックアウトと
ミッチェル湖とそれから飽きるほど沢山の蟻塚を見ることができる。
二つめは一番メジャーかもしれない。
スミスフィールドからキュランダを経由してケアンズから最短でテーブルランドに登るケネディハイウェイ。
夜行性動物探検ツアーやマリーバでの
気球のツアーでもお馴染みの道だ。
三つ目はピラミッド山の麓であるゴードンベールからユンガブラへ向かうギリスハイウェイ。
最後がもっと南、イニスフェイルの手前から
クラウフォードルックアウトや
マンガリーを経由してミラミラへ向かうパルマーストンハイウェイになる。
私たちはこのうち三つ目のギリスハイウェイを除けば、それぞれ何回か通ったことがある。
ギリスハイウェイだけは初めてだった。
初めての道はわくわくする。
さとうきび畑の続く見晴らしの良い道を走っていくとだんだんピラミッド山が近づいてきた。
ギリスハイウェイに入る道ははっきりと表示が出ているので心配ない。
後部座席を振り返るとレナが寝ていた。
良かった。
彼女は車酔いするタイプだ。念のため酔い止めを飲ませたが、眠っているに越したことはない。
地図で見てもギリスハイウェイが相当な九十九折りであることは予想がついている。意識がないうちに通り過ぎてしまった方が彼女のためだ。
ギリスハイウェイに入って、最初の景色は鬱蒼とした森。
それから段々乾いたユーカリの林になって、岩がごろごろしてくる。
カーブのきつさと上り詰めるまでの長さは他の三本の道より難易度が高い。本当に行けども行けども急カーブが続くような感じだ。
「あっ、今の何?」
パパが車を停めてくれたので写真を撮ることができた。
大きな岩の割れ目をカエルの口に見立てて、誰かがスプレーで絵を描いたのだ。
面白〜い。立体的でよくできてる。
くねくねうねうねと上る山道を行く間に、時々左手の木の間から下界の景色が見え隠れする。
この辺りに
Healesというルックアウトがあったなと思って探していると、すぐに見つかった。
なだらかな山が続くはるか彼方にぽつぽつと家が見える。青空に少し白い雲が浮かぶいい天気だから、特に気持ちの良い景色に思えた。
ずいぶん高く上ってきたな。
テーブルランドまであともう少し。
ティナルーダムや
カテドラルフィグツリーに繋がる曲がり角の表示を見つける頃には、道は平坦になり辺りの景色も一変する。
森ではなく放牧エリアの続く丘陵地帯になり、黄緑色のパッチワークにぽつぽつと背の高い木が木陰を作り、牛や馬がのんびり草をはむ光景がどこまでも広がっている。
私たちが向かっているローズガムズはユンガブラの手前を左に入り、
イーチャム湖の方角に行けば良い。
だが困ったことが一つ。
まだ両替を済ませていない。
失敗した。朝、ケアンズで両替を済ませてくるはずだったのがすっかり忘れたままテーブルランドに来てしまった。
ユンガブラで銀行を探そうと思ったが、ユンガブラという場所はB&Bやレストランが点在しているような感じで中心部を探しているうちに通り過ぎてしまい、結局アサートンまで行くことになってしまった。
もっとよくユンガブラかあるいはマランダで銀行かATMを探すという手もあったのだが、ちょうどレナに続いてカナも眠ってしまったので、大人だけでドライブをするつもりでアサートンまで往復してもいいような気になっていた。
アサートンはテーブルランドで一番大きな町。ユンガブラからの距離は12キロ程度。
ついでにアサートンではボトルショップに寄ってビールとワインも買うつもり。
何しろまだ時間はたっぷりあるのだから。
オーストラリアに旅行する際、お金をどうするかという問題がある。
日本円をそのまま豪ドルに替えるのは、楽だが損だ。
なので、クレジットカードを使う、豪ドル建てトラベラーズチェックを使う、クレジットカードの現地キャッシングをするというのが、まあ一般的で換金率も悪くないと言われている。
我が家の場合、いつもはカードで払えるところはクレジットカードで、それ以外はトラベラーズチェックを豪ドル現金に換えて使ってきた。
今回はさらにクレジットカードの現地キャッシングにもトライするつもりでいた。
で、持参したのはいつも日本で使っているVISAカードと1,000豪ドル分のトラベラーズチェック。
出発前に自宅を探したら、前回の旅行の残りである500ドル近い豪ドル現金が出てきたので、トラベラーズチェックとあわせると1,500ドルになる。
トラベラーズチェックはそのまま現金代わりに使えるところもあるけれど、そういうところでは大体カードも使えるので、むしろ私たちは現金に換えて使うことを前提にトラベラーズチェックを用意している。
あとはどこで両替するかだ。
ホテルや町の両替屋で両替する手もあるのだが、私たちは最近ホテルに泊まらないし、小さい町をうろうろしていることが多い。
だもので小さい町の銀行で現金にしてもらうことが多い。ところが銀行によってはトラベラーズチェックを現金に換える際に手数料を取るところと取らないところがある。この辺がまだ私たちにはよく判らない。毎回、当たって砕けろと目の前の銀行に入っては失敗することもしばしば。
一昨年もアサートンの銀行でトラベラーズチェックを換金した。
換金に行ったパパに聞いても何という名前の銀行だったか覚えていないと言う。
でもそこで6ドルの手数料を徴収されたことはよく覚えている。
ミッションビーチ近くのタリーで換金したときはWマークのウェストパック銀行で、ここでは手数料を取られなかった。
だから私たちはアサートンに着いたら、前とは違う銀行、できればウェストパック銀行を探して両替するつもりでいた。
パパはアサートンのメインストリートで車を停めた。
「じゃ、トラベラーズチェックの換金に行ってきて」
「わ、判った」
私が焦っているのにはわけがある。
いつも海外旅行の時はお金関係とレンタカー関係は完全にパパ任せで、まったく自慢じゃないけど私はノータッチだった。
だから今まではトラベラーズチェックの換金も全てパパが一人で銀行に入ってやってきた。
しかし今回は違った。私はたまたまシティバンクに口座を持っていて、シティバンクでは口座を持っている人に限り手数料無料でトラベラーズチェックを発行してくれるというので、それを利用することにして、するとトラベラーズチェックを購入するときに記載する用紙に、使うのは自分ですか? それとも違う人ですか? というチェック欄があって、私は深く考えず自分のところにチェックして購入してしまった。
別にサインさえあえば誰が使っても問題はないのかもしれないが、そんなことがあったので今回のトラベラーズチェックは初めて私が換金に行くことになった。
たかがTCの換金なんだけど、何しろ言葉は不自由だし、初めてというのはとにかくドキドキバクバクしてしまうもの。
はあーっ、溜息。
パパが一昨年6ドルの手数料を取られた銀行というのは、道向かいの後方にあったというので、前方に歩いてみた。
すると目の前にコモンウェルス銀行が現れた。
探していたウェストパックじゃないけど、確かこのコモンウェルス銀行も大手じゃなかったっけ。当たって砕けろ。入ってみた。
前にUSAか欧州か忘れたけど海外の銀行に入って、日本の銀行と雰囲気が違うのに驚いた。
銀行員はガラスの向こうにいて、開いている透き間は手元のお金のやりとり用だけ。防犯のためだと思うが、いくらぽつぽつと穴が開いていてもガラス越しでは相手の声もよく聞こえなくて、不自由な会話がますます不自由だった。
だからここでもそんなのをイメージしていたが、意外にも中は日本の銀行と似たような雰囲気だった。カウンターがあるだけで、銀行員との間に高い仕切りなどは無い。
ドアの外の町の雰囲気と違い、やけに清潔で整然としてるので益々どぎまぎしてきた。
トラベラーズチェックの使い方は、まず購入したときに上段のサイン欄にパスポートと同じサインをしておく(既に済んでいる)、次に使うとき(または両替するとき)に下段のサイン欄に上と同じサインをする、と、これだけでいいと思っていた。
何、簡単簡単。誰でもできる。難しいことは何もないさ。
カウンターにいた銀行員のお姉さんに、「I'd like to cash this traveler's
check, please.」と旅行用英会話の本そのままにぎこちなく話しかけてみる。
すると、必要なサインをしてパスポートと一緒に出してと言われて、はいはい、予想通りと一連の作業を終えた。
しかしお姉さんは受け取ったトラベラーズチェックをしげしげと眺めて、泊まるところが書いていないわと言い出した。
へ?
そんなものが必要だなんて話は聞いてない。
確かに泊まるところを書く欄もあったような気がする。
機内で書いた入国カードに宿泊先を書く欄があるように、まともな旅行者であることを証明するために宿泊先のデータがほしいというのは理解できる。でもそんなの書かないと現実に両替できないなんて知らなかったよ。
知らなかったから宿泊先の住所なんて持ってこなかった。パパの待つレンタカーの中だ。
「どこに泊まるの?」と怖そうな銀行員のお姉さん。
えーと、えーと・・・。
入国カードにはどう書いたっけ。確かミッションビーチのウォンガリンガを書いたよ。
「ミ、ミッションビーチ・・・」
「ミッションビーチのどこ? 番地は? 電話番号は?」
そんなの暗記してないよ〜。
「・・・そのトラベラーズチェックとパスポートを返して下さい」
困った末に私は言った。車に戻って出直そう。ウォンガリンガの住所を調べてくればいい。
ところがお姉さんは私のことを益々怪しい奴と思ったのか、睨むような顔のままトラベラーズチェックとパスポートを奥へ持っていこうとした。
ま、待ってくれ。
私は心配になった。面倒なことは嫌だよ。サインだけであっさり取り替えてくれると思ったのに。
こんなことならケアンズ市内の日本語が判るような両替所で忘れずに換えて来るんだったよ。もう遅いけど。
「待って!!」
えーと、そうだ。
「ローズガムズ!!」
「ん?」
「ローズガムズ・リトリートに泊まる、トゥナイト」
お姉さんは広くてアコモがいっぱいあるミッションビーチじゃ住所がないと納得しなかったようだが、同じテーブルランドで、しかも一軒宿のローズガムズなら名前だけでも聞き覚えがあったのか、目の前の端末をぱたぱたといじって所在を確認し、自分でローズガムズの名前をメモした。
「OK」
ほーっ。力が抜けた。
後は黙って作業してくれる。思ったより時間が掛かったが。
最後に現金を出して、手数料が8ドルだから1,000ドルから8ドル引いたわと992ドルを広げて見せてくれた。
何だよ〜、結局手数料取るんじゃない。しかも前回の6ドルよりなお高いし。
こんなことならこの銀行の入り口にあったATMを黙って操作してカードで現地キャッシングを試みた方が良かったか。
仕方ない。これも勉強料。
とにかく苦労して手に入れた札を持って車に戻った。
「泊まるアコモの住所が必要だなんて一言も言ってなかったじゃーん」
「まあそういうこともあるのさ。臨機応変にできて良かったじゃない。結果良ければ全て良し」とパパ。
おまけにちょっと走るとウェストパック銀行が見えた。
益々悔しい。ちゃんとアサートンにはウェストパックもあったんじゃない。
ボトルショップでアルコールを買い出した後、スーパーマーケットのIGAに寄った。
何故かここのIGAもよく使う。これで3度目だ。
これで森の中のローズガムズに籠もる準備は万端。
さあいよいよ待望のアコモへ。
再びもと来た道をユンガブラまで戻る。
帰りの向きだと正面にセブンシスターズというこんもりした丘が並ぶ。
でももうセブンシスターズの数を数えるのはやめた。何回数えてもうまく7つにならないんだもの。
Shayleeのストロベリー園の入り口が見える。
ユンガブラの手前では
カーテンフィグツリーの表示もある。
有名な巨大絞め殺しのイチジク、ラピュタのモデル説まで飛び交うカーテンフィグツリーは、この看板通りに進めば迷わず到着できる。でもここも既に二度行っているので今日はパス。
ユンガブラを過ぎてからマランダ方面にのびる道とぶつかるので、ここを右に曲がりイーチャム湖の表示に従ってすぐに左に入る。
この道はちゃんと舗装されているが、ところどころにスピードを落とさせるための凸部分がある。
熱帯雨林に囲まれた丸いイーチャム湖は今日も真っ青で綺麗だった。
しまったこんなに天気がいいんだから、隣の
バリン湖の方もちらっとのぞいてくれば良かったか。
前回はイーチャム湖では青空だったのにバリン湖では酷い天気だったので。
イーチャム湖の周りでは水着のオージーたちがひなたぼっこしたりピクニックしたりしていた。
船を降ろすためのボートランプから青い水を覗き込むと、水面からも魚が沢山泳いでいるのが見えた。
イーチャム湖をラウンドしている道の途中で左の脇道へ入らなければならない。
私はRussellロードという道を探していた。
地図に載っていない脇道もたまにあるので、道の数を数えるより道の名前を確認しながら進むのが賢い。
Russellロードはすぐに判った。ここもそこそこ細いながらもきちんと舗装されている。
辺りの景色はゆるいアップダウンのある酪農地帯だ。ときおり牛の横断注意の看板が立っている。
最後の行程はRussellロードからLandロードに入ること。ここさえ間違わなければ黙っていてもローズガムズに辿り着く。
何本か、個人農場へ続くような細い道を数えた後、Landロードの表示を見つけた。
黄色い道路標示の下に青い表示で「Rose Gums Wilderness Retreat 3」とある。
思った通りLandロードは未舗装だった。
空は青く、道の両側は緑の草が生い茂り、真っ直ぐ前方へと続くダートは赤茶色だ。
がたがたと小石を跳ね飛ばしながら車を進めると、乾いた土埃が舞い上がり、車の後方はぼんやりと霞む。
この道の右手も放牧地になっていて、途中に一軒だけ民家のようなものが見えた。
やがて正面にローズガムズの立て看板が見えた。未舗装の道はまだ先へ続いているようだが宿泊施設は右手になるようなのでそこで曲がった。
ここまでの道のりは視界が開けていたが、曲がってからは木が多く方角がつかみにくい。
他に何台か車が停めてあるところを見つけて近くを探すと、木立の間に母屋らしい建物が見えた。
庭のようなところから石段を登ってアプローチすると、そこは比較的大きな二階建てのログハウスで、オフィスと書かれた札が入り口に下がっているのが判った。
パパが先に立って中に入ると、既に女性が一人待っていた。
赤いカーディガン姿の彼女は、どうやらローズガムズのオーナー、ペータらしい。確か旦那さんのジョンと一緒にウェブサイトに画像が載っていた。聞くとジョンは今、ニュージーランドに行っていて留守だということだった。
パパは早速チェックインの手続きを始めたが、私は母屋の中の様子に目を奪われていて全然そっちは聞いていなかった。
三角屋根の下は一部二階部分があるが後は吹き抜けで天井が高い。
木造のテーブルと椅子があって、カウンターの裏には地球儀とぎっしりと本の並ぶ本棚。
隅には開けっぴろげで素朴なキッチンがある。
奥の方にはちょっとしたミーティングに使えそうなコーナーがあって、そこにも木造のテーブルと椅子が並んでいる。
不思議とアジアンな装飾品も多く、うちわや壷やモビール、日本のものもあった。
一番素敵なのはバルコニーだ。
広いバルコニーには切り株を利用したテーブルがあって、やっぱり木の椅子が並んでいる。
景色はまさに思い描いていたそのもの。原生林の森を見下ろすようになっていて、遠くに大きな山が見える。
話をしているペータとパパのところに戻ると、ちょうど何か説明されている最中らしい。
明日の9時半にバードウォッチングツアーに出かけるんでしょ?というようなことをペータが言った。
えっ、そのことは何も言っていなかったはずなのにどうして知っているの?
そうだそれより確認しなきゃいけないことがあった。
「明日の朝食は何時からですか?」と急いでパパがペータに聞く。
9時半にはもうバードウォッチングに出かけなきゃならないから、朝ご飯は早めにしてもらった方がいい。
何時からと聞かれて、ペータはおかしなことを聞く人たちねぇという顔をした。
「朝食の時間なんて決まってないわよ。だってあなたたちが作るんだもの」
はいー?
わ、私たちが作る? 朝食を?
えーと、朝食ハンパーって・・・?
「ハンパーはもうあなたたちのフリッジに入っているわよ」
フリッジって、えーと、冷蔵庫。冷蔵庫にハンパー(バスケット)が入っている?
湯気の立つコーヒーや紅茶と一緒にカントリースタイルの大きなバスケットにサンドイッチやサラダ、綺麗に盛りつけたフルーツなどを入れて、「モーニーン!!」と宿の人が届けてくれるイメージががらがらと崩れていった。
何だか知らないけど、何かが違っていたらしい。
ローズガムズの宿泊施設はそれぞれ独立した9棟のツリーハウスからなっている。
9棟は木立の間に距離を置いて点在するように建っていて、互いに見ることはできない。
渡された地図の通り森の中を進むと、キャンプ場のコテージのようなものが木に隠れるようにあった。
実のところ、宿泊料金が高い割には随分と質素に見えて心配になってきた。
さっき受付をした母屋が素晴らしいのはDiscoverの広告やウェブサイトの画像を見ても想像が付いていた。
でも問題は泊まるツリーハウスの方だ。
個々のツリーハウスも母屋と同じ様な樹上の眺めが見えるかどうかも判らないし、広さや雰囲気だってどうだか判らない。
もし日本のキャンプ場や貸別荘でありがちな、ごくごく普通の家だったらちょっとがっかりだなと思いながら車を降りた。
ツリーハウスの入り口前まで三角屋根が張り出していて駐車スペースになっている。
パパは屋根付き駐車場があってもここに来るまでの道がダートだからどっちにしろ車は泥だらけであんまり意味は無いのではと苦笑した。
受付では1号館と言われたが、入り口のドアには「Cockatoo(オウム)」と家の名が書かれていた。
パパが本当にここか判らないから開けてみてと鍵を渡してきたので、それを差し込むとドアが開いた。
入って直ぐ左手に広いお風呂。右にダブルベッドの寝室。
正面にリビング。お約束のクラシックな暖炉もある。
リビングの右手には三方を窓に囲まれたキッチンがあり、キッチンの後ろにはダイニングテーブル。さらに後ろに階段。
そう、さっきの母屋をまさにミニチュアにしたように同じ作り。
窓側は吹き抜けになっていて天井が高く、一部が二階建てになっていて二階の天井は三角屋根そのままの形。
二階にも上がってみよう。
屋根裏部屋のようなそこにはダブルベッド一つとシングルベッドが二つ。
階下のベッドルームも同様だがどことなくアジアンリゾートをイメージさせるくすんだ赤とオレンジを基調にしたファブリックが使われている。ベッドの上には白い蚊帳が吊してあって、たぶん実用的なものなんだろうけど何となくロマンチック。
そう、確かに豪華さは無いかもしれない。
でもこれは凄い家だ。
ナチュラルで楽しくてクラシカルで子供の頃に憧れていた秘密の隠れ家のような雰囲気と、大人の遊び心が両方揃っている。
都会派のゴージャスリゾート好きには決して向かないが、元々アウトドア志向の私たちにはこれ以上の環境は無いかと思われた。
そしてバルコニー。
リビングからバルコニーに出ることができて、そこからの景色と来たら・・・
もう一面の森。
背の高い木々とほぼ同じ高さにバルコニーがあるから、遙か遠くまで見渡すことができる。
どこまでも続く熱帯雨林の森。
大気は透明で遠くに印象的な山。たぶんあれはクイーンズランド州最高峰のバートルフレア山。
あっ、ちょうどバルコニーの正面に一本だけ花をつけた木があって、そこに小鳥が遊びに来た。
背中が黒っぽくてお腹が白い。くちばしが細くて弓のようにカーブしている。
その鳥が飛び立ってすぐに今度は別の鳥がやってきた。
す、すごい、頭が赤い。真っ赤だ。
こんなカラフルな鳥が目の前で見られるなんて。
さて、キッチンにある冷蔵庫を開けると、確かに籐で編んだ四角いバスケットが入っていた。
カントリーな雰囲気のギンガムチェックの布が掛けられている。
これがウワサのブレックファスト・ハンパーらしい。
布を外してみると、パン、バター、ジャム、ベジマイト、シリアル、卵、ジュース、ヨーグルト、ミルク、紅茶、コーヒー、ミネラルウォーター、TimTamなどが出てきた。
オージーは朝食にTimTamを食べるのかい、というツッコミはさておいて、卵は生だし確かに自分たちで作らなくてはならないようである。
というか、ハンパーって単なる食材じゃないか。
それもかなり大量にある。
結論として、私たちはこれらの食糧を翌日の朝食のみならず、二日分の朝食及び初日の夕食としても食べさせてもらった。
一回分の朝食ハンパーは、小食な我が家の三食分に相当したわけだ。なんだ来る前にスーパーで買い出ししてくる必要なかったじゃない。
判ってみれば笑い話だ。
それにしてもワクワクする。
さっきパパがペータにローズガムズ周辺のウォーキングトラックについて教えてもらっていたはずだ。歩きに行きたい。
「明日か、明後日にすれば?」
「明日は無理だよ。明後日の朝? きっと行く暇ないと思う。行く気があるなら今しかないよ」
今の時間は2時半。
そして説明してもらったトラックは90分コース。
ただ、パパの気持ちは判る。夜は機内でほとんど眠れず、今日もロングドライブでお疲れだ。
道さえ迷わないなら私一人で行ってもいいんだけど・・・いや、やっぱりちょっと不安。私は筋金入りの方向音痴だ。
パパはあまり乗り気ではなさそうだったが、結局折れて散策に出かけることにしてくれた。
子どもたちに「行く?」と聞くと、「行かない」とお決まりの答え。
「じゃ、一時間半ぐらいで帰ってくるからお留守番お願いね」
一昨年にミッションビーチでウォーキングトラックを歩いたとき、笑っちゃうほど蚊に刺されて辛かったので足下はジーパンに履き替えた。長袖のカーディガンも着たが、パパに暑くなるんじゃないのと言われた。
確かに歩き始めるとすぐに暑くなってきた。
今朝のケアンズのラグーン辺りに比べたら、ローズガムの木陰の方がずっと涼しいと感じていたが、歩き始めると汗が出てきた。
そりゃもう、こんなにいい天気なんだもの。
ツリーハウスを出て、母屋の方に回り、渡された地図の通り右手の細い道を下った。
道を曲がる前に正面からトラクターのような機械がこちらに向かってきて、乗っている人が手を振っているのが見えた。
細い道はたった今しがた誰かが草を刈って通れるようにしたかのように見える。今のトラクターの仕事はこれなのかもしれない。
両側は草でとても歩きやすい。草の間に咲いている花は全部ランタナだ。
少し歩くと木立が見えてきた。背の高いユーカリの林だ。
私が鳥の声が聞こえたり蝶が横切ったりする度に足を止めてカメラを構えるのを、パパはそしらぬ顔でどんどん置いていってしまう。
「待ってよ」
「さっさと歩こうぜ。子どもたちが待っているんだし」
悪いけどそれじゃ全然楽しく無いじゃない、と、思うのは私だけ?
せっかく森を歩いているんだから興味を惹くものをもっとゆっくり観察したいよう。
途中で滝へ向かうコースや池へ向かうコースと別れ、さらに真っ直ぐ進んでいくと、私たちの歩いているButchersクリークコースも二手に分かれる。この先はラウンドになっていて、どちらから回っても元の場所に戻って来るはずだ。
右手を行けばコースのほとんどはゆるやかな下りで一ヶ所だけ急な上りがあるとペータは説明してくれた。左へ行けばその逆。もちろん私たちは右へ行った。
鳥の声が沢山聞こえるけど、ツリーハウスのバルコニーと違って地上からでは高い枝の小鳥はなかなか見つけられない。
すごくよく通る声で啼く鳥もいる。すぐ隣で啼いているように聞こえるんだけどどこだか判らない。
パパが「あそこにいた、木の上じゃなくて地面の所」と指さしてくれたが、ついにどこだか判らなかった。
目に付く花はランタナばかりだが、果実はあちらこちらいろいろな形のものが生っている。でもウォーキングトラックのコースガイドには「多くのレインフォレストフルーツには毒があるよ、食べちゃ駄目」とガイコツの絵と共に記載されている。
道はだんだん細くなってきて、辺りの樹影は濃くなってきた。
30分と道を下らないうちに、川が見えてきた。ブッチャーズ・クリークだ。
川が見えた辺りから、道が怪しくなってきた。
そこまではもう間違いようがないくらいしっかりと「道」だったのが、だんだん木の間のどこが正しい道なのか、いやいや道なんて無くて単に木の間をすり抜けて歩いているのか判らなくなってきた。
道に迷わないように途中途中の枝にオレンジ色のテープが巻いてある。だから道を間違えてはいないのだが、とにかくそもそもここは道なのか? というようなコースだった。
途中でPlatypusと書かれた木製の表示を見つけた。寄り道コースになっているらしい。
地図を見ると、クリーク沿いに三ヶ所ほど小さな水たまりのような絵が描かれていて、そこにも矢印でPlatypusと書いてある。
プラティパスというのはラテン語だと前に
夜行性動物探検ツアーのガイドが言っていた。
オーストラリアにしかいない希少な哺乳類。哺乳類だというのに卵を産むことで知られる単孔類のカモノハシのことだ。
この道の先にカモノハシスポットがあるらしい。行ってみよう。
歩いていくと水際に出た。
さっきまでのぎらぎら太陽が嘘のような薄暗い場所だ。小川の両岸に背の高い木が茂っているので昼間でもあまり日差しが届かない。
流れが澱んでいるところの深みなんて、いかにもカモノハシがいそうだ。
でもいくら目をこらしていても水面はぴくりとも動かない。
流石に昼のさなかからは出てこないか。
きっと日暮れ時なら小さな黒っぽい影が浮いたり沈んだりしているんだろう。
日没までここに立って待っているわけにはいかないので、諦めて帰ることにした。
その先はちょうど地図でもくねくねと蛇行しているところで、ペータの説明通り急な上り坂になっていた。
上り坂というか、山道を登っているに等しい。それも獣道みたいなやつ。
歩きながら二人で、これじゃ子供を連れてくるのは無理だとか、カモノハシを探したくても日没時に来るのは無理だと話し合った。
ようやく元の開けた場所に戻ってきたときには、スタートしてから1時間ぐらいが経過していた。
空が見えるようになると、遠くで鳴き声が聞こえた。
見上げると、大きな白オウムが頭上を行くのが見えた。
子どもたちはいい子で待っていてくれた。
ツリーハウスに戻ってすぐにパパは暖炉に火を入れた。
キャンプ場でも気が付くと火の前に座っているアウトドアマンのパパは、本格的な暖炉に薪をくべて火を焚くのなんてお手のもの。
しかし本人、Tシャツ短パン姿で窓も全開にして暖炉に火を焚くのって変だよ、何か。
5時半頃には早めの夕食。みんな疲れているからいつ寝ても良いように。
夕食時にダイニングの横にある窓にお客様。
手の届きそうなところにある枝に、コンドルみたいな頭のブラッシュターキーが飛び乗ってきた。
ブラッシュターキー自体はケアンズ周辺のピクニックエリアでしょっちゅう見るから珍しくはないけれど、目の前で観察できるのは楽しい。
しばらく枝の上ですましていたが、そのうち褐色の大きな羽を広げてばっさばっさと飛んでいった。
まもなく日暮れだ。
思わずカメラを手にバルコニーに陣取る。
ここは東南に向いて建てられているようで、太陽は後方に沈む。
手前の森はもう黒々と影になっている。
正面のバートルフレア山が西日を浴びて立体的なオレンジ色に染まっている。
ゆっくりと影が山の麓の森を飲み込んでいく。
全てがシルエットに変わると、地平線近くの空がサーモンピンクになった。
夜明けの色にも似ているけれど、もっと温かみのある懐かしい色。
空気が澄み渡っているからこそこんな色をするんだろう。
空のグラデーションが消えるまでバルコニーにいた。
いつの間にか鳥の声に代わって虫の声が響いている。
三日目「アサートン高原バードウォッチング」に続く・・・