ポートダグラス楽園日誌2004-5

5.危機


 五日目 7月18日(日)


 旅にアクシデントはつきものというけれど、この日そんなそんな大事件が起こるとは夢にもおもわなかった。
 予感も何もなかった。
 穏やかに5日目の夜は明けた。

 窓を開けると、クケケケケケと笑い声が聞こえた。
 笑いカワセミことクッカバラが庭に来ているのだ。
 すぐに飛んでいって姿は見えなかった。
 他にも小鳥が来るかなと、庭に少しパンを置いた。

 冷え込んだ朝だった。
 今の時期のケアンズが真冬だと言うことを実感させるような朝だった。
 あまり寒いので熱気球ツアーの時に来ていたセーターを出して着た。
 この冷気は放射冷却のためで、今朝のポートダグラスはよく晴れていた。

 パパは一人で朝の散歩に出かけ、日の出前のフォーマイルビーチでカナの大好きなオレンジフッテッドスクラブフォウルを見つけ、朝日の当たるコーラルシーを撮影してきた。

 朝御飯の時、パパはカナとレナに言った。
「今日はポートダグラスのサンデーマーケットに行きます。二人に20ドルずつ渡すので、何でも好きな物を買っていいです。その代わり、自分で買うんだよ。買い方はパパが教えてあげるから」

 出発前に立てた予定では、今日の午前中はレインフォレストハビタットで鳥たちと朝食を取り、昼頃アンザック公園へ移動、サンデーマーケットをぶらぶらした後、バリーフーリー鉄道に乗るというものだった。

 だが、まずバリーフーリー鉄道が動いていなかった。
 バリーフーリートラムウェイは観光サトウキビ列車。去年5月に来たとき、来月から動くと言われ、実際6月から9月まで運行した後再び休止した。
 今年は7月に行くのだからばっちり運行しているだろうと期待すれば、何故かまた止まっていた。旅行代理店から得た情報では、団体ツアーのみ乗せているという話だったが、それも先月までだったのか。
 泊まっているリッジスのヴィラが、まさに線路と踏切の見えるロケーションなので、乗れないまでも走っているところが見たかったのに。

 レインフォレストハビタットは鳥類の多いポートダグラスの動物園。
 去年も訪れ、コアラに触ったりカンガルーに餌をやったりした。
 この動物園の売り物は鳥との朝食。
 8時から11時の間、この動物園に行って大人30ドル、子供15ドルを払えば、園内のレストランでトロピカルフルーツ満載のビュッフェ朝食を取ることができる。
 このレストランには園で飼われている鳥たちが遊びに来る。
 ジャムを出して待っていれば、レインボーロリキートが飛んできて手ずから餌を食べてくれたりするのだ。

 サンデーマーケットは港に近い海沿いのアンザック公園で毎週日曜日の午前中に開かれる。
 観光客向けのマーケットだが、キュランダなどと違って日本人観光客の姿はほとんどなく、外国らしさが感じられる。

 計画の難所があるとすれば、レインフォレストハビタットもサンデーマーケットも午前中に行かないとならない点だ。
 特にサンデーマーケットは曜日が決まっているので最初から日程が限定されていた。
 同一日にこの二つのプランを同居させるのは苦しい。

 昨日、7日目の計画を変更することを決めた。
 アサートン高原をドライブして、アサートン、バリン湖、ユンガブラ、マランダ、レーベンスホーなどを回るつもりだったが、これを白紙に戻して、この日の午前中にレインフォレストハビタットを組み込むことにした。
 だから今日の予定はサンデーマーケットしか入っていない。ゆっくりポートダグラスで過ごすことができそうだ。

 さて、まずは着替え。
 せっかく日本から子供たちの浴衣を持ってきたのだから、マーケットで着せることにしよう。
 最初はホテルで夕方にでも着せようかと思っていたが、どうせならギャラリーは多い方がいい。
 異国の海沿いの市場で、ジャポネスクを見せびらかそうじゃないの。

 カナは黄色の地に梅の花、レナは赤地に朝顔の花だ。
 帯はかさばるのでへこ帯を持ってきた。足下は草履じゃなくサンダルだけど、そこまではオージーには判るまい。だいたい歩きにくいと子供たちが泣くだろう。
 肩に斜めにかけたパワーパフガールズのショルダーが浮いているが、おのおの大事な20ドル札を入れているのだ。これも仕方ない。

 初めは子供たち、浴衣を着るのを嫌がった。
 そりゃあまあ、Tシャツやワンピースよりは動きにくい。
 でもね、これを着ると間違いなくあなた達、注目の的よ。いい? 日本からお姫様がやってきたと思われるわよ。いろんな人に可愛い可愛いって言われるに違いないんだから。
 お姫様と聞いて、カナもレナもその気になった。
 女の子は「お姫様」って言葉に弱いね。

 朝は寒いなと思ったが、日が高くなってくるとむしろ暑いくらいだった。
 浴衣に着替えてお澄まし顔の二人を連れ、早速アンザック公園へ車を走らせた。
 そういえばポートダグラスに来て4日になるのに、まだ一度もリッジスより町寄りへ行ったことがなかった。パパだけは初日にレンタカーを借りるためにマクロッサンストリートまで行っているはずだが。

 駐車場に車を入れて、子供たちを連れて歩き出すと、早速感じる視線。
 おお、目立ってる目立ってる。
 公園内は去年と同じで沢山の出店でにぎわっている。常設ではないからキュランダのように屋根を掛けていないけど、その分マーケットらしさがあるような気がする。

 果物屋、玩具屋、レース屋、手作りアクセサリー屋、木工品屋、マッサージ屋、古本屋、ニットウェア屋、ジャム屋、アロマオイル屋、工芸品屋、帽子屋、タオル屋、鞄屋、なんでも揃っている。
 パパが、「20より小さい数字が書いてあるものは何でも買えるから」と教える間もなく、カナは最初に入った店で足を止めた。
 じっと見入っているものがある。
 シェル飾りのついた青い木造りの小物入れ。難破船の宝箱みたいな形をしている。ひとつ12ドル。
 カナは何も言わなかったけど、パパはカナはこれを買うつもりだとすぐ判った。

 他にもいろいろあるから、とにかく全部見てから決めようと即しても、カナはなかなかその場を離れなかった。
 離れなかっただけじゃない。次の店に行っても、その次の店に行っても、すぐに最初の店に戻りたいとぐずぐず言う始末。
 彼女はこれと決めると決して変えないのだ。
 それは一見、良いことのように思われるかもしれないが、どうみてもつまらない物でも一度決めると頑固に変えないし、結局大した物じゃなくて手に入れたらそれっきりということもしばしばだ。
 毎回それを見ている親としては、何度失敗しても懲りないやつと嘆息ものだ。
 マーケットを半分ぐらい見て回ったが、カナの態度が硬化したままなので最初の店に戻ることにした。
 まあ、約束の20ドル以内だし、他にもっと良い物がみつかるかもしれないという他は、特に問題もない。
 そんなにほしいなら、最初の買い物はこの宝箱にしよう。
 妹のレナは、常に姉と同じ物をほしがって喧嘩になるから、レナも同じ箱を買おう。
 自分たちで品物とお金を持って、売っているおじさんのところへ。

 さて浴衣の人気は上々だった。
 男性はあまり気に留めないようだ。
 若い女性や子供を連れた母親たちは、気になるもののじろじろ見つめるのは失礼だと思うのか、ちらっちらっとすれ違いざまに見て行くだけだが、そうした母親に手を引かれたカナやレナぐらいの女の子やティーンエイジャーになると、もう気になるものは気になると言わんばかり、すれ違っても後ろを振り向いて、食い入るように見ている。
 もっと凄いのは年輩の女性たちだ。
 40代から60過ぎぐらいまでの女性たちは、必ず呼び止める。それも子供たちではなく連れている親を。
 そして「プリティ」、「キュート」を連発し、「サンキュ」だけで去ろうとする我々を放さず、「ねぇ、判っているの? ほんっとうにこの子たちは可愛いわ」と熱心に話しかける。
 もう何人に呼び止められただろう。
 「キモノ?」
 「ノー、ユカタ」と答えるパパに
 「キモノでもいいんじゃない? キモノには違いないし」と言うと、次から彼は
 「キモノ、サマーバージョン」と答え始めた。

 次に子供たちが気になったのはビーズアクセサリー屋だった。
 10ドルも出せばちょっと気の利いたネックレスもあるが、財布にはもう8ドルしか残っていない。
 それぞれ1ドルの指輪をひとつ買った。
 さっきの宝箱に入れるつもりだという。
 残り7ドル。

 気温が上がってのどが渇いたので、パパがオレンジジュースを飲むかいと誘った。
 ミニチュアのカーテンフィグツリーみたいな木の下で、去年と同じように絞りたてのオレンジジュースを売っている。
 二人組で、一人がオレンジを切って、もう一人がつぶす。手際よくあっという間にフレッシュジュースになる。
 Sサイズのカップがひとつ2ドル。
 カナは手持ちの7ドルから出さなくてはいけないのかとちょっと迷ったが、パパが「これはパパのおごり」と言った。

 ぐるぐると回って海の側まで来た。
 去年マーケットの喧噪を聞きながら遊んだブランコと、青い海に突き出した桟橋が見える。
 ここからの景色がポートダグラスで一番好きかもしれない。

 カナが次に足を止めたのは、鳥の鳴き声がする小笛を売る店だった。
 竹を切って穴を開けてバーを突っ込んだような簡易な笛を、売っているおじさんは器用に操り本物の小鳥そっくりに鳴らす。
 小鳥の小笛は太目、中くらい、細いのと三種類あり、他にアヒルと郭公の鳴き声を出す専用の笛がある。
 一つ6ドル、4本セットになっているのが20ドル。
 小鳥好きのカナはもう夢中。ピーヨロロロロロピヨロピヨロとおじさんが鳴らすのを真剣に聞き入っている。
 レナは笛よりおじさんが片手間にやる毛虫みたいなのが指の間をはい回る手品の方が気になるようだ。

 小学一年生のカナは、最初7ドルで6ドルの笛は買えないかと思った。
 だって1ドル足りないでしょうと残念そうな声で言う。
 あのね、持っているお金の方が多いんだよ。笛は買えるよ。1ドルお釣りが返ってくるはずだよ。

 ぱあっと顔が明るくなった。
 早速買いに行く。
 レナは手品の毛虫がほしいと言ったがこれは却下。
 二人とも小笛にさせた。
 レナは中くらいの、カナは細いのを選んだ。

 最後の1ドルはなかなか使えなかった。
 流石に1ドルで買える物はほとんど売っていないのだ。
 結局ビーズの指輪を買った店に戻った。
 もうひとつ指輪を買ってそれでおしまい。
 ただ、カナは気に入った指輪をすぐに見つけたが、レナは姉と同じ柄の指輪がほしいと言って泣き始めた。
 ただでさえ目立つのに、店先で泣きわめくのはよそうよ。
 違う柄だっていいじゃない。こっちも可愛いよ。

 これ以上迷惑を掛けないうちに撤収。
 でもね、子供たちは楽しく20ドルのお買い物をしたけど、ママは1ドルも買ってないよ。
 本当はママだってお買い物したかったよ。



 今朝は朝御飯をしっかり食べたし、午後にはシーフードを食べに行こうと思っている。ランチは軽めにプールサイドでいかが。

 ヴィラに戻って水着にチェンジ。
 まだぐずぐず言っているレナをおいて、パパとカナは先にホテル棟のラグーンプールに行ってしまった。
 ポートダグラスのリッジスには5つのプールがある。
 そのうち一つは長方形のトレーニング用だが、残りは趣向を凝らしたラグーンプールだ。
 小さい物はキッズクラブの横にある子供向けだったりするが、ホテル棟の一番大きいものやヴィラ棟のカレーショップ横のものは、泳がないまでもプールサイドでリゾートするのになかなか雰囲気がよい。

 今、レナが泣いているのは、水着が気に入らないからだ。
 日本から持ってきたのはセパレーツの水着で、ローウェストのパンツがついている。これが嫌なのだ。スカートじゃなくてズボンみたいだし、おへそが出ているから恥ずかしいという。
 その水着、レナに似合うと幼稚園のスイミングスクールでも評判なのに。
 それに水着を二着も持ってきてないよ。
 それを着るしかないんだってば。
 ゴムの入ったタオルを巻いて、これでおへそは隠れたよ。どう?

 プールサイドに着くと、もうカナは水の中だった。
 流石に寒いらしく、泳いでいる人は僅かだ。
 そのかわり、プールサイドのベンチは満員御礼。

 パパはフィッシュアンドチップスを注文して、既に缶ビールを開けていた。
 何か飲み物を買ってくればと言われて、プールサイドのバーにカクテルを注文に行く。
 去年は確かDaintree DreamとMiss Mangoを飲んだ。
 4Mile Peachっていうのも気になるのよね。ピーチとビーチを掛け合わせて、ポートダグラスの名所フォーマイルビーチをもじってあるところがいい。
 Tobleroneなんていうのもあるのね。トブローネと言えばキャラメルとナッツの入ったチョコ。よーし、これにしよう。
 「トブローネ プリーズ」
 グラスにとろーりとキャラメルを回し掛け、カルーアとホイップした生クリーム、そのほかいろいろ入れて、最後にナッツのトッピング。こってりと甘そう。
 席に戻ろうとしたら別のウェイターに呼び止められた。
 「フィッシュアンドチップスを注文したのはキミタチ?」
 そうだと言ったら、どさっと重い皿を渡された。
 席は遠いし注文に来たのはパパのはず。
 何で判った?
 やっぱり日本人だからか?

 それでも他に一組日本人がいた。
 三世代で来ている風のファミリーだった。
 去年はプールサイドで同国人は見なかった。やっぱり夏休みだから日本人が多いんだなと思った。

 プールにあまり長居はできなかった。
 やっぱり日向は暑くても水の中で過ごすには寒すぎ。
 なんたって今のオーストラリアは真冬なんだから。
 カナもレナもぶるぶる震えながら上がってきた。泳ぎたくて仕方ないのだが、水に入っていると寒くてたまらないらしい。
 バスタオルで水気を拭き取った後、ゴム入りタオルを巻いた。

 そろそろ帰ろうとしたら隣のテーブルに母娘連れが現れた。
 プールサイドのテーブルで何をするかと思えば、いきなり持ってきたノートパソコンを開いた。
 水がかかっても知らないぞー。
 カナより少し大きいぐらいの女の子は、スイッチを入れてウィンドウズを立ち上げた。
 プールサイドでお勉強でもやるつもりかな。
 何故かパソコンはTOSHIBA製だった。



 さて、ノートパソコンと言えば私には悩みがあった。
 現地からリアルタイム旅行記をアップロードしようと愛用のThinkPadを持ってきているのだが、到着日の夜に何十回となくローミングにトライして、一度だけ繋がったものの、翌日から同じように接続してもいろいろと手を替え品を替えトライしても、それきり繋がらなくなってしまったことだ。
 何を隠そう、去年も同じリッジスのヴィラで、同じように初日に苦労の末一度だけ接続に成功し、それっきり帰国日までついに二度と繋がらなかったという全くありがたくない実績がある。
 呪われているんじゃないかと思うほどだ。

 去年と今年とそれぞれ一度は繋がったわけだが、接続状況もそれぞれ違った。去年は繋がったのはiPASSだったし今年はUUNETだった。回線速度も違ったと思うし、カンマの数も違った。
 アクセスポイントに電話を掛けてみれば、ウィーウォーンとモデムの音が聞こえるのだから、たぶん回線は生きているはず。いやいや一度は繋がっているのだからもちろん生きているはずだ。
 何故繋がらないのか、何故一度は繋がって、二度と繋がらないのか、私の乏しい知識と経験ではさっぱり判らない。

 毎晩10回はトライしている。
 でもあまりに虚しいので、日を追うに従ってトライの回数も減ってきた。
 とりあえずパソコンからダイヤルしてみるが、いくら待っても変な音がするだけで繋がらないと、諦めて寝てしまうようになった。
 試してみる時間だって馬鹿にならないのだ。

 別にパソコンは、デジカメのデータを吸い取ったり余裕があれば旅行記をしたためるのに使っているから、持ってきたことを後悔したりはしないが、接続できない原因が判らないのが一番嫌だった。

 パパがツアー会社の現地担当者、初日にリッジスに連れてきてくれた日本語ぺらぺらのオージーLさんに相談してみようと言う。
 本来ならホテルに直接相談してみるのが筋だが、込み入った話なので英語で意志疎通するのが困難だ。
 私としてはどうにかして接続したいという気持ちは強いものの、他の人の手を煩わせるのは本意でなかったので、最初はやめようかと思ったが、駄目元で相談だけしてみることにした。

 パパがLさんの携帯に電話を入れる。
 普通はこういうとき電話をするのは、やれレストランが判らないとか、部屋が気に入らないとか、そういうことが多いんだろうな。部屋の電話からインターネットに上手く繋げないけど何とかしろなんて、そんな依頼をする人は他にもいるだろうか。
 まあ今のご時世、アコモデーションにノートパソコンを持ち込む人は珍しくない。
 夜になると向かいの部屋でも暗闇の中にスクリーンセーバーの動く液晶が見えていたことがあった。

 Lさんは一通り話を聞いて、ホテルと相談してみますと言っていったん電話を切った。
 ヴィラの部屋で繋がらなくてもビジネスルームがあればそこで繋げてみると言う手もあるとも言っていた。
 しばらく待つと、電話が鳴り、Lさんは受話器の向こうでこう言った。
「リッジスのインターネット・スペシャリストがまもなく部屋に来てくれます」

 実は3時半になったらOn the inletというシーフードレストランに行こうと思っていた。このレストランでは3時半から5時半までサンセットスペシャルと称して、バケツ一杯の茹でエビか生ガキにワインが付いて16.50ドルで食べることができる。
 パパはスペシャリストが来て3時半までに片が付かなかったらレストランは諦めようと言った。
 まさか助っ人を部屋に呼ぶことになるとは思わなかった。
 予想外の展開。
 間に合うのか。

 3時15分に部屋のドアがノックされた。
 入ってきたがたいの大きなオージーは、ホテルの回線担当者と言うより、マニアックな労働者といった風情だった。
 あちこちペンキの付いた作業着を着ていて、さっきまで肉体労働にはげんでいたらしい。
 パソコンを見せて、回線が繋がらない様子を実演して見せたが、何しろ画面の表示は全て日本語だ。
 繋がらないときに聞こえるあの妙な音を聞いてもらえば原因が判るのではないかと思ったが、これもさっぱり判らないらしい。
 ホテルなどから外線に発信するときは最初にゼロがつくので、交換が繋がるタイミングを計るために、ダイヤルゼロの後にカンマをいくつか挿入する方法は一般的だが、これを入れているかと聞かれた。
 入れたり外したり、一つから増やして5つぐらいまでいろいろ試したけど駄目だったと説明する。それに初日に一度きり繋がったときは、たまたまカンマ無しで試したときだった。
 アクセスポイントはどこかと聞かれて、ケアンズと答えると、ディスタンスだと言われた。ケアンズでディスタンスと言われても・・・。
 「ポートダグラスかモスマンは無いか?」
 ニフティで使えるローミング先のアクセスポイントを全部見たが、ケアンズより近い場所は全くない。ディスタンスだとそんなにも繋がらないものなのだろうか。
 「ジャパニーズ?」
 「イエス」
 すると彼は腰につけていた携帯でどこかに電話した。パパが替わると、受話器から日本語が聞こえた。通訳を頼んだようだ。
 電話の向こうの彼女とパパは少し話したが、相手は日本語は分かるがネットのことはさっぱりらしい。三者三様に、いやいや私も入れて四者四様に判ること判らないことが交錯している。
 電話に出てくれたのはリッジスで働いているYさん。ハウスキーパーが本職だ。通訳がわりなど頼んで恐縮。
 リッジスでは昼間は交換台を通すが、夜は自動で外線と繋がるので夜なら繋がるかもしれない、とアドバイスを頂いたが、こちとら昼も夜も試して駄目だった。
 どうもお手上げらしい。

 ありがとうとチップを渡して、スペシャリストにはお帰り頂いた。
 Lさんからはその後どうなったかと確認の電話があったが、パパはおかげさまで問題は解決したと返答した。

 これだけ手を尽くしても繋がらなかったのだ。
 今年も断念。
 あーあ。

 私たちが接続のことであれやこれや試している間、子供たちは庭で遊んでいた。
 落ちて割れている椰子の実の中に、草や木の実を入れておままごとをしていた。
 見て見てと手を引かれて庭に出てみれば、美味しそうな椰子の実ご飯ができていた。



 On The Inletはディクソン湾に面したワーフストリートを南からアクセスして、バリーフーリー鉄道の駅を越えたところを左に入るとすぐに見つかる。
 ヨットを意識した建物で、シーフードレストランの他、新鮮な魚介類の販売もしている。
 入り口を入って左手にマッドクラブの水槽があり、その奥に東南アジアンテイストのChild Free Areaがあった。

 テーブル席は湾に張り出した桟敷席のような感じで、頭上には屋根ではなくシート。
 ちょっとクルーズしている気分で食事ができるようなカジュアルな店だ。

 念願のサンセットスペシャルBucket of Prawns with a beer/wineと、a plate of Oysters with a beer/wineを一つずつ注文したが、サンセットにはいくらなんでもまだ早い。
 ちなみに本当のサンセットはこれから、船の上で見る予定だ。

 運ばれてきたのは本当にカラフルなバケツだった。
 といっても子供が砂遊びに使うプラスチックのやつだ。
 その中に新鮮な茹でエビがはみ出しそうなほど入っている。生ガキも大好物。
 これは写真に収めなくてはとカメラを取り出せば、陽気なオージーのウェイターがシャッターを押しましょうとパチリ。
 バケツ一杯のエビを撮影しようとしたのが、期せずして家族写真になった。
 旅先で心に留まるものがあると片っ端からシャッターを押しまくる私だが、撮影者本人の写真はいたって少ない。
 良い記念になった。

 さあそれでは、いっただきまぁーす。

 うー、美味しい。

 ポートダグラスも漁港だろうから去年は新鮮なシーフードを手に入れて、部屋で食べたいと思っていた。だがスーパーにはあまり良いシーフードが見つからず、今年はちゃんとシーフードマーケットを調べてから行こうと思っていた。
 去年はそのかわり、外食で美味しいシーフードにありつけた。
 マクロッサンストリートの海岸寄り、ココナッツというレストラン。
 だが、あそこはもう店を閉めてしまったらしいと、今年も既に渡豪したムースオジさんから伺った。
 かわりにどこか、子連れでも気兼ねのない雰囲気の良いお店に巡り会えたら良いなと思った。
 ここはとてもいい感じ。
 また絶対来たい。
 ああ、それでは結局来年もポートダグラスに来なければ。

 ・・・あれ?
 バケツ一杯エビが詰まっているのかと思えば、下の方は氷だったわ。
 あはは。
 そりゃそうだよね。



 さて、食べ終わったら少々せわしないがマリーナへ移動しなければならない。

 ポートダグラスで過ごす日、何をしたいかいろいろ考えてみた。
 レインフォレストハビタットとサンデーマーケットはもちろんとして、ポンツーンボートによる釣り&船上バーベキューと、野生クロコダイルを見に川クルーズなども候補に挙げていた。
 そういえば遠い昔手に入れたガイドブックに、バリーフーリー鉄道と蒸気船クルーズを組み合わせたツアーが載っていた。
 今年、鉄道が動いていなかったことは既に書いたが、去年ポートダグラスのマリーナで私はその蒸気船を目撃していた。
 レディダグラス号。
 もしかしたらこれに乗れるかもしれない。
 そして実際にポートダグラスに来てみたら、クロコダイル探しのクルーズ、イコール、蒸気船レディダグラス号だった。
 ポンツーンボートの方はバーベキューは好きだけど釣りにはあまり興味のない(というか、船酔いが酷いので船釣りはしたくない)パパにより却下されたので、レディダグラス号のツアーに行こう。そうしよう。

 レディダグラス号のツアーは、今朝になって申し込んだ。
 朝、サンデーマーケットに行く前に、パパがホテルのツアーデスクに申し込みに行ったのだ。
 昨日、アサートン高原ドライブを諦めることにしたので、今日の午後が空いた。
 だからのんびりポートダグラスの夕日を見ながら、ワニでも探してクルーズしようかと思って。
 当日の申し込みだったので取れるかなと危惧したが、パパはばっちりだったと笑顔で戻ってきた。



 高級ショッピング街、マリーナミラージュのショッピングセンターを抜けて桟橋へ。
 足下の影は徐々に長くなってきているが、まだ日は明るい。
 ポートダグラスの港には、白い優美なヨットがいくつも停泊している。
 その中に一艘だけ、古風な蒸気船が混じっていた。
 ミッキーマウスの初期作品、白黒アニメーション「蒸気船ウィリー」を知っているだろうか。あんな感じの船だ。
 両サイドには大きなパドルが、屋根にはクラウンのついた煙突が、座席の頭上には幌がついている。
 これがThe Lady Douglas号。

 クルーズは一日3回行われる。
 お昼ご飯のついたランチクルーズが11時半から1時半。
 マフィンとお茶のついたアフタヌーンクルーズが2時15分から3時45分。
 そしてシャンパンのついたサンセットクルーズが4時半から6時だ。
 サンセットがいいなぁと思ったら、元々日曜日はサンセットしかやっていないのだった。
 マリーナミラージュから出航して、コーラルシーではなくPackers Creekをさかのぼる。
 マングローブの生い茂る入り江には、野生のクロコダイルたちが数多棲んでいる。
 このツアーでクロコダイルを発見する確率は90パーセントだという。
 ディンツリーのリバークルーズでクロコダイルを見られなかった私でも、今度こそ野生のクロコダイルに会えるだろうか。

 船に乗る前に、パパとカナは後ろから話しかけられた。
「あら、この子たち、着替えちゃったの?」
 今朝のサンデーマーケットで、浴衣姿のカナとレナを目撃した人だった。
 ちょっとした有名人みたいだね。

 船の中には既に10人ぐらい乗客が乗っていた。
 日本人は他にいない。まあ、レインフォレステーションや午後3時のグラナイトゴージと違っていないだろうなと思っていた。
 完全に家族経営の船で、運転するのはパパ、接客はママ、たまたまクルーズに参加した子供の相手をつとめるのはスタビーと言う名のビーグル犬、そして愛想を振りまいているのはなんともう一人の蒸気船のクルー、6ヶ月のベイビーだ。
 この赤ちゃん、いったい生後何ヶ月から船上でオシゴトしてるのだろう。
 ブッキングの確認をしたり、シャンパンを配ったりと忙しいママは相手をできないから、たまたま「まあ可愛い赤ちゃん」とのぞき込んだ人の腕に自動的に預けられることになる。
 この日その恩恵にあずかったのは赤いシャツを着たご婦人だった。
 たまに誰も抱っこ希望者がいないと、彼(彼女?)は、ベビーカーにくくりつけられるらしい。ごつい3輪ベビーカーが船の片隅に積まれていた。

 シャンパンが配られると、蒸気船はリズミカルに桟橋を離れる。
 スタビーはとにかく落ち着きのない犬で、ぐるぐると絶えず船内を走り回っている。
 蛇行する緑濁色の川をさかのぼり始めると、マリーナに停泊していた気取り屋のクルーザーと違って、錆の浮いた味のあるクルーザーがしばしば川岸で揺れている。
 他の乗客は船尾でくつろいでいたので、子供たちを連れて船首に出てみた。
 青空が広い。水辺は静かだ。

 舵を取る旦那がガイドも務め、早口の英語でいろいろ説明しているが判らない。
 でも流石にワニが出たら判るだろう・・・とは思っていた。
 何か動くものは無いかと辺りを見回せば、真っ白な首の長い鳥がマングローブの根元にいるのが見えた。
 すかさずガイドの旦那が「Eglet」と言う。
 カメラを構えると、今度は、「ベイビー・クロコダイル」と聞こえた。
 みんな船尾で一方向を見ている。
 でもどこにいるのか判らない。
 判らないのは私たちだけじゃなくて、船尾にいた人たちもみんな判らなかったらしい。ぞろぞろと集まってきて眺めていたが、誰も指を指したり撮影したりしなかった。

 ベイビー・クロコダイル・・・見たかった。
 本当にいたのだろうか。

 川は静かで船も揺れない。船酔いパパも顔色がよい。
 支流がいくつかあり、マングローブの暗がりにはいかにもワニが出そうだ。
 時折すれ違うボートの他は、まったく岸に人工物は見られず、ジャングル探検をしているような気分になった。
 この川岸のマングローブの向こうには、私たちが泊まっているリッジスの敷地がすぐにあるとは信じられないくらいだ。

 のんびりのんびりと蒸気船は進み、やがてUターンして川を下り始めた。
 今日はワニの出ない10パーセントの日なのだろうか。
 ああ、でも一応ベイビー・クロコダイルは出たんだっけ。
 パパが船に積んである魚のあらを見つけた。三枚おろしにした中骨の部分のようだ。
「どこかスペシャルポイントで餌を撒くんだろう」と言った。
 それならまだ諦めるのは早いかな。

 さっきも通った十字路に戻ってきた。支流との分岐にはワニ注意の看板があって、赤い三角ラインの中にに口を開けたワニの絵が、赤丸に斜線の禁止マークに泳いでいる人の絵が描かれたアイコンがついている。
 ここら辺がクロコダイルスポットなのだろうか。
 ばららっばららっと魚の餌が撒かれた。
 うようよっと魚が寄ってきて食べ始めた。海の魚と違って、地味な色の魚たちだ。

 次にいきなりひゅっと例の中骨が投げられた。
 すわ、クロコダイルか?と思えば、それが川岸に落ちるか落ちないかのうちに、さあっと何かが視界を横切り、空中から鮮やかにかっさらっていった。
 あまりに見事なキャッチぶりに、カメラを構える暇も無かった。

 中骨は三つ。
 あと二つ残っている。
 船の乗客全員がおのおのカメラやビデオを構え固唾をのんだ。
 第二投が投げられた。
 来るか!!

 シーン・・・。

 パパがぼそりと言った。
「不発だな」
 ずるっ。

 三投目も不発に終わり、誰も取りに来なかった中骨を岸に残し、船は再び動き出した。
 クロコダイルじゃなかったし、二発失敗で終わっちゃったよ。
 あきらめてカメラを下げようとしたら、運転手兼ガイドの旦那が無言で木の上を指さした。
 梢には最初の中骨を鮮やかにさらった海鷲が、悟りすました顔で遠くを見ていた。


 ところで蒸気船には小さいながら、ちゃんとトイレもついている。
 まあ、トイレ無しでランチクルーズとかは無理だろう。
 急にトイレに行きたくなった私の脳裏にちらっと、その僅かの間にクロコダイルが出たらどうしよう・・・という不安がよぎった。
 でもこれだけ待っても出ないんだし、今日はもう駄目かもしれない、と諦めてトイレに入れば、急に騒がしくなる船内。

 出たーーーーー!!!
 クロコダイルかーっ。

 急いで飛び出すと、全員右舷に集まって岸を指して騒いでいる。
 どこどこどこーーー??
 焦りまくってぶんぶんと水面を見回す私に、パパがほら、あれだよと教えてくれる。

 だから、どこー?
 「リトル・ワン」と、見つけたガイドが指を指すが、気ばかり焦る私にはまったく見つけられない。
 「あれだよ、ほら、マングローブの根元」とパパ。
 だって岸は全てマングローブなんだよ。だからどの根元だってば。
 「判らないやつだな」
 「だから判らないって言ってるじゃない。あの辺りにごく小さな入り江があるじゃない。あそこから数えて何番目の根元?」
 「えーと、二つぐらい」
 い、いたーっ。
 本当に小さい。マングローブの幹の方が太いくらいだ。
 保護色だし形も枝みたいだから、言われなくては判らない。これでは一般の人が先に見つけるのなんてとても無理だ。毎日三回ワニ探しのクルーズをしている専門家だからこそ見つけられるんだな。

 見られたクロコダイルはリトル・ワンだったけど、そんなちびすけでも見つけることができて良かった。
 だってさ、一応本物の野生のクロコダイルなんだし。


 真っ青だった空にゆっくりとセピア色が混ざってくる。
 そろそろ夕暮れか、と思ったら、いつの間にか蒸気船はディクソンインレットに戻ってきた。
 岸に停泊している船がだんだん増えてきて、正面にマリーナミラージュの建物が見えてきた。
 パームや帆柱、水平線ぎりぎりの空が薄墨色になり、少しずつパープルが入り、桃色に変わり、最後に雲が茜色に輝き出す。
 そのまま桟橋に着くのかと思えば、船は湾内をゆっくり回り始めた。
 目の前を通り過ぎたあれは、ついさっきバケツ一杯のエビを食べたOn The Inletではないか。
 湾から望む店先は、黄昏時に暖かい灯りが灯りはじめていて、ちょうど東京ディズニーランドのカリブの海賊に乗りながら、蛍舞う入り江をブルーバイユーレストランを見ながら行くくだりを思い出してしまった。
 暮れゆく港を見ながらあの店でいっぱいやるのは本当に気持ちが良さそうだ。

 真っ赤に染まった雲が筋状に棚引いている。
 穏やかな入り江に立つさざ波もまた、空の色を映して茜色だ。
 なんて美しい夕暮れ。

 今まで何度か4マイルビーチから上る朝日を見る機会はあった。
 でもまだディクソンインレットに沈む夕日を見たことがなかった。
 こんなにもポートダグラスは美しい場所なんだ。
 今日この日、ここで過ごすことができて良かった。



 事件はクルーズ後に起こった。
 私たちは夕日の余韻に浸りながら船を降りて、桟橋を歩いていた。
 ふとパパが、ウェイブダンサーを見つけた。
 去年、ロウアイルズに行ったときに乗った双胴のクルーズ船だ。
 カナも覚えていたらしく、とことこと船に近づき、そしてふいに姿が消えた。

 海に落ちたのだ。

 桟橋と大型帆船の胴体との間はわずか30~40センチぐらいの隙間があった。
 彼女はそれに気づかず、足を踏み外したのだ。

 瞬時に時間がローラーで押しつぶされ引き延ばされたように感じた。
 カナが
 カナが

 パパの行動は迅速だった。
 桟橋とクルーズ船に足をかけ、隙間から下に降りた。
 桟橋でレナを押さえて立ちつくしている私には彼の姿も見えなくなった。

 後を追って海に飛び込んだんだと思った。

 大型クルーズ船が停泊しているくらいだから、かなり水深は深いはずだ。
 二人とも助からないかもしれない。
 どうしよう。

 長い時間が過ぎたように思ったが、実際はほんの数秒だったのだろう。
 パパはすぐに姿を現し、濡れねずみのカナをスーパーマンのように引き上げた。

 ああ
 良かった。

 騒ぎに気づいて桟橋にいた他の人たちが集まってきた。
 びしょぬれで泣きわめいているカナを見て、私のウィンドブレーカーを着せてやれと即す。
 娘が生きていたことで胸がいっぱいになっていた私は、まったく気づいてなかった。あわてて脱いでカナにかけてやる。

 水を飲んだり怪我をしている様子は無い。
 ただ驚愕と恐怖で泣きわめいているだけだ。

 後からパパに聞いたら、彼は飛び込んだのではなく船と桟橋の隙間で体を支えて水面まで降りたのだそうだ。
 そこへちょうど、一度沈んだカナがぷかりと浮いてきた。
 そこを捕まえて引き上げたという。

 なんというタイミング。
 パパ、ありがとう。
 本当にスーパーマンみたいだったよ。



 ああ、神様。





六日目「珊瑚礁の島」へ続く・・・
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