3.アサートン高原バードウォッチング
「シッ、潜りました。潜っている間に川岸まで降りればもしかしたら目の前でカモノハシを見ることができるかもしれません」
そう言われて急いで、でも音を立てないように注意しながら川に近づいた。枝をかきわけて、そーっとそーっと。
どうやらカモノハシ探しの達人というのは、カモノハシがいる秘密の場所を知っている人のことではなく、カモノハシの習性を熟知してカモノハシと駆け引きができる人のことらしい。
私たちはもしかしたら至近距離でカモノハシが見られるかも・・・。
三日目 4月28日(土) |
うとうととしていたら、「やっぱりオーストラリアでは早く目が覚めるだろう」と声を掛けられて、本当に目が覚めてしまった。
「何言ってんのよ。せっかくいい気持ちで寝ていたのに話しかけられたから本当に目が覚めちゃったじゃない。どうしてくれるの〜」
旅先では不必要に早く目が覚める上に、時差ボケもあって馬鹿みたいに早くから活動を始めるパパと一緒にしないでほしい。
昨日の疲れもあるんだから、私としてはせめて日の出少し前ぐらいに起きればいいつもりでいた。
日の出は見たい。
でもまだ夜も明けない朝の4時過ぎとかに起こされるのは絶対に嫌。
もう眠れなくなったパパはリビングの方に行ってしまったが、私はまだベッドの中で眠り足りなくてごろごろしていた。
うとうとしたり目が覚めたり・・・もう、一度起こされたおかげでぐっすりとは眠れなくなっている。
ふと気づくと鳥の鳴き声。
えっ、鳥が鳴いているってことはもう夜が明ける?
慌ててフリースをひっかけてリビングに行くと、まだ真っ暗な中でパパが暖炉に薪をくべていた。
「あれ? 鳥の声は?」
「いつ気が付くかと思って」
鳥の声はCDだった。ツリーハウスに置いてあった野鳥の鳴き声を集めたCDをパパが聞いていただけだった。
むかつく〜。
日の出はそれからおよそ30分後の朝6時頃。
いやいや正確には日の出ではなく空が白み始めるのが。
それはもう、夕暮れ刻に勝るとも劣らないものすごい空の色だった。
暗いところの青さと、赤く燃え始めた地平線と、あまりにもクリアーで純粋で力強く真っ直ぐな。
太陽はまだ地平線の下にあるはずなのに、太陽の位置がはっきりと判る。放射線状に光が出ているから。
オレンジとピンクがディープブルーを駆逐して広がった。二つの色が交わる境は虹色になる。
この空の色をなんと例えれば良いものか。
明るくなり始めた頃から早起きの鳥たちが周り中で合唱している。
その声に誘われたわけではないのだろうが、レナが眠そうな目をこすりながら階段を降りてきた。
珍しい。
日常でも旅先でも早起きは姉のカナの特権なのに。
意外にもカナの方はまだ寝ているようだ。たぶんレナが機内でも車の中でも移動中はほとんど寝ていたのに対し、カナはほとんど寝られなかったからだろう。
朝ご飯を食べる? と聞くと、うんと言うので、パパが大人二人で先に食べようと焼いてくれたトーストとベーコンエッグを彼女に譲った。
朝食を食べ終えたレナは、パパと散歩に出かけた。
私はというと、またバルコニーに張り付く。
ちょうど山が赤く染まって左手の梢の間から太陽が昇ってきた。
あっちの枝にも、こっちの花にも、次々と小鳥が飛んでくる。
大きな鳥、小さな鳥、もう夢中でカメラを向けた。
ちょうどバルコニーの正面と、キッチンから後方にかけて花の咲く木がある。
この花の蜜を狙ってミツスイ(Honeyeater)がよく現れる。
とにかくこの部屋は落ち着いて皿なんて洗っていられない。
ガラス窓のすぐ隣に小鳥が来ると、泡の付いたスポンジもほっぽりだして慌ててカメラを構える羽目になる。
やがてカナも目を覚まして、パパとレナはどこと言い出した。
いつも自分が先に起きてパパと散歩に行く役割なので、それをレナに取られてちょっとムッとしているようだ。
ただいまとレナたちが戻ってきた。
「すごいよ、レインボーロリキートがいーっぱい。カナも見においでよ」
レナたちが言うには、母屋の方に歩いていったら、母屋のバルコニーに信じられないほど沢山のロリキートがとまっていたというのだ。
ロリキートというのはインコのことで、インコというのは大体が派手な色をしているものだけど、中でもオーストラリアの東海岸に分布するレインボーロリキートは名前の通り凄い色彩をしている。
頭は真っ青。目とくちばしは真っ赤。後頭部がライムグリーンで背中から羽はグリーン。お腹側の色彩がまた強烈で黄色と赤と青と緑でグラデーションみたいになっている。
しかもこの鳥、森ではそこら中で見かけるし、
ケアンズの町中でも群になって飛んでいる。その鳴き声たるや、ぎゃーぎゃーとえらいけたたましい。
ケアンズでぎゃーぎゃーという声を聞いたらまずレインボーロリキートだ(しかも群だ)。
その飛び方もぶーんと魚雷みたいに重そうに飛んでくる。
レナたちの言葉を信じて四人で母屋に入ってみたが、ロリキートはいなかった。
「ホントだよ。バルコニーのあの棒の所にとまっていたの」
バルコニーには二本のロープで止まり木のような長い棒がぶら下げてあった。よく見るとそれは竹を半分に割って作られた餌台で、中には植物の種でできたミューズリが入れてあった。
ロリキートはいないけれど、ぎゃあぎゃあという奴らの鳴き声はすぐ近くから聞こえる。
よく見ると近くの木で何やら派手な花のようなものがいくつも動いている。
どうやらロリキートたちは向かいの木からこちらの様子をうかがっているらしい。
しばらく待ってみたが、ロリキートの戻って来る気配は無いので辺りを観察してみた。
バルコニーの隅にはここで飼われているのか一羽の白オウムが檻に入っている。
オウムもこちらが気になるのか、遊んで遊んでと言うように鳴いて誘う。離れると鳴き、近寄ると静かになる。面白い。
たまに1、2羽のロリキートがこちらに飛んできてロープにとまる。でもまだ警戒を解いていないようですぐに飛んでいってしまう。
諦めて母屋から出て、外側からさっきのバルコニーの方に回ろうとしたら、パパがロリキートたちが戻ってきたぞと教えてくれた。
よし、もう一度そーっと母屋の中に戻ってみよう。
もしかしたらガラス越しに間近でロリキートが観察できるかもしれない。
さっきの場所から今度はバルコニーに出ないでガラス越しに餌台を見てみると、もう笑っちゃうほど沢山のロリキートが来ていた。
こうして見ている間にもどんどん新しいロリキートが飛んできて、餌台いっぱいに並んでしまった。
カナが数えた。
一羽二羽三羽・・・なんと全部で34羽もいた。
34羽の野生のロリキートが横一列に並んで餌を食べている。
圧巻。
さあ戻るか、と母屋の外に出たら、ローズガムズの別のツリーハウスに泊まっているカップルとすれ違った。
「ハロー」
「ハーイ」
私が見たときは二人ともトレッキングに行くような服装だったが、パパが朝この辺ですれ違ったときは、まだパジャマ姿だったそうだ。
「ママはこの森の中のおうち、気に入っちゃったなぁ。カナとレナは?」
「気に入ったよ。でもブランコが無いから・・・」
ウォンガリンガには部屋にブランコがあったからそれと比較しているらしい。
「ブランコあるよ、ここにも」
「えっホント?」
駐車場の側に昨日見つけた。でも連れていくと二人は、えっ、これ?という顔をした。質素で、まあその、ウォンガリンガのみたいじゃないけどさ。
ついでに近くで何かの罠を見つけた。
ねずみ取りの檻みたいなもの。
野生動物を捕獲するものらしい。
何を捕まえるんだろう。たぶん捕まえて飼うとかではなくて、駆除対象の外来生物か何かが対象のような気がする。
でもねぇ、餌として缶詰がちょっと開けてそのままぶら下がっているよ。アバウトさに笑ってしまう。
8時を過ぎるとミツスイ以外の鳥は影を潜め、代わりに蝶が目立つようになってきた。
キッチンからダイニングの横にかけて花の咲く木が多いので、昨日からその辺りを日当たりの良い時間に限って同じ蝶がふらふらしている。
一匹は緑色っぽく、もう一匹は黒っぽい。二匹ともかなり大きい。緑の方はテーブルランドの冊子のどこかで見たような気がする。
蝶を撮影しようとキッチンの窓ガラスにぴったりとレンズをくっつけてカメラのズームを操作していると、突然、びたんっと大きな音がしてガラスが揺れた。
最初は何が起きたのか判らなかったが、どうやら小鳥が窓ガラスに激突したようだ。
ぶつかった小鳥は下へ落ちていったがキッチンの窓からは下の方はよく見えずどうなったのか判らなかった。
無事ならいいけれど。
窓ガラスに鳥がぶつかる事故というのは珍しくない。
さっき説明したレインボーロリキートを私が初めて見たのは、実は窓ガラスにぶつかった後だった。
もう10年以上前。友人たちとパームコーブのノボテルに泊まって、昼間はどこかアウターリーフか
ディンツリーのツアーに出かけて夕方部屋に戻ってきたときのことだ。
バルコニーに小鳥が死んでいた。
もうずいぶん時間が経っていたようで、蟻の行列ができていた。
あまりに派手な色彩に驚きながらも、痛ましく思った。
でもそのままにもしておけないので、フロントに電話して「レインボーロリキートが死んでいる」と伝えたところ、「死んでいる」だけ伝わったらしく相手はあわてふためき「誰が死んでいるってー!!」と仰天した声で聞き返してきて、「バード」と言ったら向こうがへなへなと脱力したのが判ったという事件があった。
結局ノボテルはすぐさまハウスキーパーを寄越して、ほうきとちりとりで可哀想なロリキートは連れて行かれてしまった。
森に囲まれているなど自然環境が豊かなところだからこそ起きる事件なのかもしれないが、私は日本でも激突の瞬間を目撃している。
私は東京の23区に住んでいるが、子どもたちの通っていた幼稚園は比較的緑の多い場所にあった。
父母の参観する行事があって子供の教室に親も集まっていた。
何の気無しに窓の外を見たら、鳩がまっすぐ教室の窓ガラスに突っ込んでくる瞬間だった。
このときもかなり大きな音がして、教室内にいた人たちがいっせいに窓の方を見た。
みんなは音しか聞かなかったが、私は一部始終を目撃した。
鳩は転落してふらふらとしたが何とか体勢を立て直し、よろよろと飛んでいった。
ツリーハウスのバルコニーには大きな布が張ってある。
視界を遮るのでパパなど昨日から邪魔だなと言っていたが、今日になって「あれは鳥除けだ」と言い出した。
そうか、少しでもガラスに激突する事故を防ぐために布を張ってあるのかもしれない。
9時半ちょうどにツリーハウスを出て、母屋の方に向かった。
約束の時間は9時半だったが、そうだ、ツリーハウスで待っていても判らないはずだ。母屋の方に行かなくちゃ。そもそも待ち合わせ場所がローズガムズで良いのかすら確信がなかったのだが。
入り口から母屋の中をのぞいたが、誰もいないようだ。
ロリキートたちもとっくに姿を消している。
まだ来ていないのかなと思って振り返ると、ちょうど車が停まって本人が降りてきたところだった。
「すいません、ちょっと遅れました」
登場したのは伝説のガイド、willieさん(ちなみに日本人)。
今日一日、バードウォッチングを始めとする貸切ネイチャーガイドをお願いしている。
willieさんとは今から2年ぐらい前、まだwillieさんのウェブサイト
ケアンズEye!が違う名前だった頃にメールを頂き、それから相互でリンクさせてもらっている。
サイトに「ケアンズでバードウォッチングのガイドをしています。お気軽にお問い合わせ下さい」とあったので、前々からとても気になっていたのだが、去年は渡豪できず半分諦めていた。
今回の
ケアンズ行きが決まったときに、密かに頭の中の一番やりたいことリストにwillieさんにガイドを頼んでバードウォッチングをするというのを入れた。
あとはパパや子どもたちの説得と条件だけだ。
条件というのはつまりこういうことだ。うちはバードウォッチング自体まったく未体験で、おまけに小学校低学年の子供がいるので本格的なことはできない。
木の枝を指してあそこにいますと言われても毎回見つけられない可能性も大。
初心者及び子供向けのバードウォッチングでも快く引き受けていただけるのだろうかというのが最大の心配事だった。
でも心配はいらなかった。
willieさんはいろいろ条件を聞いた上で我が家に向いたプランをいくつか考えてくれた。
それがもう、どれも魅力的でやってみたいことばかり。
判りやすいバードウォッチング。
オーストラリア特有の野生動物を探したり捕まえたり。
おもしろ農場訪問。
変形ブーメランや加速器付き槍投げ。
迫力のバラマンディ釣り。
などなど・・・。
「一日ではそんなに回りきれませんね」と結んであったが、いやはやもし時間があったら全部やってみたい。
willieさんの車は私たちを乗せて走り出した。
まだ行き先も何をする予定なのかも判らない。
「ローズガムズの入り口に水色の菱形の看板があったでしょう、気が付きましたか?」
オフィスの入り口のドアの所に見たような気もするけれど・・・。
「い、いいえ」
「Land For Wildlifeって書いてあるんですけど、あれは環境を守る組合に入っているというマークのようなもので、それはローズガムズのオーナーが環境問題に深い関心を持っているということをあらわしています」
後で確認したら確かにオフィスの入り口にもそのシールが貼ってあったが、敷地の入り口にはもっと大きな菱形の看板をつけた杭が立っており、willieさんが言っていたのはどうやらこっちのことだったようだ。
「ローズガムズはオーナー夫妻が全部手作りしたらしいですよ。あのツリーハウスも。ケアンズは家を建てるのでも何でも自分で何でもやっちゃう人が結構多いんです」
へえーと思いながら聞いていて、ふと妙だなと思った。
willieさんてば、やけにローズガムズのことに詳しい。この前のメールではローズガムズに行ったことはないと言っていたのに。
「ジョンに会いました?」とwillieさん。
ジョンというのはペータの旦那様のことだ。
「いや、ちょうどニュージーランドに出かけていて留守なんだそうです」とパパ。
「そうですか。ジョンはすごく環境問題やこの辺りの自然環境に詳しいですよ。私が先日来たときにいろいろ話をしたんですが・・・」
せ、先日来たぁ? ローズガムズに?
それで判った。昨日ペータが「明日の9時半にバードウォッチングツアーに行くんでしょ」って知っていたわけが。
実はwillieさんからの最後のメールで、バードウォッチングのスタートは9時半にしますということは教えてもらっていたけど、どこに9時半に行けばいいのか指示がなかったので戸惑っていたのだ。私たちがその日ローズガムズに泊まることは知らせていたから、待ち合わせ場所を決めていないならここで待っているしかないかと思っていたが。
willieさんはたぶん最初からローズガムズに迎えに来てくれるつもりで・・・しかも下調べを兼ねて事前にローズガムズを訪ねてジョン&ペータ夫妻に客人を迎えに来ると話までつけてあったのだ。
・・・驚いた。
今までネイチャー系のツアーに参加した経験は、四年前のケアンズでの
ドキドキ夜行性動物探検ツアー、そして去年の沖縄での
夜の探検ツアーのふたつだけだ。
今回のwillieさんのツアーと三つ比較してみて思うことは、他の二つは毎日決められた同じコースを回るだけだからそこだけ熟知していれば何とかなると言うこと。野生動物の出現率は操作できないものの植物や景観など動かないものは毎回決められた台詞で通せるものが多いし、たまにしか見られないレアな生物を別にしてもほぼ毎日出没する生物に関して説明できれば何とかなる。
でもwillieさんの場合は相手に合わせて柔軟にコースやプランを変更してくれるため、それら全てを網羅する知識の引き出しがないととてもやっていけない。しかも毎回同じコースで無いだけに、その度に入念な準備と下調べを必要とする。
これって凄いことじゃなかろうか。
表面には決して見えないかもしれないけど。
私たちを乗せたwillieさんの車はがたがたと音を立て、小刻みに揺れながら乾いたLandロードを走っている。
「この道も数日前とは比べものにならないほど整備されましたよ。ここ何日かで綺麗にしたんじゃないかな。正直こないだ来たときは凄い道で、雨期にはとてもアクセスできないんじゃないかと思いました」
えーっ。今でも普通車で何とかという道なのに、雨期にはどうやってローズガムズに泊まればいいの?
「今年は雨期はもう明けたんですか?」
「ここ10日ぐらい晴れが続いています。去年は酷かったですよ。雨がずっと降っていて7月ぐらいまでじめじめしていました。サイクロンも来たしね」
一昨年は今年と同じ時期にケアンズに来て、滞在中に雨期が明けた。初日、二日目ぐらいまでじめじめしていてそれから急に晴れ始めた。年によってずいぶんずれがあるようだ。来られなかったのが去年で良かったかもしれない。
「でも雨が足りているのはケアンズぐらいで・・・オーストラリア南方の干ばつは酷いし、ゴールドコースト辺りでも下水を浄化し、飲用として再利用する住民投票が行われると言っていたけど撤回されました。もうせっぱ詰まってそれどころじゃないということですね。水不足のニュースが出ると、ケアンズがよく比較されるんですよ。ここだけはこんなに降っているって。ケアンズの水道料はよほど大量に使う場合を除いてタダ同然なんです」
ケアンズに雨が降らなくなったら終わりだ。
メルボルン辺りの干ばつは最近テレビで特集していた。畑も何も干上がってからからの状態だった。一時的なものなのか、今後ずっと続くのか。
「東京の気候も変ですよ。最近、熱帯化しています。夏場の気温も異常だけど、スコールとしか思えない雨がよく降るんです。昔から夏は夕立がありましたけど、最近は春でも真っ昼間でも突然暗くなって雷が鳴ってバケツをひっくり返したみたいに降り始めます。今回の出発日の昼間もいきなり来ましたよ、スコール」と私。
車が舗装路に出て、ユンガブラを通過したときだ。
広場に賑わいが見えてきた。
マーケットを開催している。
実は
アサートン高原のユンガブラでは毎月第四土曜日の朝7時から昼の12時までユンガブラマーケットを開いている。
最初、旅行の日にちを間違えて考えていた私は、ローズガムズをチェックアウトする日の朝に寄っていきたいと計画していた。
でもよく考えたら土曜日はwillieさんのツアーをお願いした今日だった。
オーストラリア行きの直行便は夜便なので、日本出発日と現地到着日が1日ずれている。よく間違えちゃう、でもそれは私だけかも。
「結構大きなマーケットで、近隣の町からもお客さんが来るみたいですよ」とwillieさんが教えてくれた。
確かに見たところ
ポートダグラスのサンデーマーケットより規模が大きいように見える。
もう第四土曜日にテーブルランドで宿泊する機会は巡ってこないかな。もし日程が合えば次回こそ。
ユンガブラは通過するだけで、willieさんの車の行き先はマランダだった。
「もう来たことがある場所かもしれませんね」とwillieさんが言ったが、いや、マランダではマランダ・デイリーセンターしか行ったことがない。
車が停まったのはマランダフォールズの入り口だった。
駐車場の横にインフォメーションマークの付いたビジターセンターが建っている。ツリーカンガルーという名前のカフェもあるらしい。
「ケアンズ周辺には良い森が沢山ありますが、ここは道路から近くアクセスが容易でしかも樹影が濃くてなかなかいいところなんです。以前はもっと暗くて光が届かない森だったんですが、去年のサイクロンでずいぶん樹冠が飛ばされてしまいかなり明るくなってしまいました。それでもまだまだ沢山の生き物が見られますよ」
willieさんは車のトランクケースから大きな双眼鏡や三脚を取り出した。
「さあ行きましょう」
真っ直ぐ歩くとすぐに滝が見えてきた。
マランダフォールズだ。
幅の広い滝で観光客が何人か見物している。
滝もじっくり見たいけど、今は滝を見に来たわけじゃないから木の間から写真だけ撮って先を急いだ。
マランダフォールズの周辺は簡単に一周できるトレッキングコースになっているようだ。
滝の側には四阿がある。
四阿の壁に「貴重品の保管をして下さい」「ゴミ箱をお使い下さい」などの注意点が書かれているが、何故か英語の下に手書きで日本語も併記してある。この字がまたなんとなく日本人が書いたんじゃない漢字・ひらがなっぽくて可笑しい。
また同じ壁の屋根近くににラインが引いてあって「1967 FLOOD LEVEL」の表示。
ここまで洪水したことがあるの?
「この森を見て何か気が付きませんか? どの木も幹がそれほど太くないのに背が高いでしょう。途中に枝もあまり無いと思います。これは芽を出したら誰より早く背を伸ばして太陽光を独占しないと生きていかれないからです。これらの木は最初のうちは凄いスピードで伸びるんですよ」
なるほど。
「自分で伸びないで他に寄生する植物も多いです。蔓を巻き付けて上ったり、鳥に種を運んでもらって背の高い木の途中から芽を出したりしますね」
よく見ると熱帯雨林の木々は、一本の木にいろんな形の葉が生えているように見える。
本物は一種類だけで、あとは全部寄生植物ということだ。レナなどこれ以降、寄生植物を見つける度に「ずるっこさん」と呼ぶようになった。
「木の実は下に落ちてもすぐに芽を出さないものも多いです。光がないと成長できないのでね。その代わり高い木が倒れたりして光の入るスペースができると一気に伸びます。山火事にならないと芽を出さない硬い種とかもありますよね。あれなんかも同じです」
えっ、それってもしかして・・・。
いや、山火事になって焼けないと芽を出さない種があることは昔から知っていた。
でもその理由が全然判らなかった。そんなに難しい条件を揃える必要がどこにあるのかと。
「山火事が起きた後は周りの高い木は全て燃えて倒れた後でライバルがいないでしょ。太陽の光を独占できます。おまけに燃えた木は肥料と同じで養分になるし」
すごい。そういうことだったのか。長年の疑問が氷解。
コースの横を川が流れている。
「この川にも実はカモノハシがいます。カモノハシはあっちこっちに生息しているんですけど、今はちょっと・・・滝の方では泳いでいる人もいましたしね」
もうちょっと薄暗く静かにならないと出てこないということか。
梢のあちこちで鳥の鳴き声が聞こえる。
willieさんはバラムネオナガバトとか、ムナグロシラヒゲドリとか、ハイガシラモズヒタキとか、いろいろと教えてくれた。
ハイガシラモズヒタキは世界でもこの高原だけにしか生息していないとても珍しい鳥なのだそうだ。
といっても、教えられてもちらっと飛ぶ姿が見えるとかそのくらいで、とてもカメラに収められるような状態ではない。
特にこのときはカナとレナが諍いを起こしていてそちらに気を取られていた。みんなで今しかできないことを楽しんでいるときに喧嘩するのはやめようよ。
原因は双眼鏡だった。
カナとレナは自分たちの小さな双眼鏡を持っているのだが(親は持っていない)、何年も前に買った物なのでオーストラリア行きの前にレナは紛失してしまったのだ。出発前に探したけど見つからず、仕方なく玩具に毛の生えたようなオペラグラスを二つ持ってきた。ところがそのオペラグラスも今日の荷物をリュックに詰めたときにパパが気づかず部屋に置いてきてしまったので、今は双眼鏡が二人でひとつしかない。
カナにしてみればこれは自分のものなのだから、自分が使うのが当たり前だと思っている。
レナはひとつしか無いんだから自分も自由に使えるべきだと思っている。
willieさんの本格的な双眼鏡もあるのだが、これは子供の手には大きすぎて扱えないようだった。
仕方なく母はデジカメをひとつレナに持たせた。双眼鏡で見る代わりにこれで好きなだけ写真を撮って良いと言って。
それでも時々は互いに荷物を交換したくなる。互いに思う瞬間が同じならいいのだが、何故かタイミングがずれているのでまた二人は喧嘩になってしまう。
ああくだらない。
レナは完全につむじを曲げて立ち止まってしまった。
そんなとき、willieさんが珍しい鳥がいると言った。
「日本にはいないんですよ、だから日本からバードウォッチングに来た人は結構見たがるんです。梢の上の方にいるから姿は見えないかもしれないけど、ちょうど真上。鳴き声が聞こえますか?」
「にゃ〜っ!」
に、にゃー? 「に」に濁点を付けたようなちょっとしわがれた猫の鳴き声。
「ネコドリと言います。ミミグロネコドリ。英語でも同じで、キャットバード」
猫じゃなくて鳥なの!?
ネコドリはしばらく梢で鳴いていた。
姿も見えたような見えないような。何しろ熱帯雨林の木々はあまりに背が高く、おまけに真上を見上げるとシルエットになってしまって色もよく判らない。
「鳥の力は凄いです。例えばトウネンという鳥がいます。スズメぐらいの大きさの渡り鳥ですがケアンズから日本を越えてシベリアまで飛びます」
そんな小さな体のどこに長旅をする力があるんだろう。
カナやレナも5分歩いただけで疲れたって言うのやめようよ・・・ってこれは違うか。
木の根元が三角の板みたいに盛り上がっている木も多い。
確かブーメランを作る木だ。
willieさんはこれについても、何故この木がこういう形になるのかまだ判らないのだと教えてくれた。同じ種類の木でもこういう形になるものとまったくならないものとあるのだそうだ。
「でもそういうことよりこの木はアボリジニがテーブルにするとかそういう方が有名になっちゃってますね」
ほほう、ブーメランだけじゃなくてテーブルにもなるのか。
これ以降、根元の持ち上がっている木を見る度にレナは「テーブルの木だね」と言うようになった。
「あれは何だか判ります?」
遠くて判らない。何かが木の枝からぶら下がっている。遠目にはカエルの卵のようなゼリー状の物体に見える。
双眼鏡をのぞかせてもらったらもっと気持ちの悪いものだった。
「毛虫の巣です」
ぎゃー。
葉っぱの裏に一面にたかった毛虫。
こんなものに限って動かないからばっちり写真に撮れるのよねぇ。
「この森に足りないものがあります。何でしょうか?」
「花」と即座に私。
「そうです。この森には花がほとんどありません。そこがまたケアンズ周辺の熱帯雨林の評価が高いところでもあるんですが。どういうことかと言うと、この森はそれだけ古い森だということです。花をつける被子植物が地上に生まれる前の、貴重な裸子植物の森なのです」
足下に寄生植物が落ちていることもある。
また、寄生植物が元の木とほとんど一体化しているものや、元の木が枯れて寄生植物だけが空洞状態で残っていることもある。
「植物の世界はこうじわじわと進行するので、動物の世界より嫌らしい面もありますね。ほら、この木は既に枯れている。こういう木には・・・」
willieさんは幹をぐるりと回って探しているものを見つけた。
「これです。寄生されていますね。宇宙人みたいですけど」
古代遺跡に描かれた正体不明の文様みたいな不気味な形が盛り上がっていた。
また、元の木が朽ちて消えてしまった後に蔓状に巻き付いていた寄生植物だけが電話のコードみたいにぐるぐると螺旋状に残っているものもあった。
レナがどれ? と言うので、近寄って指さした。
そのときにうっかりと近くにある別の蔓に指が触れてしまった。
かすっただけだと思ったのにくっついてきて、無理に引き離したら指の薄皮がむけてしまった。
こ、怖い。willieさんのサイトに
スティンギングツリーという猛毒の植物がその辺に普通に生えていると載っていた。まさかこれじゃないだろうけど気を付けなくちゃ。
遅れているとカナが戻ってきてレナの手を引いてくれた。
仲直りすれば仲良しの姉妹。
藪をかきわけて進むとコース出口近くの低い草の茂みにはちっちゃいスズメみたいなのがぴょんぴょん跳ねていた。
「ハシナガヤブムシクイですよ」
何羽もいるのに動きが素早くて全然写真に撮れない。
他の鳥たちも同じだが、色が茶色っぽくて一ヶ所にじっとしていないから馴れていないと見つけるのも難しい。声だけはよく聞こえるんだけど。
「こういう森にいるのは小柄で地味な鳥が多いです。しかも落ち着きがないタイプ」
・・・確かに。
ふいに前方から緑色っぽい鳥が飛びだしてきた。
鮮やかな緑ではなく地味めな緑。
「今の、ネコドリでしたよ。見ました?」
はい、しっかり見ました。
移動はwillieさんの車にまかせきりなのでどの道を通ったのか定かではない。
だから今、この文章は地図を見て書いている。
恐らく車はマランダからマランダ・アサートンロードを北上し、ヘイスティロードに突き当たったところで左に曲がったんじゃないかと思う。
この道は途中でケネディハイウェイと交差するが、そのまま直進するとアサートンの南にあるヘイスティー湿地の方へ向かう。
「オーストラリアには国立公園が沢山ありますが、その中で、もしかしたら最も小さい国立公園がここなんじゃないかと思います。ヘイスティースワンプ・ナショナルパーク。池というか沼というか、そこだけが国立公園に指定されています」
ヘイスティー湿地に入る道は未舗装だった。
道の入り口の電線に何かちょっと大きめの鳥がとまっていた。
「あっ、ワライカワセミですよ」
うん判る。あの平たい頭。確かにクッカバラだ。
写真に撮る間もなく飛んでいってしまった。
「今のワライカワセミはアオバネでした。ちょっと珍しい方のワライカワセミです」
未舗装道路の両側に背の高い葦のような草が生い茂っている。
「フヨウチョウはよくこういう草の上の方にとまっているんですよ。こんな細い草でも器用につかまることができるんです」
フヨウチョウというのは英名をRed-browed Finch、又の名をRed-browed Firetaileと言って背中と羽が黄緑色で喉からお腹が淡い灰色、目の周りと尾羽根の辺りが朱色、特にその目の周りはちょうどアイマスク状に赤くなっている小鳥だ。
カナとレナに日本を出発する前に、オーストラリアで一番楽しみにしていることは何と聞くと、毎日「鳥先生にいろいろな鳥を見せてもらうこと」と答えていた。
二人にはwillieさんのことを「鳥先生」と紹介していた。
「でも鳥先生にいろいろ教えてもらっても、英語だと判らないよ」と心配したカナ。
「大丈夫。鳥先生は日本人だから日本語で教えてくれる」
「あー良かった」
そんな二人が楽しみにしていたことのひとつはフヨウチョウを見ることだった。
家にあったハーバートン(アサートン高原の町の一つ)・ビジターセンターのリーフレットに三羽並んだフヨウチョウの写真が載っていて、それがとても可愛らしかったのだ。
「むくむくの鳥ちゃん」と二人はフヨウチョウのことを呼んだ。
部屋の隅に二人でしゃがみ込んで何をしているのかと思ったら、「今、むくむくの鳥ちゃんの真似をしているところだよ」と答えたこともあった。
でも残念なことに今日は葦の上にはフヨウチョウは来ていないようだった。
それに後部座席ではレナが寝ていた。
どうも最近は車に乗る度に寝ているようだ。いつものように酔い止めは飲ませたけれど、気持ちが悪いと言われるよりは寝ていてくれた方がいい。
ヘイスティー湿地の隅に観察小屋がある。
willieさんの車はその横で停まった。
未舗装の道の先には赤い帽子をかぶったような青っぽい水鳥が何羽もうろうろしている。さっきから道を横切ったり藪に隠れたりやたらと目に付いていた鳥だ。
「あれはセイケイです。日本名だと青鶏、つまり「青」ですけど、こっちの人の感覚から言うと「紫」なんです。英名はPurple
Swamphenと言います。お尻の羽だけ白いところが可愛いですよね」
後ろ向きになると、あれ、本当だ。背中は黒っぽいのに何故かお尻だけぽっちりと白い。
子どもたちと追いかけるとよたよたとみんな藪の中に逃げていった。
セイケイが逃げた反対側には農場と民家があって、そちらにも別の鳥がいた。willieさんはズグロトサカゲリだと教えてくれた。他にクイナの仲間もいた。
セイケイに逃げられた後、みんなで観察小屋に入った。
小屋は二階建てになっていたが私たちは上の階に入った。
小屋と言っても屋根のついたこぢんまりとした展望台のようなもので、硝子のはまっていない窓から鳥を驚かさないように観察できるようになっている。
「この観察小屋は無料ですが、団体で使用するときにはきちんと許可を取らなくてはなりません。人数や使用時間などを細かく決めた上で申請する必要があります」
「個人での利用は問題ないんですか? 家族や友人とバードウォッチングに来るとか」
「そういう場合は自由に使って良いことになっています」
良かった。じゃ、今の私たちはOKね。
「ここだけでなくて
マリーバウェットランドや
ミッチェル湖も同じなんですが、湿原は鳥の当たり外れが大きいです。鳥の多い場所や時間といったポイントはあるんですが、いるときはわんさといるのにいないときはぱったりという感じで行ってみないと判らないことが多いです」
この日は鳥自体はそこそこいたが、全部観察小屋から一番遠い対岸に集まっていたので、そういう意味では不発だったらしい。
ヘイスティー湿地の池は、どこからも水が流れ込まずどこにも水が流れていかず、貯まっているのは雨水だけだと思われるのにほとんど水位が変動しないのだそうだ。
「下から湧いているんでしょうか?」
「かもしれませんね」
そしてさらにwillieさんは「水の減ることがないから、乾期で他の場所に水が無くなれば無くなるほどここに鳥が集まるんですよ」と教えてくれた。
思ったより鳥の数は少なかったが、子どもたちにとっては違ったようだ。
森の中はいくらいろいろな種類の鳥がいてもほとんど姿を捉えることができなかったのに対し、水辺はまったく障害物がないので遠方の鳥がはっきりと見える。これがかなり嬉しかったらしい。
willieさんが三脚で設置してくれた双眼鏡をかわるがわるのぞいては、鳥の生態観察を楽しんでいた。
対岸に大量に集まって羽を休めていたのはオオリュウキュウガモ。
たまにオオバンが空から降りてきて水の上を泳ぎ出す。と、ふいに餌を見つけたのかぷくりと沈んでいったりする。
「見て見てー、二羽並んでいるよー」
「あっ、一羽消えた」
「潜った潜った」
空から何羽かの群が湿原に近づいてきて上空を舞っている。
「あれはムギワラトキですね」
観察小屋の隣にはトイレも付いていた。
しかしこのトイレ、不必要に部屋が大きい。
何だかちょっと落ち着かない。
トイレから出るとパパがすぐそこの水際にカモが一羽来ていると教えてくれたが、カメラ片手に駆けつけたらもういなくなってしまった後だった。
「次はどこへ向かうんですか」
時間はそろそろ午後1時近い。朝ご飯はがっちり食べてきたけど少しお腹が空いてきた。
「
マリーバの方に行ってみようと思っています」
マリーバは
アサートン高原でアサートンに次いで大きな町。
アサートンからはケネディハイウェイを30キロちょっと、真っ直ぐ北上すると着く。
乾いたサバンナ気候で周辺の景色はブッシュファイアの痕の残るユーカリ林と蟻塚ばかり。
マリーバの町中にはそれほど見るところは無いが、周辺には野生ロックワラビーに餌付けできる
グラナイトゴージ、非営利団体が管理する自然保護地区
マリーバウェットランド、毎年7月に
ロデオ大会が行われるKerribee Park、野生のカンガルーが山ほど出没するマリーバゴルフ場、
マンゴーワインのワイナリー、それにCairns Wildlife Safari Reserveというサファリパークもある。
ちなみにこのサファリパーク、以前つぶれてしまったワイルドライフパークをリニューアルして最近オープンしたものらしいが、私見ながらわざわざケアンズまで行ってライオンやトラを見る意義があるのだろうかと思っている。オージーにとっては珍しい動物を見るいい施設なんだろうけど、日本からの観光客はせっかくだからオーストラリアだからこそ見られる動物を見に行った方がよほど有意義だよ、きっと。
「マリーバウェットランドに行くんですか?」
「違います」
私はヘイスティー湿地で水鳥が不発だったのでもう一ヶ所水辺を回るのかなと思ったが、どうやらwillieさんはもう次のことを考えていたようだ。
「アサートン高原に来ると、いつもランチに困るんですよね。なかなか良い店が無くて。特にマリーバは町中にはせいぜいファーストフードみたいなものしかなくて、地元の人はどこでお昼を食べるんだろうと不思議に思うくらいです」とwillieさん。
「でもなかなか良いところを見つけました。そこに行こうと思っています」
そしてそこで話題を変えて、
「コーヒーベルトって知っていますか?」と聞いてきた。
私は紅茶は大好きだがコーヒーは飲まない。
「知りません」
「良質のコーヒーを栽培するには適した条件があって、それに合致する場所が赤道から限られた距離にあって標高の高い土地です。ケアンズは位置的にそのコーヒーベルトに入っているのですが標高が足りない。そこでアサートン高原ならちょうどいいんじゃないかと栽培が始まりました。最初のコーヒー農場は一軒だけで・・・私はそこをケアンズで最もとっちらかった農場と呼んでいますが、ここ数年でどんどん増えて、今やコーヒーはマリーバを代表する農産物となっています」
確か数年前まではマリーバの代表的農産物の一つは煙草だったはずだ。しかし今は煙草農家は一軒も残っていないと聞く。そのことにもwillieさんは回答を教えてくれた。
「煙草農家はコーヒーに転作しました」
すると本当にコーヒー栽培が爆発的に広まったのはここ数年のことなのだ。
私が子連れでケアンズに行き始めた4年前は、まだ日本ではケアンズ(アサートン高原)のコーヒーはほとんどまったくと言って良いほど知られていなかった。
2004年に
ケアンズショーというお祭り会場でたまたまケアンズハイランド産のコーヒーを目にして、お土産として買い求めたのだが(当時の旅行記
ケアンズ・ハイランド産のコーヒー豆参照)、そのとき掲示板でも「オーストラリア産のコーヒーなんてあるんだ」「美味しいの?」と話題になったぐらいだ。
「世界で最もコーヒー消費量の多い国がどこだか判りますか?」
「わざわざ問題にするくらいだからアメリカとかもっともらしい国は違いますよねぇ・・・」
「意外な国ですよ。スウェーデンです。スウェーデンの王子がたまたまオーストラリアに留学していましてね、オーストラリアのコーヒーがいたく気に入って、帰国後も取り寄せ続けたんです。そうしたことからもオーストラリア産のコーヒーの人気が急に上がってね。コーヒーとは関係ないのですがスウェーデンの王子はオーストラリアの女性と婚約もしました」
そりゃあずいぶんオーストラリアびいきの王子さまだったんだな。
他にも道々、willieさんはいろんな話をしてくれた。
地球上における熱帯雨林の役割、地球上で占める熱帯雨林の割合。そして酸素を生み出すという重要な働きと、今こうしている間にも刻一刻と信じがたい面積の熱帯雨林が失われつつあるということ。あと二十何年かしたら、ゼロになってしまう計算だとか。私の子どもたちなどまだ30歳にしかなっていないよ。背筋が寒くなる。
また熱帯雨林には地球上の生物の四割の種類が生息しているということ。日本ではバードウォッチングに出かけても100種類の鳥を見るのに何年もかかってしまったりするが、ケアンズでは2、3日泊まりがけでウォッチングするだけで数百種類の鳥を見ることができるということなど。
「あっ、右の方、凄い数の鳥が飛んでいますよ」
willieさんの指さす方を見ると、草原の上を黒っぽい鳥が群をなして飛んでいた。
なんとなく西部劇に出てくる町のようなマリーバの中心部をケネディハイウェイと共に右に曲がる。
この道はケアンズ方面からは観光鉄道や
スカイレールでアクセスすることができるキュランダに続く道だ。
つい先日はこの鉄道、災害で休止していた。再開した後もしばらくはケアンズとは繋がらずキュランダ−バロン滝を往復したりしていたが、5月1日(あと数日だ)をもって元のコースが復活するらしい。
もうひとつの交通手段スカイレールも5月5日から19日までメンテナンス運休予定だからぎりぎり間に合った。ゴールデンウィーク中にケアンズに来た人(私もか?)は焦ったことだろう。
キュランダ方面に曲がっておよそ8キロ。エメラルドクリークを渡った先にコーヒー農場はこちらという茶色の表示板があった。
私にとってケアンズのコーヒーと言えば、あちこちでちらしや広告を見かけるコーヒーワークスではなくて、何となく縁がある気がしてケアンズショーで買ったJaquesコーヒーだった。
「もしかして同じところかしら。えーとね、確かジャックス・コーヒーって言ったかな。綴りはJ・A・C・・・」
「違うところみたいですね」
いや、きっと同じ所のような気がする。私の綴りの記憶が間違っているんだ。それにCとかKとかじゃなくてもっと別のアルファベットだったような・・・。
入り口に
JAQUES COFFEE PLANTATIONの看板。
「ああやっぱりこれだ」
「これはジャイクスと読みます」
そうだったのか。ジャイクス・・・覚えておかなくちゃ。
「ここには雰囲気の良いカフェがあるんですが、他にも大きな蟻塚を並べた蟻塚通りって言うのがあって、ホント笑っちゃうんですよ。ばかばかしいんだけど、ある意味凄いなって」
敷地のゲートをくぐるとwillieさんの言う蟻塚通りが見えてきた。
普通、蟻塚はまばらに生えたユーカリ林にぽつりぽつりと点在していることが多い。
ところがこの蟻塚通りは、まるで街路樹さながら道の脇にずらりとひとかかえもある大きな蟻塚を人工的に並べてある。
庭石の代わりに蟻塚という感性がオージーだ。
後でここにいた人に聞くと、農園にはフォークリフトがあるからそれで運んできたと。
道の脇の札にはターマイト・アベニューと書かれている。そのまんまじゃん。
蟻塚通りを過ぎるとかかしのような人形があって沼地のようなものが見えて、それから駐車場とカフェが見えてきた。
カフェはオープンエアになっていて、布を張って天井代わりにしているところがエアーズロック辺りのような雰囲気だ。なかなか洒落たつくり。
庭園もあってクジャクやホロホロ鳥がうろうろしている。
緑が多いので和む。
カフェの中から一人、若い日本人の女の子が出てきていろいろ世話を焼いてくれたので、てっきりここで働いている人なのかと思ったら、後でwillieさんがホームステイかワーホリでここに来ている人らしいですよと教えてくれた。
とにかく彼女のおかげですんなりと注文もできた。
コーヒーが苦手で子供連れの私に気遣って、「コーヒーじゃなくてアイスチョコレートも注文できますよ。メニューには無いけど大丈夫」と裏メニュー(?)を教えてくれたりした。
「アイスチョコレートと、スコーンと、ピザと・・・あとパパは飲み物何にする?」
「コーク」
思わずえっという顔で振り返ってしまった。
「本気で?」
「えっ、何かまずいの?」
私はコーヒー飲まない人だから仕方ないけど、普段コーヒーを飲んでいるあなたが、コーヒー園で注文する飲み物がコーラかいっ。
ハッとパパもようやく私の言いたいことが判ったらしい。
「アイスコーヒーで」
よろしい。
パパに後で「あのシチュエーションでコークは無いだろう、コークは〜」と言うと、「だってあのときは暑くて無性にコーラが飲みたい気分だったんだ」という返事が返ってきた。
笑わせてくれる。
willieさんはJAQUESのカフェが気に入っているようで、ここができてからテーブルランドでお昼を食べる場所に困らなくなったと話してくれた。
「ここはカフェだけじゃなくて、コーヒー農場の見学ツアーもやっています」
はい、さっき食べ物を注文したときも見学ツアー参加しませんか?と勧められた。
「私も見学ツアーに参加したことがあるんですが、農園を乗り物で案内される前にまずあの部屋に入れられるんですよ」
そう言って私たちの席からもよく見える何も表示のないドアを指さした。
隣にはまったく同じ見てくれのもう一つのドアがあって、そちらはトイレと表示がついている。
「なんか不審なドアですよねぇ」
「ですよね。何だと思うでしょ。結局見学ツアーの前にその部屋で農園のレクチャーをしてくれたわけなんですけど、最初はどこに入れられたのかと思いましたよ」
うん、なまじ隣の同じドアがトイレだしね。
「あとこの農場にはあれもあるんです」
willieさんが例の不審なドアの近くでさっきからビデオを流しているテレビ画面を指さした。
写っているのはハンググライダーみたいな乗り物で、空中撮影した動画に切り替わったりする。
そうあれ。
前に私の掲示板でも
Taka4さんが乗ったと教えてくれた
マイクロライト。
「オーナーの趣味でやっているらしいんですけどね、あれに乗せてもらえるんです。ここで免許も取れるんですよ。私の友人はここで乗ってはまってしまってついには免許も取ってしまいました。私はまだ乗ったことがないんですけどね」
「へー」と私。
この時点ではまったく自分が乗るつもりは無かった。
だって高所恐怖症だし、今はwillieさんにガイドをお願いしている時間だ。
「カフェの隣に格納庫がありますよ」とwillieさんが言うのでカメラを片手に見に行った。どんなものか興味だけはある。
ガレージのような格納庫にはトラクターやバイクに混じって白いマイクロライトが一機しまってあった。
あれ、画面に写っていたのは黄色いマイクロライトだったな。複数あるのかな。
やがて食事と飲み物が運ばれてきた。冷えたアイスチョコレートはクリーミーで美味しい。甘い物好きのレナも嬉しそうに飲んでいた。
スコーンのホイップクリームも美味しい。TimTamとか甘すぎるものがやけに多いオーストラリアで、何故かスコーンのクリームとアンザッククッキーだけは程良い甘さだと私は思う。
スコーンの方は甘いものが苦手なカナも味見して美味しいと言いだし、半分ほどぺろりと食べてしまった。
コーヒーとチーズの苦手な私はアイスコーヒーとピザは味見していないが、パパに聞くとどちらもとても美味しかったとのこと。
食べていると足下がもぞもぞするのでテーブルの下を覗き込んだら鼻先と足の先が白くて後は真っ黒なわんちゃんが遊んでくれ〜という瞳でこっちを見ていた。
willieさんはもうこのわんちゃんとはお馴染みらしく、こいつはやんちゃ坊主でねぇなんて笑っていた。
食べ物を食べ終えて、ふと振り返ると、カフェの後ろ、格納庫の正面のロータリーにたった今空から降りてきたと言わんばかりの黄色いマイクロライトが見えた。
まだエンジンは止まっておらず、ゆっくりとアスファルトの上を動いている。
「今戻ってきたんですか? 音も聞こえなかったし全然気が付かなかった」
willieさんも気が付かなかったようだ。何時の間に来たんでしょうと言っている。
マイクロライトはハンググライダーに座るところとエンジンとプロペラをつけたような乗り物で、この黄色いのは二人乗りのようだった。
さっきのワーホリの女の子も店から出てきてパイロットに話しかけている。
パイロットが降りてきたので私が思わず「わー、かっこいいですね」と口にすると、ワーホリの彼女はへーという顔をした。
「彼はこの農場の次男坊なんですよー」
いや、あのね、かっこいいって言ったのはパイロットさんのことじゃなくて、マイクロライトとマイクロライトを運転していることを含めたパイロットさんのことでぇ、まあ、誤解でもなんでも別に問題ないんだけど。やけに焦る私。
「今日は長いフライトだったみたいで半日出かけていたんですよ。せっかく戻ってきたところだから乗ってみません?」
「えっ」
「20分で保険も入れて90ドルちょっとですよ。10分のエクスプレスもあります」
「ミッチェル湖までなら飛んでみたいんですけどね」とwillieさんが言った。
「ミッチェル湖までだと40分は必要ですね」
「私の友達がここで免許を取ったんですよ」
「そうだったんですか。彼(パイロット)はお客さんを乗せて飛ぶだけじゃなくて、最近指導する資格も取りましたからねぇ。あなたも如何ですか? こちらにお住まいなら免許」
「いや、免許を取ってもマイクロライト自体を買うお金が・・・」
「それは必要ですよね」彼女は笑って「マイクロライトを持っていれば、この農場に置かせてもらうこともできるんですよ」と教えてくれた。
私もマイクロライトに興味はあったものの、さっきも言ったように全然乗るつもりはなかった。そもそもジャイクスコーヒー農園に来たんだってマイクロライトに乗るつもりで来たわけじゃなかったし。
でも彼女が「今日はこんなに晴れていて風もないし絶好のフライト日和ですよ」って言うと、何だかこの機会を逃してはいけないような気がしてきた。
マリーバは晴天率が高いが、いつだってここまで完璧な青空とは限らない。
だいたいさっきまで留守だったマイクロライトとパイロットがちょうど私たちのいる時間に戻ってきたことだってタイミングが良すぎる。もし今パイロットが一人しかいないとしたら、乗るつもりで来たってすぐに乗れるとは限るまい。
今だって、もしカフェにいる他のお客さんが手を挙げて、ハイハイっ、私が乗りたいですって言ったらそれまでかもしれない。
「・・・パパ、乗ってもいい?」
パイロットの大きな手と握手して、油の臭いがしそうな大きなライダーズジャケットを着せられて、ヘッドホンとごついヘルメット。さあここに足をかけて座席に着いてと指示される。
よいしょと座るとシートベルトでしっかりとくくりつけられて、パイロットがすぐ前に座る。準備はOK?
簡単に飛ぶことを決めたように見えるかもしれないが、実際には5分以上逡巡した。
どうしよう、やっぱり怖いし料金も安くない。
でも目の前にマイクロライトとパイロットがいて天候も完璧。もうこれきりマリーバに来る機会があるか判らないし来たとしてもジャイクス農園に来る可能性は低いだろう。
こんなに何もかも状況がお膳立てしてくれたのにまさか飛ばないつもり?
パパは「飛びたかったらどうぞ。いや、俺は乗らないよ。落ちたら嫌だから」
willieさんは「自由にしてもらっていいんですよ。貸切ガイドというのはそういうものですから」
子どもたちは「駄目ーっ、絶対駄目」
えっ、駄目?
どうしても駄目?
「・・・じゃ、代わりに私のポケモンをレベル100まで育てて」
「レナのも。ジム戦もクリアして」
判った判った、レベル100とジム戦ね。
「敵ボスも倒して」
おやすいご用。
「やっぱ駄目。ママずるい、私も乗りたい」
へっへっ、ごめんね。
マイクロライトはゆっくり前に進み始めた。
みんな手を振っている。やっほー、行ってくるね。
正面に「←EXIT」の表示板。道が直角に左に曲がっている。
曲がると未舗装の滑走路が現れた。
ぐんぐんとスピードが上がる。
ヘッドホンからはノリの良い音楽が流れる。
なんか映画みたいだぞ。
振動が激しくいつ地面を離れたのかよく判らなかった。
いつの間にか浮いていて、下を見ると三角の影が見えた。
そう、あれは私の乗っているマイクロライトの影だ。
高度が上がると平坦なマリーバの全景が広がった。
ユーカリの森、草原、綺麗に区画された農場、遠くに山。
よく考えたらこの景色には見覚えがある。そりゃそうだ、三年前にマリーバで
気球に乗って同じ景色を見ている。
でも迫力は全然違うよ。生身の体に風がびゅんびゅん当たる。首から下げたカメラを構えると、ストラップに引っかけてあるレンズカバーが風圧で手首にがつんがつん当たって痛い痛い。
それにしてもめっちゃくちゃいい天気だなぁ。
こんな日に空を飛べるなんて私はやっぱりラッキーだ。
マイクロライトはさっきも書いたように、三角形のカイト型の大きな翼があるところはちょうどハンググライダーをイメージしてもらうと判りやすい。その下にバイクの座席のようなシートが付いていて、座席の後ろにはエンジンとプロペラが付いている。
エンジンとプロペラで推進力を生み出しているわけだが、浮力と舵取りは翼の役割らしい。この翼、別に車のハンドルのようなものがついているわけでもなんでもなく、パイロットがヨットを操るみたいにバーを握って左右に動かしているだけ。非常に原始的だ。
地上では穏やかに感じられたが、吹き飛ばされそうなほど上空の風は強く、突風が吹いたらあっと言う間にきりもみ状態になってしまったり・・・しないの? と心配になる。
パイロットが時々あれは何だとか説明してくれているのだが、ヘルメットがちょっとずれるとヘッドホンもずれてしまってなかなか聞き取れない。そうでなくても英語が不自由なのに。
右手はカメラ、左手は座席にしがみついているのでヘルメットを正す余裕がない。
やっと落ち着いてきて左手を放すことができた。
えーと、なになに?
「シュガー」
「えっ、シュガーケイン?」
「yes」
ぎっしりと緑色の目の詰まった絨毯みたいなのはさとうきび畑か。
同心円状に細いラインが見える。あれはもしかしたらさとうきびに撒水するための世界最大級スプリンクラーが通る道筋かな。
「マンゴツリー」
へー、あれはマンゴー畑か。気持ち悪いくらい完璧に等間隔で植えられていてフランス庭園も真っ青。
「レイク・ミッチェル」
指さす方に遠くアメーバのような形をした湖が見える。
後でwillieさんに教えてもらったが、ミッチェル湖というのは人造湖なのだそうだ。それも個人が趣味で川を堰き止めて作ったという。willieさんは凄い道楽ですよねと言っていたが、ホント、スケールが違う。
人工的にダムで川を堰き止めているせいか、季節によって水量がずいぶん違うのだそうだ。私が横を通ったときは乾期だったためかそれほど大きい湖には見えなかった。
ちなみにwillieさんはミッチェル湖で馬を見たことがないと言う。私が見たときにいたあの馬は何だったんだろう。未だに謎だ。
「あれはクロコダイル・ファーム」
おや、マリーバにもクロコダイルファームがあるのか。
今までパームコーブとポートダグラスの間にある
ハートレーズ・クロコダイルファームとイニスフェイルにあるジョンストンリバー・クロコダイルファームには行ったことがある。ケアンズのすぐ南、ヤラバーの半島の根元にもケアンズ・クロコダイルファームがあるのも知っている。でもマリーバにもあるとは知らなかった。
後で調べたらMelaleucaクロコダイルファームというところで、月曜から金曜の10時から12時まで見学ツアーも受け入れているようだ。
「ゴーカート」
わー、本当だ、ゴーカートのコースがある。
「ロデオ大会のトラック」
あっ、懐かしい。行ったことあるよ、私、
マリーバのロデオ大会に。
そうそうあそこだった。移動遊園地も来ていたんだよね。
こうしてみると、結構マリーバの観光地って回っている。
「ゴルフ場、カンガルーで有名だよ」
本当だー、カンガルーのゴルフ場だ。えーと今日はカンガルーいるかな? いるかな?
木とグリーンはよく見えるけど、上空からはカンガルーが見つけられない。気球の時もそうだった。カンガルーが見えることが多いと聞いたが残念ながらその日は見つけられなかった。
今日も不発か? いるときは呆れるほど沢山いるのに。
このときはゴルフ場にカンガルーの姿を見つけられなかったが、実は奥の方にやっぱりいた。この後私たちは地上からゴルフ場へ向かったのだ。
まあ先回りするのはやめて空中に戻ろう。
「バロン・リバーだよ」
巾着みたいに蛇行している。
バロン川と言えばラフティングやカモノハシ探しで知られているがマリーバからキュランダを経由してケアンズまで流れていく。ちょうど鉄道の線路がバロン川に沿うように造られているのでキュランダ観光鉄道の最大のビュースポットはバロン川のバロン滝だ。
20分という時間が過ぎてしまうのが名残惜しかったが、眼下にジャイクスコーヒー農園が見えてきた。
旋回するためにいきなり機体が傾くと、馴れてきたつもりでも「きゃー」と声が出てしまう。
みるみる滑走路が近づいてきて、スリル満点だったフライト時間は終了した。
「エンジョイしたー?」とパイロット。
「オフコース!! サンキュ〜」
元のカフェに戻るとワーホリの彼女が証明書を持ってきてくれた。
「スチューデント・パイロットの証明ですよ」
ナンバーは229902だった。
後からパパに「万が一事故があった場合の保険の保証とかはどうなっていたの?」と聞かれた。
「申込用紙に必要事項を記入するとき、ワーホリの彼女がここはこう書くんですとサポートしてくれて、保険関係の頁も頭文字をサインするように言われたんだけど、ざっとで良いからどんな内容なのか教えてくれって聞いたら、私もよく判らないんですって言われちゃったからそのままサインした」
「・・・あっそ」
[ところでこのJAQUESのマイクロライト、あくあまりんさんに掲示板で2007/05/18、「私たちは相当前から“どうやって予約するのー?”とか“いつ予約すればいいのー?”って
尋ねていたので、行った当日は“あの相当前からメールしてきた人ね”って感じでしたけど・・。なので、もう一人パイロットを呼んでいてくれて2機で飛んだんですけどねー。
もう1機が下の方に見えたりしておもしろかったです。」「メール予約ができるというか、1回目は案の定返事はなかったんですけどね・・。2度目にやっと、返事が来て、
20分ならいくらで、40分ならいくらって・・で、もう一度前日に電話してくれればいいわよーって。でも、前日って日本なんですけど・・どうすればいいの?って感じ。
到着日の朝9時から飛ぶつもりだったので、しかたなく日本から国際電話したんですよ。それも始めは若い女の子で、日本人は慣れてなさそうで・・もう少ししてから電話してって。
で、しばらくしてから電話するとリンダさんが出てくれて、彼女は日本人に慣れているようすで、コーヒーファームへの行き方などを丁寧に教えてくれましたよ。」
という情報を頂きました。現地で確実に乗りたい方は参考にして下さい。メールアドレスなどは
JAQUES公式サイトで確認を。パイロットと機体に空きが有れば、私のようにその場での申し込みも可能です。]
[また、マイクロライトはアサートンやポートダグラスでも乗ることができます。ポートダグラスのマイクロライトに関しては、
jun1106さんに掲示板で2007/05/16、「ポートダグラスは30分で$150+$11(ITMA)でした。私たちは現金の持ち合わせが$430程しかなかったのですが、3人でこの値段に負けてもらいました。ホテルのパンフレットでは、1人30分コースで$175でした。マリーバに比べるとかなり高価でしょ。」という情報を頂きました。
参考までにアサートンのマイクロライト
アドベンチャーマイクロライツ
ポートダグラスは公式サイトが見つからないので連絡先だけ Get Airborne +61
7 4055 3343]
またマリーバの町中に戻ってきた。
「今度はどこへ行くんですか?」
「・・・今ちょっと考えているところです」
私がマイクロライトに乗るなんて予定外の行動を取ってしまったからwillieさんがばっちり組んでくれた予定が狂ってしまったのかもしれない。
「ゴルフ場に行くことにしましょう。意外だと思いますが、ゴルフ場でしか見られない鳥も多いのです」
マリーバゴルフ場はマリーバの町外れにある。
マリーバの町をマウントモーロイ方面に真っ直ぐ北上して町を抜けたと思った辺り、左手にある。
本当にカンガルーの多い日は、道路からもグリーン上で飛び跳ねるカンガルーがうじゃうじゃといるのが見えるものだが、今日はシーンとしている。
(参考までにカンガルーがうじゃうじゃいる日の
カンガルー画像 カンガルー動画)
「ここのカンガルー、いるときは何百匹もいるんですけどね」とwillieさん。「まあここはカンガルーにばかり目が行きがちですが、珍しい鳥も多いんです」
もちろんゴルフ場でカンガルーを飼っているわけではない。野生のカンガルーが勝手に入ってきて我が物顔でくつろいでいるだけなのだ。ゴルフ場は常にスプリンクラーで水を撒いているので、カンガルーは水を欲して集まってくる。
ゴルフ場に入って直ぐのあたりはズグロトサカゲリがうろうろしている他はあまり動くものもないようだ。
私はてっきりゴルフ場の受付で申請したりしないと入れないのだとばかり思っていたが、willieさんは車は道の先で停めて、私たちを連れてゴルフ場の中にどんどん入っていった。
グリーンの上を歩き始めると、遠くのバンカーにカンガルーが数匹いるのが見えた。
上空からは見つけられなかったけど、なんだ、やっぱり今日もいるじゃない、ゴルフ場の野生カンガルー。
ゴルフ場の鉄条網の外側には背の高い草の茂みがあって、willieさんは何か動くものを見つける度に鳥の名前を教えてくれた。
トサカハゲミツスイ、ツチスドリなど。
ツチスドリは知っている。マグパイという名前の方が知られている。さっきも車の中から目撃して、willieさんがオーストラリアでは鳴き声からピーウィーと呼ばれることが多いですと教えてくれた。
「マグパイってどういう意味か知っていますか?」
「白黒ですよね」と私。
オーストラリアの鳥は色が白黒だとマグパイなんとかってつくものが多い。
ゴルフ場は背の高いユーカリがぽつぽつと植えられていて、その他に低木の茂みなどもある。
高い木の上にはモリショウビン(青いカワセミ)やオーストラリアマルハシ。
グリーンの上にはレンジャクバトやヨコフリオウギビタキ。
レンジャクバトは普通の鳩に妖怪アンテナを付けたようなハト。
ヨコフリオウギビタキは名前は初めて知ったけど、姿はよく見る。ケアンズ空港にだいたいうろうろしているし、町中でも見かけることが多い。長い尾をつけたお尻をふりふりしているから可愛いんだ。
willieさんはどんどん奥へ歩いていって、葉の細いこんもりした背の低い木の近くまで来た。
「今からお見せするものは、意外とバードウォッチングする人でも見たことが無い巣ですよ。その面白い巣を作る鳥はオオニワシドリと言って姿を見つけるのはちょっと難しいんですが・・・」
そうwillieさんが口にしたとたん、正面の低い茂みから鳥が飛びだしてきて、私たちの目の前を飛び去った。
「ああ、あれですあれです、今のがニワシドリ!」
えっ、ええっ、みんなで慌てて振り返る。もうニワシドリはどこかへ消えてしまった後だった。
子どもたちは「ニワシドリって呼んだら本物のニワシドリが現れた」と大喜び。
「呼んだのが判ったのかな」
「はーい、って返事したんじゃない?」
ニワシドリのニワシというのは庭師のことらしい。
「この鳥は、自分の家の玄関前を飾り付けするんです。ほら、こんな風に」
willieさんが、今し方オオニワシドリが飛び出した茂みを持ち上げるようにした。
えっ、持ち上げて覗いちゃって大丈夫?
警戒してもうここに戻ってこなくなっちゃうようなことは無い?
巣と言ったが、正確にはお立ち台のようなものであずま屋と呼ぶと後でwillieさんは教えてくれた。本当の巣は少し離れたところにあるのだそうだ。庭の飾り付けは雄が雌を誘惑するために行う。
腰をかがめて茂みを覗き込むと、不思議な空間があった。
ごく細い木の枝を垣根のように整然と積み上げて、その前に沢山何かを並べてある。
一見すると子供が何かを集めて隠したようだ。
白い石、白い貝殻、白い釘、白いプラスチックコップのかけら、透明な硝子のかけら、それらに混じってぽつぽつと緑色の硝子のかけらが落ちている。
「この子は白と緑が好きなようですね。個体によって好みの色が違うようで、青いものばかり集める子もいれば、黄色いものばかり集める子もいます。同じ種類の鳥でアオアズマヤドリというのもいて、こちらは青いものばかり集めたがります。ケアンズのレインフォレストドームにもアオアズマヤドリが飼われていて、狭い空間の中でお客さんの落とし物などありったけの青いものを隠していましたよ。ちょっと可哀想になっちゃいましたね」
willieさんはもうひとつオオニワシドリのあずま屋を見つけてそちらも見せてくれた。
小枝を集めた巣の部分は綺麗に整っているが、庭の飾り付けはさっきの子よりずっと少ない。ほとんどものが落ちていない。
「この子はあまり集めていませんね。でもほら、少し赤いものが落ちている。この子は赤が好きなようです」
willieさんが指さしたのは、本当にどうしてこんなところにこんなものがと思うような、小指くらいにちびた赤鉛筆だった。
高い梢にまたモリショウビンがやってきた。
さっきはあそこにと指し示されても見つけられなかったが、今度は見ることができるかもしれない。
「あの一番近い枝の二股に別れている先の方です」
なんとかwillieさんが位置を説明しようとしてくれる。こういうときパパはだいたいすぐに見つけられる。私は下手な方。
willieさんが双眼鏡を渡してくれた。
えーと、あの枝が二股で、その先の方・・・あっ、いた。
カワセミを双眼鏡で見たのは初めてだった。
本当に凄い冴え渡った青だ。羽の一本一本までくっきり見える。
「カワセミは頭が大きくて尾が短くてアンバランスなところが特徴的で人気がありますね」とwillieさん。
ちなみに世界最大のカワセミはワライカワセミ(クッカバラ)なのだそうだ。
そこでふと後ろを振り返った私たちは、ここではカワセミよりも珍しいものを見た。
ちょうどゴルフ場の前を赤いラインをつけたメタリックグレーの電車が通過して行くところだ。
「サバンナランダーですかね。確か週に二本ぐらいしか走ってないですよ」とwillieさんが言った。
少し日差しが弱くなってきた。
時間は午後4時。子どもたちの顔にも疲れが見え始めた。
それを気遣ってwillieさんは、車に戻るとお菓子を出してくれた。
手の平に乗るくらいのビニールパックに入ったグミのようなお菓子で、オーストラリアらしい強烈な色でできている。
ピザやホットドッグのミニチュアになっていて、カナもレナも美味しいと言って食べていた。
二人はもらったものを必ず均等にシェアする。今回もピザの形のグミがひとつ余ったので、喧嘩しないように母にくれた。
「チーズが嫌いでも大丈夫だよ。このピザはチーズの味はしないから」
そう、私はチーズが苦手。
食べきれなかった一袋は、また後で食べたいと言うので鞄にしまおうとしたら、レナが「そこは駄目」と慌てて言った。
「そこじゃなくてこっちのポケットに入れておいて」
何を隠しているんだろうと思って、後で鞄を覗くと、ごっそり鳥の羽が出てきた。パパやwillieさんに聞くと、私がマイクロライトで飛んでいる間、子どもたちはジャイクスの庭園でホロホロ鳥の羽を拾って遊んでいたのだそうだ。
マリーバからアサートンに戻る途中、アサートンの手前にトルガという小さな町がある。
昔は林業も盛んだったというこの町で、willieさんは農場の一つに車を進めた。
「あれ、おかしいなぁ。連絡しておいたんだけど・・・もしかして家の方にいるかもしれないのでちょっとそっちへ行ってみます」
しかし車をそちらに回してもまたまた留守だったようだ。どうやら行き違いになったものとみえる。
再び農場に戻ったwillieさんは私たちを車から降ろして説明した。
「ここはマカダミアナッツ農場です」
マカダミアナッツと言えばハワイという印象が強い。
一昔前はハワイのお土産はチョコレートコーティングしたマカダミアナッツというのが定番だった。
でもマカダミアナッツはオーストラリア原産。
そこまでは知っていた。私と同じようにそこまでは知っている人も多いと思う。
willieさんの説明はさらに詳しい。
マカダミアナッツを発見したのはキャプテンクックの一行の植物学者で、発見した人本人ではなく、友人の名前を取ってマカダミアと名付けられた。
ハワイから防風林に良い植物はないかと相談されたときに、防風林に使って良し、食べて良しのマカダミアナッツの木をオーストラリアが送ったので、今やハワイの名産にもなっている。
そんな具合。
農場は空が広く、ガレージの前に何か茶色いものが堆く積み上げられていた。堆肥にも見えないし、何だろう。
マカダミアナッツの木はなるほど防風林になるというのも判る。枝と葉がこんもりと密集して木の奥に透けて見えるスペースがまるで無い。
ずんぐりしているので遠目には低木に見えるが、近づいてみると4メートルぐらいある。
木の根元にはパイプが渡してある。
willieさんはこのパイプは水をやるだけでなく、できた実の成分を調べては足りない栄養分を水に混ぜて撒水するためのものだと教えてくれた。
「このウォンダリー農場のご主人は学者肌の人で、どんどんマカダミアナッツの品種改良をしています。ここにあるのは古い品種で、もっと農場の奥に改良した新しい品種の木が植わっています。実は古い方の木は、サイクロンでほとんどやられちゃったんですよ。あっちは更地に見えますが、以前は全部マカダミアナッツが植わっていました」
枝にはまだ緑の実がぽつぽつと生っている。収穫には早いようだ。
足下には少しもう茶色になった実も落ちている。willieさんが拾って子どもたちに渡してくれた。
手動で下に落ちたナッツを収穫する機械もあった。
手押し車のようになっていて押していくとタイヤのとげとげの間にマカダミアナッツが挟まって、それが回転して籠の中に貯まるようになっている。
パパはゴルフ場のボール回収機と同じ仕組みだと言ったが、子どもたちはこれがえらく気に入って、レナなどしばらく押して遊んでいた。
「またマカダミアナッツの殻はとても良い燃料になります」
willieさんはガレージの前に積み上げられた謎の茶色の木屑のようなものを指して言った。
「あれがそうなんですが、油分もあってよく燃えます」
本当にマカダミアナッツは食べて美味しく、防風林にもなり、燃料にもなるなんて有益でエコロジーな植物だ。
そんな話をしていると、ウォンダリー農園の主、グレッグさんが登場した。
背の高い骨張った印象の人だ。
マカダミアナッツのサイズを選定して、外側の殻を割る機械を見せてくれる。
今でこそデスクワークばかりだが、元々エンジニアのパパも喜んで見ている。
マカダミアナッツは二重の殻に包まれている。
ここで外側の殻を割った後、さらに別の場所でもうひとつの殻を割って加工するのだそうだ。内側の殻はとても硬く、これもまた再利用されると言う。
硬い殻は小さなプレス機のようなもので割ってグレッグさんが中身を出してくれた。
willieさんは「これ、金槌で割っても中身までぐちゃぐちゃになってしまうこともあるので難しいんですよ」と教えてくれる。
「美味し〜い」
本当にマカダミアナッツだ。そのまま生で食べても美味しいんだ。
グレッグさんは試食用のタッパーも開けてくれた。
ハニーロースト、ヒッコリーロースト、ローストソルト、ナチュラル・・・ローストソルトが飽きが来なくて好きかも。
ガレージには商品も陳列してあったのでパパと相談して詰め合わせを買った。
5種類の味が100gずつ入っていて20ドル。
後でもっと買ってくれば良かったと後悔するくらい美味しかった。
農園の隅ではミツバチが飼われていた。
蜂たちはマカダミアの受粉を助ける。
そうして美味しい蜂蜜も供給してくれる。
オーストラリアの農場はどこまでもエコロジーだった。
「地球上には昔大陸がひとつしかなく、それがプレートに別れて移動して今の形を形成したとされています」
プレートテクトニクスの話を聞くと、小学生の頃だったか、父親に地球儀を買ってもらったときの衝撃を思い出す。
平面に歪んだ世界地図と違って立体の地球儀を回せば、誰に教えられなくても子供にだって南北アメリカ大陸とヨーロッパアフリカ大陸の海岸線がパズルのピースのようにぴたりと合わさるのが判る。それを見つけたときのわくわくする感じが今でも鮮明に思い出せる。
「他の大陸はそれぞれ大きく移動していきましたが、オーストラリア大陸だけはほとんど移動しませんでした。他の大陸と接触することもありませんでした。それがこの辺りに恐竜時代と同じ森が残っていて、カモノハシや有袋類という、今の哺乳類の前の世代の生物が生き残っている理由です」
なるほど。大陸が移動すれば気候が変動する。気候が変動すれば生物は新しい気候に順応するために進化していく。進化せざるを得ない。
「また、ヨーロッパ人が入植する前は人間はアボリジニしかいませんでした。アボリジニの人たちと言うのは、100年少し前まで非常に原始的な生活をしていた人たちです。その頃までは環境破壊とも無縁でした」
それがまた、オーストラリアに貴重な自然と多種多様な生物が残ってきた理由のひとつだと言う。
「カモノハシは卵を産む珍しい哺乳類と言われていますが、卵を産むというのは原始的だということです。例えばカモノハシにはくちばしがあります。これは鳥類の特徴です。カモノハシは後ろ足に毒を持っています。毒があるというのも哺乳類の特徴ではありません。昆虫や両生類の特徴です」
くちばしは判るけど、毒を持っているなんて知らなかった。
「カモノハシは今の哺乳類の前の世代である有袋類のさらに前の世代の生き残りです。恐竜時代から現代に至るまでほとんど姿を変えずに生きてきました。オーストラリアのコインやいろいろな企業のマークなどにカモノハシは使われていますが、実際に見たことがある人は多くありません。というのは、動物園などではほとんど飼われていないからです。そんな貴重なカモノハシがこのケアンズ近郊のアサートン高原では普通に観察することができます。ですからケアンズに来た人にはぜひともこのカモノハシを見ていってほしい」
今までカモノハシは卵を産む珍しい哺乳類だということしか知らなかった。willieさんの説明を聞くと、益々見たくなってくる。
「カモノハシはこの辺りでは川に普通に生息しています。ただ、臆病な生き物で見つけるのは難しいです。昼間は巣穴にいることが多く、暗くなってから水辺で餌を探します。ちなみにカモノハシは決して泳ぎの上手い動物ではないです」
私たちはカモノハシを見たことがあるかと言えば、実はある。
実は四年前、
ドキドキ夜行性動物探検ツアーに参加してバロン川で目撃した。
ぷくぷくと泡が浮いてきて水面が揺れるのを何度か確認した後、一瞬浮いてきたところを見て、その後、岸辺近くに泳いできたときに全身を見た。
でもツアーが使ったポイントは崖のようになっているところで水面まで距離があって、カモノハシはかなり遠かった。もちろん撮影にも失敗した。
今度はもっと近くで見られたらなぁと思っている。
それにゆっくり何度も見られたらなぁとも思っている。
当時は子どもたちも小さくて何も覚えていないようだから、記憶に残る今だからこそ一緒に見たいとも思っている。
「意外なところですよ」とwillieさんが言った。
人里離れた山の中ではなくむしろ町中に連れてきたことを言っているらしい。
でも私はどんなところでカモノハシを探すのかまるっきり検討もつかなかったので、どこに連れて行かれてもへえーと驚いたと思う。
「ここです」
何だか小綺麗なホテルかレストランのようなところで降ろされた。
willieさんはずんずん中に入っていく。
カモノハシスポットは店の中なのかと流石に驚いた。
willieさんはレストランの中を通過して、庭のような場所に出た。
ただっ広い庭園だ。傾斜していなかったらゴルフ場かと思うような場所だ。
振り返るとたった今自分たちが出てきた建物の屋根にマランダ・ロッジ・モーテルと大きく書かれていた。
ここはマランダだったのか。
車中では話に夢中になっていたし、子どもたちが少しぐずるので後部座席に移動していたこともあって、どこを走っているのかすら把握していなかった。
最初にバードウォッチングをした森のすぐ近くまで戻ってきていたわけだ。
昼間から中空に浮かんでいた月が、モーテルの建物の上に白く光っている。
もう夕暮れ時なので木々の影が長く長く伸びて庭を横切っている。
willieさんはどんどん奥へ歩いていく。
庭の一番先には川が流れていた。
向こう岸まで5メートルぐらいだろうか。一面に蓮の葉が浮いている。まだ対岸の木には夕日があたっている。日没まではあとわずか。
willieさんは川岸に立って水面を見ていた。
ここから先はおしゃべりは厳禁。
カモノハシは臆病なのだ。物音を立てると決して出てこない。
willieさんの話によると、この辺りには数匹のカモノハシが間違いなく住んでいるらしい。後は私たちがこうして見ている間に姿を現してくれるかどうかに掛かっている。
「・・・一匹いますね。でもどうかな・・・」
見つけにくいらしい。
まあ確かに。
前のドキドキ夜行性動物探検ツアーの時と比較すると、水面まで近いと言う点では難易度が低いが、蓮の葉だらけという点では難易度が高い。
もう何しろ水面は全て小さな蓮の葉で覆い尽くされている。ここに何か動物が混じっているとしても、仲間外れを探せとか間違いを探せというくらい見つけるのは難しい。
前回はぷくぷくと上ってくる泡を頼りに見つけたが、これでは泡なんてまったく見えない。
willieさんはいったん川岸から離れて下流の方へ歩いていった。
私たちも後を追う。
下流でまたしばらく水面を見つめた後、willieさんは一人で上流へ戻ってしまった。
子どもたちは期待が膨らんでいるのにカモノハシが姿を現さないので少しぐずり始めた。
ここで騒がしくしてしまうと身も蓋もない。野生動物は私たちの都合で姿を現してくれるわけではないから、見られないときは見られないのだ。
なんだかんだと子どもたちをなだめながら水面を探していると、ふと怪しい動きを見つけた。対岸の二本並んだ木のすぐ下だ。
辺りはだんだん薄暗くなってきて、風も冷たい。
離れたところを歩いていたパパを手招きした。
「ほら、あの辺、さっきから時々動いている。カモノハシだと思う」
でも子どもたちやパパに教えると、ぱったりというように水面は動かなくなってしまった。カモノハシはどこへ行ったんだろう。
willieさんを探すと、彼は最初にいた場所に戻っていた。
そして私たちが来ると水面を指さして、「さっきからあの辺りを一匹、円を描くように回っているんです」と教えてくれた。
指さしたあたりが動いた。
何か黒っぽいものが水面の蓮の葉を押し上げるようにして動いた。カモノハシだ。
そこでようやく気づいた。willieさんが指し示している場所は、下流から私が見上げていたのと同じ場所だった。二本の木が並んで立っている。やっぱり私が見つけたのもカモノハシだったんだ。
もう一度蓮の葉が動いた。カモノハシはまだ逃げていないようだ。
「向こうはこちらに気づいています。だから警戒してあれ以上近づいてきません。でも静かに待っていれば近づいてくることがあります。何というか、忘れてしまうって言うんでしょうか・・・」
可笑しい。何だかカモノハシって可愛い。
willieさんは本当にカモノハシのことを熟知している。この川に行けばカモノハシが見られるとかそういうだけじゃなくて、カモノハシの動きや考えを見抜いて裏を掻こうとしている。
「シッ、潜りました。潜っている間に川岸まで降りればもしかしたら目の前でカモノハシを見ることができるかもしれません」
そう言われて私たちは急いで、でも音を立てないように注意しながら川に近づいた。
枝をかきわけて、そーっとそーっと。
つま先が水際に届きそうな場所まで降りた。
息をひそめる。
カモノハシは出るか・・・。
残念。
やはり気配を感じて警戒したものか、カモノハシは少し離れた場所にいったん浮かんできた後潜ってしまい、それきり姿を消してしまった。
「カモノハシも巣に戻ってしまったみたいだし、そろそろ私たちも帰りましょうか」
しばらくしてパパが言った。
子どもたちが限界であることを見越しての発言だ。
私はまだもう少し粘りたかったけど、次にカモノハシが姿を現すのがいつになるかもう判らない。
「そうですね」
何となくwillieさんも諦めきれないような表情だった。
たぶん私たちにもっと近くでカモノハシを見せてあげたいと思っていたのだろう。
いつの間にか日は落ちて、辺りの景色は紫色に染まっていた。
先ほどカモノハシを見るために通過したマランダロッジのレストランで夕食を食べて帰ることにした。
私は肉料理、パパは魚、willieさんはパスタを注文した。
子どもたちはお腹が空いていないから食べたくないと言うので大人の分を取り分けることにした。
パパは運転してくれるのがwillieさんであることをいいことに、ちゃっかりビールも注文している。
私は料理が来るまで子どもたちを大人しくさせておこうと庭に連れ出す。
マランダロッジのレストランは雰囲気が良く、他に大人だけの客も一組いたので。
「今日は何の鳥さんを見た?」
「えーとねぇ、ネコドリ!! ニャーニャー」
「ニワシドリ! 呼んだら飛んできたんだよねー」
やっぱり二人ともネコドリとニワシドリが印象深かったようだ。
「お腹空かないの?」
「空いてないよ」
「ぜーんぜん」
なのに料理が来て、一口食べさせると、もっともっととほしがって、気が付くと私の皿もパパの皿も半分以上子どもたちに食べられてしまった。
憎まれ口を叩くけど、本当は空腹だったんじゃない。
赤黒いビートルートの酢漬けだけは不評でいらないと言われてしまった。
マランダからローズガムズまでは30分程度。
もう夜なので景色は見えない。
食事中にローズガムズの話が出て、willieさんが興味を持っているようだったので、送ってもらうついでに部屋の中を見てもらおうと思っていた。
今はもう暗いから昼間どんな景色が見られるのかは判らないまでも、部屋の作りや設備などは判ると思う。
到着してドアを開けた。
「良かったら入ってみて下さいよ」
自分の家じゃありませんが。
willieさんはへえーと言いながらリビングに入ってきてくれた。
暖炉を見て、これは火を付けるの結構大変なんですよねと言っている。
「バルコニーからは森を見下ろすようになっているので上からだと鳥がよく見えるんですね」
「そうでしょうね」
「ちょうど目の前に一本花の咲く木があって、よくそこに小鳥が来るんですけど・・・」
そう言ったとき、後ろから来たパパが何かを拾った。
「・・・」
バルコニーの片隅に落ちていたのは、手の平に乗るくらいの小さな小鳥だった。
ぴくりとも動かない。
「・・・コキミミミツスイですね。今日森で何度も鳴き声を聞いたミツスイの仲間です」
窓硝子にぶつかってしまったんだ。
私たちが出かけている間に窓硝子に激突して死んじゃったんだ。
朝もキッチンの窓にぶつかってしまった鳥がいたけれど、この小鳥も、たぶん硝子があるとは知らず、真っ直ぐ森から飛んできて・・・。
可哀想に。
手の平の小鳥は傷一つ無く目も開いたままで、まるで今にも飛び立ちそうに見えた。
もう動かないことが私には信じられなかった。
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四日目「ケアンズの温泉に行こう−インノット・ホットスプリングス」に続く・・・