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ケアンズの南を目指せ **ビーチ&ファームステイ**

7.クロコダイル・スポッティング・ナイトツアー




 七日目 5月4日(水)


 このところ朝は雲が多い。
 だからその日どうするか迷いが出る。
 もし雲一つない晴天だったら、朝のうちにダンク島行きの手配をするのに。
 でもだからといって、一日中曇っているわけでもない。
 この日も後から晴れてきた。
 雲が切れて青空が広がってくると、もやもやとしたものが吹っ切れて、心の中にも青空が広がってくるようだ。

 夜はクロコダイル・スポッティングツアーを申し込むことにしたが、昼間は特に予定はない。
 のんびりと朝食を食べた。
 フルーツを皿に載せながら、ふとマンゴスチンを見て悩む。
 これってどうやって食べるんだろう・・・。
 意外に皮は固い。
 うーん・・・イメージはこう、横に一発スライスして、まっぷたつになったところをスプーンで掘って食べる・・・。
 正解だった。
 切ってみたら花弁のように並んだ白い果実が出てきた。
 でも味が薄くて思ったより甘くない。
 こんなものなのかな。
 楽しみにしていたカスタードアップルは失敗した。
 切ってみて、果肉が固いことに気づいた。
 今まで食べてきたカスタードアップルはどれも果肉の部分はぷるぷるに崩れるくらい柔らかかった。
 口に入れると・・・やっぱり不味い。熟していなかったんだ。
 売場で見かけたおばさんみたいに、上からうにうに触って柔らかいのを選ばないといけなかったんだ・・・と後悔しても後の祭り。
 一番笑ったのはマンゴー・・・。
 いや、マンゴーだと思いこんでいたフルーツ。
 実は私は生マンゴーを食べたことがない。
 近所のスーパーでペリカンマンゴーはよく見かけるけど、こっちのマンゴーはもっと丸くて黄色から朱色までのグラデーションカラーだと思っていた。
 まさにそんな感じの果物を見つけたので、これだと思って買ったのは良いが、レジ係のお姉さんも悩んだ。
 「これ何?」
 何って、あなたのスーパーで売っていたものだってば(ちなみに彼女はマンゴスチンでも悩んでいた)。
 マンゴーなのに何を悩んでいるんだろうと思ったら、本当にマンゴーではなかった。
 皮をむいた段階で、ハテナと思った。
 白っぽい果肉はイメージしていたのと全然違う。
 かじってみて吃驚。
 これは洋梨だった。
 ・・・ずるっと滑ってしまった。
 他に如何にも洋梨という皮が黄緑色のも買ってある。
 実は両方洋梨だったとは。
 そんな失敗は数あれど、やっぱりオーストラリアの果物は美味しい。
 朝食に山盛り出すと、子供たちもよく食べた。特にカナはアイカンダパークのネーブルオレンジがお気に入り。ママは巨大なパウパウ(パパイヤ)かな。



 朝食後もウォンガリングビーチを散策。
 子供たちは椰子の木陰のブランコで少し遊んだ。
 それからウォーキングトラックを少し歩いてみることにした。
 ミッションビーチ近隣には、半日かけて歩くような本格的なものから、チルドレンズ・ウォークと名付けられた所要時間10分の簡単なものまで、森の中を散歩するコースがいろいろ揃っている。
 向かったのは昨日ウェンディに薦められたレーシークリークLacey Creekのコースだ。およそ1.2キロ、45分で元の場所に戻ってくる。駐車場にはトイレも完備。
 カソワリーに会えるか?って聞いたら、会えたらラッキーよ、だって。

 レーシークリークはミッションビーチからエル・アリッシュへ向かう道すがらにある。
 道を挟んで右手がレーシークリークのコース。左手はサウスミッションビーチの方まで続く7キロのロングコースだ。
 ビーチではじりじり照りつける日差しが暑いと思っていたのに、森の中のウォーキングトラックを歩き始めると、長袖を着ていても肌寒く感じた。
 変わった形の花、ブーメラン型の根、白いキノコ、薄暗いコースを歩いているといろいろなものが目に付く。
 ただもう、蚊が多いのには閉口した。
 一昨年パロネラパークに行ったときから感じていたが、ケアンズの南方はとかく蚊が多い。
 昨日までにもクロコダイルファームやプールサイドでかなり刺されたが、このウォーキングトラックを歩き始めてからはもう悲惨の一言。
 虫除けをぬっているのだが、それでも片っ端から刺される。
 レナは大人しく虫さされの薬をぬらせるが、カナはしみるから嫌と頑固に拒否するので、こっそり近づいて一ヶ所塗ったらとたんに大泣きし始めた。
 痒そうだったからぬってあげたのに、何もそんなに泣かなくても。

 コースの後半はレーシークリークという小川沿いに歩くようになっている。
 水の近くなので益々蚊が多い。
 それにしてもカソワリーは出ないなぁ。
 まあ、こんなところで鉢合わせしたら、子供たちもいるし危険極まりないか。

 45分のコース、子供連れなのでもっとかかるかと思ったが、駐車場まで戻って時計を見たら30分ほどしか経っていなかった。
 たぶん蚊に追われるように急ぎ足で歩いていたからだろう。
 ある意味もったいなかった。



 暗い森とはうってかわって、日差しが目に眩しい。
 ミッションビーチの海岸にやってきた。
 ちょうどウォーキングトラックのある道から真っ直ぐ海の方へ車を走らせると、ミッションビーチのスティンガーネットのあるところへ出るのだ。

 スティンガーネットというのはクラゲ除けの網だ。
 雨期にはボックス・ジェリーフィッシュ(ハブクラゲ)という猛毒のクラゲが海岸に出るため、部分的にネットを張ってその中でだけ遊泳できるようにしてある。
 今はもう、雨期はほとんど終わりかけだが、それでも危ないらしい。
 乾期はクラゲは出ないけど、その代わりに水も冷たくなるので、結局この辺りのビーチで泳ぐのは難しいということになる。

 いい天気だなぁ。
 どこまでも広い砂浜。
 揺れる椰子の葉。
 これがビーチリゾートというものでしょ。
 それに人がほとんどいない。
 こんな綺麗なビーチを独占なんて、日本じゃ絶対考えられない。

 少し海岸で過ごした後、今度はクランプポイントまで行ってみることにした。

 ミッションビーチからウォンガリングビーチ、サウスミッションビーチまではほぼ一直線の黄金色の砂浜が続く。
 これら三つのビーチをそれぞれ隔てているのはクリーク(小川)だ。
 サウスミッションビーチの南はハルリバーの河口になっていて大きく切れ込んでいる。
 ミッションビーチの北は釣り針のようにクランプポイントという小さな岬が飛び出ていて、その先は小さなNarragonビーチを経てビンギル湾へと続いている。
 このクランプポイントには、ルックアウト(展望台)と船着き場がある。ここの船着き場はボート用で、フェリーの桟橋とは違う。
 ちなみにダンク島行きのフェリー桟橋は、クランプポイントよりもう少し北に寄ったところにある。

 クランプポイントの先端は岩場だった。
 川石のような大きな丸い岩がごろごろしていて、その隙間を緑の甲羅の蟹がときおりかさかさと動いている。
 あの蟹、昨日シーフードショップで買って食べた蟹に似ているなぁ。
 茹でたら赤くなるのかな。
 船着き場は本当にただのコンクリートの斜面で、たぶん車にボートをくくりつけてやってきた人が、ここから海にボートを降ろすことができるのだろう。
 釣り針型の岬の内側は小さな湾だった。マングローブに囲まれた浅い海を小舟がぷかぷか浮いている。
 白い雲に向かって「おーい」と叫びたくなるようなロケーションだった。

 ルックアウトはちょうどダンク島を真正面に臨めるようになっていて、海を向いてベンチがぽつりと置いてあった。
 風が強い。
 晴れているけど波は荒くて、今日船に乗ったら大揺れしそうな天候だ。
 滞在中、ダンク島に行かれるだろうか・・・。
 とりあえず、ベンチに座ってみる。
 目の前に邪魔なものは何もない。
 これでコーラルシーとダンク島は私が独り占め。



 遅いランチは一昨日と同じミッションビーチのメインストリートで食べることにした。
 一昨日のカフェはいまいちだったから・・・今日はエスニックな暖色系カラーでまとめられたカフェココナッツを選んだ。
 カジュアルで洒落た店構えだ。
 「俺はステーキサンドイッチ」
 「じゃあ私はね・・・タイ・スタイル・フィッシュケーキ」
 「な、なにそれ?」
 「さあねぇ」
 流石に食事用メニューに書かれていたので、ケーキといってもお菓子のケーキではなく何か焼いたものが出てくるのだと思った。
 運ばれてきたのは白身魚のすり身を香草と混ぜ薩摩揚げのように丸めて焼いたものだった。
 二色のソースは魚醤と、よく東南アジア料理に出てくる濃いオレンジ色の甘辛いもの。
 付け合わせは長米種のライスと、サラダ。
 このフィッシュケーキ、大正解。とっても美味しかった。
 パパのステーキサンドもバゲットに焼き肉を挟んだような料理だった。やっぱりアジアンなソースが付いている。
 子供たちもよく食べた。
 私たちはオープンエアの席の端に座っていた。
 隣はカフェと同じ経営なのか、やはり暖色系のエスニックなファブリックやインテリアを並べた雑貨屋だった。
 ちょうど私たちの席のすぐ上に、貝殻で作られたモビールのような風鈴が下がっていた。
 カナが目をまるくして見ている。
 それを見てパパが「同じのを作ってあげるよ」と言った。
 「ホント?」
 「本当だよ」

 食後はデザート。
 普通ならランチでデザートまで食べる余裕は無い。
 でも食事が美味しい店はデザートも美味しいはず。
 「リッチ・スムース・ダブル・チョコレート・ケーキ下さい!!」
 甘いもの好きのレナと半分こ。
 うーん、幸せ。



 それからちょっとウォンガリングビーチのスーパーマーケットでお買い物。
 何故か手巻き寿司セットなんて見つける。
 誰が買うんだろう・・・。
 場所柄、あまり日本人とは思えないから、日本食が食べたいオージーかな。
 だって、ミッションビーチにたまには日本人観光客来ると思うけど、それで手巻き寿司は食べないと思うよ、うん。

 次に何故か車は昨日のシーフードショップに来ていた。
 例のボートや釣り具を置いている店だ。
 「カナと約束した風鈴作るために、釣り糸を買わなくちゃな、釣り糸釣り糸」
 えー、嘘っぽい。
 「釣りはフィッシングとして、糸は英語で何て言うの?」
 「・・・ストリング」と、役に立たない英単語はすぐに出てくる妻。
 「じゃ、買いに行ってくるから車で待ってて」
 スキップしそうな勢いだなぁ。
 いつもなら面倒くさがるパパは、有無を言わさずテグスを買いにシーフードショップに入っていってしまった。
 そんなにあのお姉さんが気に入ったとは。



 午後は子供たちを水着に着替えさせて、サウスミッションビーチに行ってみた。
 サウスミッションビーチは、ウォンガリングビーチやミッションビーチとはまた少し感じが違う。
 海沿いのケネディ・エスプラネードをドライブしていると、車の中からもよく海が見える。
 防風林がまばらなためだ。
 そのかわり、建物は全てエスプラネードよりさらに海から離れたところに建っている。
 木がまばらな分、道も開放感があって明るい。

 サウスミッションビーチのスティンガーネットは、キャラバンパークの前のビーチにあった。
 ここのキャラバンパークはバンガローから海も見えるし子供の喜びそうな凝ったプールがあって楽しそうだ。

 最初はまた車から降りないとごねていた子供たちも、海を見たらぱーっと走っていってしまった。
 慌ててドーナツ型の浮き輪や腕にはめるアームリングを膨らませた。
 午前中行ったミッションビーチのスティンガーネットもそうだったが、誰も泳いでいない。
 季節外れだからなのか、あまり海岸で泳ぐ人はいないのか、水着を着ている人もみんな散歩したりビーチで寝そべっているだけで、ほとんど水には入らない。
 そもそも人が少ない。
 広い海岸に誰一人いないことも珍しくない。
 こんなに天気がいいのにね。

 スティンガーネットはロケーション的にいまいちだと思ったが、子供たちを泳がせるにはちょうど良かった。
 ネットの中で泳いでいる分には、外へ流されると言うことがない。
 大人もかなり安心して見ていられる。
 これでネットがない季節だったら、おいそれと海に出せやしないだろうな。
 ネットの奥の方はかなり深くて足が立たないと思うのだが、カナもレナも浮き輪にしがみついて、波に合わせて浮いたり沈んだりしているのが楽しくて仕方ないよう。
 サウスミッションビーチからはちょうどダンク島が真正面に見える。
 ダンク島の左手には小さな無人島も。
 ああもう、日本へ帰りたくないよ。

 ひとしきり波と戯れて、すっかり子供たちの唇が紫色になってしまったので、いったん海から上がらせることにした。
 海岸の脇にバタフライ・パークという小さな公園があった。
 カソワリーや熱帯雨林を描いた笑っちゃうほど派手な外壁のトイレがあり、それからブランコ。
 海とダンク島の見えるとっても贅沢なブランコ。
 ここでちょっと遊んで、それから撤収。
 お風呂で子供たちの身体を温めて、クロコダイル探しのナイトツアーに備えることにした。



 午後四時。
 ウォンガリンガを出発して、サウスミッションビーチを内陸に入ったところをうねうねと蛇行しているハルリバーへ向かう。
 ここはハルリバー・国立公園になっていて、ツアーのボートはビーチからタリー方面へ向かう道から2キロほど入ったところから出発する。
 送迎もしてもらえるが、セルフドライブで現地まで行けば大人一人当たり5ドル引き。ウォンガリングビーチからも10キロ程度なので直接出向くことにした。

 別荘地のような中を細い道は通り、舗装されていない駐車場で行き止まりになっていた。
 行き止まりというか、その先は川だ。
 ここもBoat Ramp、つまり道路から水面にボートを降ろすことができるようになっている。
 川岸に数人の人影があった。子供の姿も。
 けれどツアーの担当者らしい人は見あたらない。
 場所を間違えたかな・・。
 引き返そうとしたら、金髪のおばさんが「ここよ」と教えてくれた。
 川をのぞくと、上流から緑色のボートが近づいてきた。
 詰めれば20人ぐらいがなんとか乗れそうな平たいボートで、白い屋根がついている。船腹に書かれた文字はCROCODARI。
 薄暗くなりかけた川岸にボートは接岸し、一人ずつ受付をした後、客を乗せ始めた。
 私たち家族4人の他、オージーらしい壮年のご夫婦が二組、このうち一人が先ほどここよと教えてくれたご婦人だった。
 そして私たち同様あまり英語が得意でないらしい若い白人カップルが一組。本日の乗客は全部で10人。
 そしてツアーガイドは二人。
 よくしゃべる金髪のお兄さんと、生真面目そうな黒髪のお兄さん。黒髪の方が運転を担当する。
 ボートは静かに岸を離れた。
 岸にいた子供たちはツアー客ではなかったらしく、バイバイと手を振ってくれる。
 さあ、どんなツアーになるのだろう。

 ハルリバーの両岸は鬱蒼としたマングローブに覆われている。
 川クルーズでクロコダイル探しということで、自分はポートダグラスで乗った蒸気船レディダグラス号のツアーのようなものを想像していた。
 でも全然違った。
 ちょうど昨日のジョンストンリバー・クロコダイルファームが、ハートレーズ・クロコダイルアドベンチャーズとまるで違ったように。
 このツアーは優雅に川クルーズを楽しむツアーではなく、純粋にひたすらクロコダイルを探すワイルドなツアーだったのだ。

 夕暮れの川面は静かだ。海と違って船はあまり揺れない。
 金髪のガイドは船の舳先に移動してきて、オージー夫妻とぺらぺら話していた。最初は全員相手に軽く観光説明をしていたが、私たちファミリーと若いカップルは話が半分も理解できていないらしいと知って、親しげに質問を繰り返す夫妻の隣に移動してきたものだ。身振り手振りを交えて熱心に話し込んでいる。
 黒髪の方はちらちらと辺りに目を配りながら静かに船を操っている。
 しばらくエンジン音だけが響いていたが、やがて二人のガイドは奥からクーラーボックスとつまみの入ったトレイを出してきた。
 クーラーボックスの蓋を開けて全員唖然としてしまった。
 何種類かの缶ジュースが詰まっていたのだが、シュウェップスだのコーラだの全部が全部同じような炭酸飲料だった。
 サイダーだのレモンフレーバーだのストロングだのダイエットだの、そんなバリエーションで選ぶより、ミネラルウォーターとか紅茶とかコーヒーとかオレンジジュースとかそういう選択肢はまったく無いわけ?
 しかもペットボトルじゃなくて缶入り飲料だから、飲みかけのまま取っておくこともできないし。
 かぶがぶ飲んでいるのはガイドたちばかり。全員同じ気持ちだったのか、ほとんど手は出なかった。
 つまみはクラッカー、チーズ、ソーセージ、酢漬けのオリーブ。
 炭酸飲料よりアルコールがほしい感じ。

 ふと、金髪のガイドが黒髪を振り返り、「お前、クロコダイルを見たか?」と聞いた。
 「・・・いや」
 「いただろう、でかいやつが」
 金髪のガイドは、しょうがないなぁと肩をすくめて、黒髪の握っていたハンドルを奪い、船をターンさせた。
 かなり戻っただろうか。
 船をマングローブにくっつくぐらいに岸に寄せた。
 それにしても話に夢中に見えた金髪のガイドはしっかりクロコダイルをチェックしていて、油断無くあたりを見張っていたはずの黒髪のガイドがまったく気づいていなかったとは意外だった。
 乗客はみんな席を立って岸を見つめた。
 いたいた。
 マングローブの奥の暗がりに。
 フラッシュを焚いたら目が赤く光った。
 ガイドが「いい写真撮れた?」と聞いてきたが、暗いし遠いので上手く撮影できた自信がない。
 しかしあんなに奥まったところにいたクロコダイルを発見するなんて、やっぱりプロは違う。
 こっちは目を皿のようにして両岸を見つめているのに、まったく判らなかった。

 このツアーはバーベキューディナー付きなのだが、いったいどこでバーベキューするのだろうとパパはいぶかしんでいた。
 どこか岸に上がるのだろうかと思っていたら、なんといきなり船上で焼き始めたのにはびっくり。
 運転席は船の後方に付いている。
 運転席の隣のごく狭いスペースで、金髪のガイドがジュージューと肉を焼き始めた。
 そういえば釣り用にレンタルできるポンツーンボートにはバーベキュー設備がついていると書いてあった。あれはきっとこういう船なんだろう。
 肉が焼き上がると、折り畳み式のテーブルの上にパンや総菜が並べられた。
 おのおのプラスチックの使い捨てトレイに自分で好きなものを入れればいいらしい。この総菜、タリーあたりのスーパーで買ってきたものらしく、タッパーにはスーパーの名前と値段の付いたラベルがそのまま貼ってあった。
 「キッズからどうぞ」と正面に座っていたご婦人。
 バーベキューの肉は固いので、ツアーを申し込むときにウォンガリンガのウェンディが「子供にはソーセージをね」とお願いしたくれたとパパに聞いている。
 子供たちのトレイには大きなソーセージが二本乗せられていた。
 大人用にはバーベキュー肉とソーセージが一本だった。

 固い肉を食べていると、流石に喉が渇いてきた。
 仕方なくクーラーボックスを開けて炭酸飲料を一つ取り出すと、パパが「この船にはトイレがないぞ」と一言。
 うっ。
 レディダグラス号とはそういうところも違うのね。
 まだ先は長いし、水分は控えておこう。

 だんだんと空が暗くなってきた。
 日没が近いのだ。
 川面はますます静かに、鏡のように冴えてくる。
 レインフォレストの合間から見える空は茜色。
 そして日暮れの恐怖といえば・・・。

 一応自分も子供たちも長袖長ズボンに靴下と極力肌を出さないよう気をつけていた。
 寒さ対策もあるが、主目的は虫除けだ。
 出発前に念のため、手足には日本製虫除けスプレーをかけてきた。
 船に乗ってから、黄色い虫除けスプレーが回ってきた。
 オーストラリアの虫にはオーストラリアの虫除けが効くかもしれないと思って、こちらもさらにスプレーさせてもらった。
 それでも・・・
 か、痒い。
 靴下の上からも刺された。
 手の甲や顔も狙われる。
 夕暮れ時の水辺ほど危険な場所は無い。
 それでも完全に日が落ちて、辺りがすっかり暗闇になると、やっと虫たちの活動も静かになった。

 ポートダグラスの川クルーズ、レディダグラス号に乗ったときは、夕方の日差しの中でクロコダイルや野生動物を探して、最後に湾内で日没を楽しみ、それで終わりだった。
 ところがミッションビーチのクロコダイル・スポッティングは日が落ちて、夜がやってきて、それからがツアーの本番。
 何をするのかというと、とにかくクロコダイルを探すのだ。
 ボートの両端にライトが乗せてあった。
 それぞれ両端にいる客にそのライトが渡された。
 船はゴゴゴとエンジンを鳴らして走り出した。
 ライトを持った二人は岸を慎重に照らす。
 さらにガイドはもう二つ、大きな懐中電灯を出すと、それも配った。
 私の手にはライトは無かったので、他人が照らす光の筋を追うことにした。
 照らされるのはどこまでも不気味なマングローブの茂みばかり。
 どこにクロコダイルがいるんだろう・・・。

 辺りの景色は飛ぶように過ぎ去っていく。
 こんなに船のスピードが速かったら、とても見つけられないんじゃないかと思った。
 誰かが「ここだ」と叫んだ。
 みんながいっせいに声のした方を振り向いた。
 どこ?
 何も見えない。
 ガイドは船をターンさせ、見つけた客にクロコダイルがいたと思われる方向をライトで指してもらった。
 指された方角に船がゆっくり近づく。
 えっ、判らない。
 結局みんな判らなかったようで、しばらく辺りをうろうろした末、ボートはまた出発した。

 次に「クロコダイルだ」と見つけたのは若いカップルの男の人だった。
 慎重にボートがマングローブに近づく。
 「あの辺だ」と彼はライトをぐるぐると回してみせた。
 ガイドがしげみを覗き込んだ。
 「どこ?」
 見つけた男性は身振り手振りで「やつは水に飛び込んじゃった」と表現した。
 「今までそこにいたんだ」

 ようやくツアーの仕組みが判ってきた。
 クロコダイル・スポッティングとは本当にライトで夜の水面を照らしながらただひたすら野生のクロコダイルを探すツアーだった。
 しかもガイドが見つけるのではなく、客が自分で探すのだ。
 何だかおかしなツアー。

 ライトは順番に交替で持った。
 パパも見つけた。
 「そこ!!」
 えっ、どこ?
 もう全然判らないよ。
 何度目かにガイドもちゃんと示されたクロコダイルを確認できて、あそこだと残りの客にも教えてくれるのだが、何しろ暗いし、何を頼りに探して良いのか判らないので自分にも子供たちにもさっぱりクロコダイルが見えない。
 このまま最後までクロコダイルが見つからないんじゃないかと焦燥感を感じ始めた。

 自分にもライトが渡された。
 船はかなりのスピードで夜の川を遡っている。
 次々とライトに浮かび上がるマングローブは、いかにもワニが隠れていそうな雰囲気だったが、それらしいものは見つからない。
 パパが水面を見るんだと教えてくれた。
 自分が見つけたクロコダイルは水中にいたという。
 ライトで照らす範囲をを岸から水面に移した。
 しばらく水面を見つめていると・・・
 「あっ」
 初めて動いている何かを目が捕らえた。
 外人が描いた下手な毛虫の絵みたいなやつ。
 こう、二つの目玉だけぎょろぎょろした・・・。
 「見つけた!!」
 でも凄く小さかったよ。本当にクロコダイルかな・・・。
 それに一瞬で後方へ見えなくなってしまった。
 思わず大声をあげてしまったけど、ガイドや他の人が見つけられなかったらどうしよう。
 船はいったん停まり、それからバックし始めた。
 「どの辺?」と聞かれて、それらしい場所をライトで照らすが、何しろ見つけてから船が停まるまでにわずかでも時間があったので、もう自分が見つけた場所もよく判らない。
 目印になるものが何も無いから。
 よくまあみんな、こんな状態で、やれあの茂みの下だとか、あっちのくぼみだとか、ガイドに教えることができたなぁ。
 私にはとても無理。
 でも船を停めてしまったからにはとりあえず、それらしい場所を教えなくては・・・。
 説明しようと思えば思うほど混乱してパニックしてしまった。
 適当に船は岸に近づく。
 岸のマングローブの枝が船と接触して、バキバキと音を立てて折れる。
 そんなこともお構いなし。
 そして
 本当にガイドはクロコダイルを見つけたらしい。
 「あそこ」
 全員船尾に集まった。
 変な話だが、他のみんなにはクロコダイルが見えたのに、発見した当の自分にはついに判らなかった。
 みんな熱心に指さして教えてくれるのだが、暗い水面にはうねうねとマングローブの根が伸びているばかりでさっぱりクロコダイルの場所が判らない。とても情けなかった。

 クロコダイルを見つけたのに自分では見られなかったこともあり、ライトはもうパパに譲ろうと思った。
 パパのそばに近づくと、何故か彼は腕を船の外側に垂らしていた。
 「どうしたの?」
 「虫に刺された」
 「?」
 なんでも、屋根の下のバーに掴まろうとしたら、変な虫がいて指を刺してきたという。
 猛烈に痛くて痺れたので、ガイドにあの虫だと教えたらこれで冷やせと氷をくれたそうだ。
 一人で指を冷やしていたらしい。
 そりゃ大変だったね。
 熱帯雨林の水辺には、蚊以外にもいろいろいてちょっと怖い。

 ツアーの時間はずいぶん長く感じた。
 もう自分たちの船がどの辺を走っているのか全然判らない。
 同じ場所を行ったり来たりしているのだろうか。
 それともかなり上流に来ているのだろうか。
 何度かガイドははっきりとクロコダイルを確認してボートを停めた。
 私と子供たち以外の人は何かコツを掴んだらしく、示された場所にすぐクロコダイルを見ることができるようだった。
 私と子供たちだけはいつも見つけられなかった。
 もう駄目かも・・・と諦めかけたとき、
 「!!」
 ガイドが見つけて誰かがライトで水面を照らした。
 ボートの前方から何かがやってくる。
 このボート以外何も動くものがない川面で、何かが泳いでいる。
 うねうねと手足を動かして蛇行しながらこちらに近づいてくる。

 それは、思わず笑っちゃうほど小さなクロコダイルだった。
 手の平サイズ。
 ヤモリみたい。
 かっわいい。
 ボートのすぐ横を必死で泳いでいる。
 本当に手を伸ばせばつかめそうなくらい近くだ。
 今度こそ私だけでなく子供たちにもはっきりと見えた。
 何しろ見つけてと言わんばかりに船のすぐ横にぷかりと浮いているのだ。
 一所懸命手足を動かして、真剣に夜の川を泳いでいるのだ。
 大サービスというように、ツアーのボートはそのちびすけワニをしつこく追い回した。
 ワニは隣に浮いている巨大なものは何だと思ったのか、逃げようともせずちょろちょろと泳いでいる。
 右に曲がればボートも右に。左に曲がればボートも左に。
 ついにガイドの一人がからかうように、ちびすけのしっぽを摘んだ。
 たぶんちびすけは死ぬほど吃驚したのだろう、あっと言う間に飛沫をあげて水中深く潜っていってしまった。
 ああ可笑しい。

 長いナイトツアーも終わりに近づいてきたようだ。
 流石に夜のクルーズはきついのか、レナがうとうとし始めた。
 膝に顔をうずめて目をつぶっている。
 また誰かがクロコダイルを見つけた。
 船がマングローブの枝を折りながら接岸する。
 さっき何とか野生のクロコダイルを見ることができたし、レナが寝付いてしまったら動かさない方がいいから、今度は見なくてもいいかなと思った。
 ところが
 「ファンタスティック!!」と誰か女性客が声を上げた。
 ファ、ファンタスティック?
 ワニがファンタスティック?
 どうしても見たくなっちゃったじゃないか。
 なにがどうファンタスティックなのか。
 レナを抱きかかえたまま船の後部に行くと、これまたさっきのよりは心持ち大きいという程度の小さなワニが、まるで置物のように45度の角度で口を開けていた。
 レナも移動させられたので目を開けた。
 一度はっきりとクロコダイルを見つけると、コツが判ってだんだん判るようになる。
 カナもレナも今度もはっきり見ることができた。
 何度かフラッシュが焚かれると、クロコダイルは驚いたようにぴたっと口を閉じた。
 動かないように見えてもちゃんと生きているんだな。
 夜の川でちゃんと生活してるんだな。
 大人もみんな子供みたいに真剣に暗闇の中のワニを探して、面白いツアーだった。
 ワイルドでいい加減な感じだけど、それだけに夜の大自然を身近に感じた。
 ボートが最初に出発した船着き場に戻ると、夕刻には何人も見物客のいたそこもすっかり静まり返って綾目もわかたぬ闇になっていた。
 ガイドが一人ずつ降ろしてくれる。
 すっかり熟睡してしまったレナを抱きかかえているので足下がおぼつかない。
 石に躓きそうになった。
 「大丈夫?」
 「大丈夫」
 ガイドがレナを見て、「すっかり寝ちゃったね」と言った。
 「グッバイ」
 「バイバイ」
 三々五々、車に乗り、それぞれの泊まる場所へ。

 今日の話はこれでおしまい。

八日目「たとえ雨が降っても」へ続く・・・
 
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