ポートダグラス楽園日誌2004-6

6.珊瑚礁の島


 六日目 7月19日(月)


「しまった、ガソリンを入れ忘れた」
 とパパが言った。
 リッジスを出てハイウェイ沿いに出たところだ。
 空はほの明るくなってきたが、日の出まではまだ少しある。
「ケアンズまで保つかな。スミスフィールドに24時間営業のシェルがあったっけ」
 心配することはなかった。こちらのガソリンスタンドは朝が早い。
 ポートダグラスをキャプテンクックハイウェイに曲がってすぐの処にもオープンしているシェルがあった。
 ここで給油。
 そしていつもの海沿いの道をケアンズ目指して走り始めた。

 ケアンズに来たら、いつも一度はグレートバリアリーフのクルーズに出ることにしている。
 最初の時は、ケアンズに来るのも最初で最後だと思っていたので、メジャーどころの中で最も綺麗だと評判のエイジンコートリーフに行った。
 二度目はパームコープ泊だったので、パームコープ出航のアーリントンリーフ。
 三度目は去年。ポートダグラス泊で、ポンツーンより子供たちには島の方が楽しめるだろうとポートダグラス出航のロウアイルズを選んだ。
 今年はどこにしよう。
 ポートダグラス発着の日帰りクルーズだと、やっぱりロウアイルズかエイジンコートリーフ。両方とも行ったことがあるから、ケアンズ発着でもどこか初めてのところにしてみよう。

 やっぱり子連れだと島がいいと思う。
 砂遊びをしたり、貝を探したりできるし(国立公園内の場合は持ち帰りは禁止だが、集めて写真を撮って帰るのが我が家流)、水に潜らなくてもいろいろ遊び方がある。

 島だと・・・グリーン島、フィッツロイ島、ノーマンビー島、ミコマスケイ、ウポルケイ・・・。
 今更グリーン島でもないよな。
 この中からミコマスケイを選んだ。
 カナが鳥好きだからだ。
 鳥の楽園と言われる島だからきっと喜ぶんじゃないかと思って。

 ポートダグラスから送迎してもらう手もあったが、どうしても割高になる。
 せっかくレンタカーがあるのだからケアンズまで車で行こうとパパが言った。
 熱気球に続いて、料金の安いトラベルターザン社に手配を頼んだが、いろいろ細かい注文をつけたにも関わらず、こちらの業者は非常に丁寧な対応をしてくれた。
 結局ケアンズにある無料の駐車場を利用して、送迎してもらうことになった。

 昨夜、部屋にミコマスケイクルーズを催行しているオーシャンスピリットから手紙が届いた。
 明日のツアーの集合時間や場所が書いてある。
 熱気球の時は、本当にちゃんと予約が入っていて、本当に約束の場所と時間に送迎バスが来るか冷や冷やしながら真っ暗闇で無人の駐車場で待つことになったが、今回は安心して待つことができそうだ。

 集合時間は7時45分。
 それを目指して6時半には白み始めた空を見ながらポートダグラスを出発した。



 REXルックアウトを過ぎて、いくつかハイウェイ沿いのビーチを過ぎて、やがて東の空が赤く燃え始めた。
 ちょうどそこにもビーチがあったので、車を停めてもらう。
 毎朝早起きして、フォーマイルビーチまで散歩に行くパパは、絶対ポートダグラスの日の出の方が綺麗だぞと言った。
 いいじゃない。せっかくだもの、写真を撮らせて。
 今朝は雲がほとんどなかった。
 わずかに東の水平線ぎりぎりに並んでいるだけだ。
 その水平線から昇ってきたのは、まるで絵に描いたように完璧な朝日。


 それにしても今朝の空の青さはすごかった。
 ケアンズについてから5日目。毎日天候には恵まれていたけれど、今朝ほどの晴れ方は初めてだ。
 ためらいもなく青インクを流したようだ。
 グレートバリアリーフにクルーズに行くならこんな日、と心に決めていたとおり。これぞ完璧なクルーズ日和だ。

 市内地図を見ながらナビゲートする。
 駐車場も集合場所のホテルもすぐに見つかった。
 カナは出発時から目を覚ましていたが、レナはずっと寝ていたのでケアンズについてからぐずぐず言い出した。
 なんとか着替えだけはすませたが、車の中で朝食を取る時間までは残されていなかった。

 降りるのは嫌だとか歩くのは嫌だとか言うので、仕方なくレナは背負って行くことにした。
 ホテルの正面玄関がどこかよく判らずぐるりと回ってしまった。変な入り口から入ったので、ロビーに行くためには階段を下りなくてはならない。朝から背中が重いなぁ。

 ロビーについて一安心。
 だけどこの日本人の多さは驚きだ。
 朝からロビーで様々なアクティビティの送迎バスを待っている(とおぼしき)人々のほとんどが日本人。飛び交う言葉もみんな日本語だ。
 ケアンズに泊まると言葉で苦労することはなさそうだが、ホテルの選択によっては外国に来た気もしないかもしれない。

 すぐに名前を呼ばれた。
 他にも同じツアーの人がいるかと思ったが、そのバスに乗り込んだのは私たちだけだった。みんな違うバスを待っているのだろう。
 予約の名前を確認した送迎バスの運転手は、Ocean Spiritと書かれた蛍光色のシールを渡して胸に張るよう指示した。これでツアーを識別するのか。

 たまたま一番前の席が空いていたのでそこに座ることにした。
 カナとレナは一緒に座りたいと言うので、2人用の座席だが私も含めて3人で座った。
 送迎バスはその後他のホテルも回り、港へ向かった。
 お腹を空かせた子供たちには、バスの中で持ってきたリンゴとパンをかじらせた。

 ケアンズのマリーナに着き、全員降ろされる。
 正面から朝日を浴びて、かなり眩しい。
 桟橋に出ると、見慣れたラディソンプラザ・アット・ザ・ピア。
 昨日のことがあるので、子供たちの手は離せない。
 本当に海は怖いのだ。
 桟橋の両側には大型のクルーズ船がいくつも停泊している。
 あのずらりと日本人ばかり並んで乗船を待っているのはもしかしてグリーン島行き?
 前に乗ったサンラバーの船もある。
 オーシャンスピリットの桟橋はまだまだ先だ。
 かなり先端に来て、左へ折れる。
 グリーン島やアーリントンリーフに行く大型クルーズ船と違って、瀟洒な帆船だ。二艘並んで出航を待っている。
 手前がオーシャンスピリットII号、ウポルケイ行き。
 奥がオーシャンスピリットI号、今日乗るミコマスケイ行きだ。

 船内のレセプションで受け付け。
 すぐ前に並んでいた日本人グループも、同じトラベルターザンのバウチャーを手にしていた。
 日本人比率、全体の1/3から1/4ぐらいか。
 小学校高学年ぐらいの子供は何人かいるが、最年少はレナのようだ。
 先にウポルケイ行きが出航した。甲板で強面のパパに抱っこされた小さい男の子が照れながら手を振ってくれる。カナとレナも手を振った。
 お茶とクッキーが振る舞われるが、揺れるからお茶は出航前に飲んでしまわなければならない。

 そろそろ出航だ。
 船が港を出る。
 最初は滑るように、そしてすぐにぐいんぐいんと揺れ始める。
 
 クルーズには危険も伴うため、理解できる言語で事前説明を聞く必要がある。
 甲板でイングリッシュの、船室で日本語の説明が行われた。
 この船のクルーで日本語を解するのは、ダイバーらしく日焼けした日本人女性Kさんと、ひょろりとしたオージーのUさんの二人だけだと言う。何かあったら私に相談して下さいねとKさんは頼もしい。

 ミコマスケイは国定公園なので、とって良いのは写真だけ、残して良いのは足跡だけ、と言われる。貝や砂の持ち帰りも、魚の餌付けも禁止だ。
 ケアンズから北東40キロ。
 野鳥保護区に指定されているこの島は、多いときで3万羽近い海鳥が生息しているという。
 ケイと呼ばれるのは純珊瑚礁の島で、ミコマスケイも珊瑚のかけらが潮で積もり出来上がった小さな島の一つだ。だから島の砂は、ポートダグラスやパームコープのような茶色ではなく、白い(正確には薄いベージュ)。

 一通り説明が終わり甲板に出てみると、いい場所は全てイングリッシュの説明を聞いていたオージーたちに占拠されていた。すみっこしか残っていない。
 まあどうせ甲板は危険なので子供たちを連れてはなかなか行かれない。
 ヨットは平たい大型クルーズ船と違ってかなり揺れが激しいし、甲板は段差が無く、転びでもしたらあっと言う間に転落して魚の餌だ。
 一階の後部に陣取った。
 さっきの説明でも、そこが一番船酔いしにくいと言っていた。
 酔ったときは間違ってもトイレに行ってはいけないのだそうだ。臭うと益々吐きたくなるし、トイレが詰まると迷惑だからだ。
 紙袋を用意してあるので、それで始末してくれと言われた。袋は水に溶けやすい材質で作られており、処理後、海に撒けば、魚の餌付けショーが見られるかもなんてブラックな冗談まで付いていた。

 そう、パパは船酔い体質。
 可哀想なくらいだ。
 でも本人、それでも毎回グレートバリアリーフを楽しみにしているのだ。
 楽しみにしていながら、船の上ではいつも死にそうな顔をしている。

 GBR最初のクルーズは、ヘイマン島からホワイトヘブンビーチだった。しかし既に往路でヘルを見た彼はヘブンに着く頃は真っ青になっていた。
 その旅行中、次の滞在先ケアンズで彼は酔い止めを買い求めた。パッケージに生姜の絵が描いてある薬だった。次に乗るエイジンコートリーフ行きでそれを使ったが、日本の薬と違って効きが今ひとつだった。やはり地獄は免れなかったようだ。
 アーリントンリーフに行ったときのことはよく覚えていない。でもまた酔い止めを持参せず、懲りないなどという話をした記憶はあるので、やっぱり辛かったのだろう。
 去年のロウアイルズでも同じだった。増してこれは今回と同様、帆船カタマランだったので揺れも激しかった。
 帰りの船の中など真っ青だった。船室にこもって出てこなかった。
 自慢じゃないけど、乗り物という乗り物で酔いを体験したことのない私には、どうにもその苦労はよく判らない。

 「そう言えば今年はちゃんと酔い止めを持ってきたよね。飲んだの?」
 「ちゃんと時間を計って出航30分前に服用した」
 「気分は?」
 「今のところは大丈夫」

 昨日のことがあるのでカナが心配だったが、本人は特に海に恐怖を感じている様子は無かった。
 ただ、いつにもまして慎重になっている。
 慎重なのは良いことだ。
 少しはレナも見習ってほしいものだ。

 やがて前方に木の生い茂った緑の島が見えてきた。
 グリーン島だ。
 グリーン島を過ぎるとさらに進路は北へ。

 さっき説明の時に、日本人クルーのKさんが言った。
「ウェットスーツが必要な方には5ドルで貸し出します」
「島の水温は何度くらいですか?」とパパ。
「24度くらいですかね」
 パパは子供たちのウェットスーツを借りることにした。
 でも予約を入れていたわけでもないのに、こんなにちびすけたちのサイズはあるのか?
 驚いたことにあった。
 110センチちょっとカナの分はまだしも、100センチも無いはずのレナの分まで。
 借りる人、いるんだね。

 寒くて朝にはセーターを着ていたが、流石に直射日光は激しく、だんだん暑くなってきた。
 ヴィラを出る前に水着は着てきた。水着の上にセーターとスカート。去年は短パン姿だったが、クルーズの時こちらの女性たちはスカートかパレオを撒いている人が多いから、やっぱりクルーズにはひらひらのスカートでしょ、と思った。
 失敗したのは日焼け止め。
 ポートダグラスからケアンズに向かう車の中でしっかり塗って化粧も済ませようと思っていたのだが、日の出に見とれたり、寝起きのレナの相手をしたりしているうちにすっかり失念し、塗れなかったばかりではなく日焼け止めと化粧道具一式、車のダッシュボードに置いてきてしまった。
 すっぴんなのはまだしも、日焼け止めも塗ってないなんて・・・。
 いや、すっぴんなのも問題か・・・。
 待て待て、持参した日本製SPF50の製品の他に、オーストラリアに着いたときにツアー会社がサービスで用意してくれたオーストラリア製SPF15の日焼け止めがどこかにあったはずだ。
 手提げクーラーボックスの中か?
 いやいや、パパが昨夜出していた。
 それからどこへしまったんだっけ。
 ああ、そうだ、ビーチバッグの底に・・・。
 いいや、数値が50でなくて15でも。塗らないより何倍かマシ。いくら真冬とはいえ何も塗らずにグレートバリアリーフの島へ上陸するなんて、考えただけ恐ろしい。

 しかしまあ、オーストラリア製の日焼け止め。べたべたしてのびは悪いし甘ったるい香料がすごくて気持ち悪くなりそう。

 ロウアイルズの時と違って、ミコマスケイ行きはスケジュールも効率的だ。島に着いたら三回グラスボートが出ると言うが、先に整理券を配ってその時間に乗ってもらうと言う。クイックシルバーのロウアイルズは、適当に時間になったら人を集めて乗せる感じだった。
 パパが第一回の分の整理券をもらってきてくれた。
 ママとカナとレナの三人分。
 パパは決してグラスボートのたぐいには乗らない。あれほど船酔いに拍車をかけるものは無いのだそうだ。

 無料レンタルのシュノーケルセットもかなりきめ細かいサイズがあった。ついつい去年のロウアイルズと比較してしまうが、あのときはフィンのサイズが合わずとても使いにくかったのだ。今回はジャストサイズを見つけることが出来て良かった。子供用ウェットスーツといい、なかなかポイントが高い。

 往路のクルーズ時間は2時間ほどあるのだが、そんなこんなであまりゆっくりする時間は無かった。説明会から始まって、30分ごとにやれグラスボートの整理券配布だとか、シュノーケルセットの配布だとかがあったからだ。



 やがて水平線に何かが見えてきた。
 平たい白い島だ。
 何か煙っているようにも見える。
 あれは・・・島の上空を飛び交う無数のトリ?
 とんでもない数の海鳥が、まるで小さな島にたかるようにぎっしりといる。
 一種異様な光景だ。

 ケイ周辺の海は浅瀬になっていて、珊瑚を傷つけないように帆船カタマランは少し離れた海上に停泊し、島へはシャトルボートで渡る。
 ロウアイルズの時もそうだった。グリーン島のように桟橋が作られている場合は別だが、純珊瑚の島ではこうして上陸するしかない。
 島が見えていたのは右舷だったが、先ほどの説明の時に到着次第左舷から餌を撒くと言っていた。基本的には餌付け禁止の海域だが、申請して許可された一日一キロの餌だという。
 子供たちにはなんといっても餌付けショーだ。
 右舷の絶景は諦めて左舷へ急ごう。
 と思ったら、船はターンして、ちょうど左舷の目の前に白いミコマスケイが現れた。

 餌は白身の魚。
 Kさんはナポレオンフィッシュなんかも来ると言っていたが、船の上からはよく判らない。かなり大きな魚たちがばしゃばしゃと餌を食べに寄ってきたのは判った。

 さて、餌付けが終わると、最初の島行きのシャトルが出る。
 また、10時半のグラスボートの1便も乗客を乗せ始めた。持っている整理券はこの回のボートの分。カナとレナの手を引いて乗り込んだ。
 乗るときちょっと揺れたので、係りのオージーが子供たちを支えてくれた。

 ロウアイルズで乗ったグラスボートは、いわゆるグラスボトムボートと呼ばれるタイプで、船底の一部がガラス張りになっている簡易なものだった。
 海上から見る海や島の景観はとても綺麗だったが、グラスボートからあまり魚は見えなかった。ただ、ウミガメが見えたのが印象的だった。
 ミコマスケイのグラスボートは半潜水艦セミサブマーシブルと呼ばれるタイプで、乗客は船底に乗り込みガラスは足下ではなく壁にはめ込まれている。
 のぞき込まなくても海中が見えるのでかなり楽だ。
 最初、カタマランの横にボートがいるときから、ガラスの外にうようよと大きな魚が何匹もいるのが見えた。
 何だろう、スナッパー?

 ゴゴゴゴと発進すると、最初は泡しか見えない。
 子供たちはそれでも泡が綺麗と大はしゃぎ。
 少し進んで動きが止まった。
 両側のガラスに一面の珊瑚。
 うわーい、魚もいっぱい。
 「ドリーだ」とカナ。
 ナンヨウハギかな。群れなして青と黄色の模様。
 思わず夢中でガラスに張り付く。
 ロウアイルズのそれより何倍も魚が多いような気がする。
 これが見られないなんて、本当にパパは可哀想。

 あっ、ウミガメ。
 今回もウミガメ発見。
 でも一瞬のことだったので写真は撮れなかった。
 海の底を形容するのは難しい。
 テーブル珊瑚、枝珊瑚、花びらみたいな珊瑚、ブロッコリーみたいな珊瑚。

 グラスボートで巡っていた時間はかなり長く感じた。
 餌付けなどしていないのに、本当に沢山の熱帯魚を見た。
 これは潜ったらさぞや綺麗だろうなぁ。



 船に戻ると11時過ぎ。
 今から島へ渡るのは中途半端だ。
 あと30分もしないうちにランチタイムになるから、ランチを済ませてからゆっくり島へ渡った方がいい。
 去年のクルーズではグラスボトムボートが目の前で出航しそうになって、ゆっくりデザートも食べられなかったのだ。

 オーシャンスピリットのミコマスケイクルーズは、ランチにも定評がある。
 この船はディナークルーズもやっているので、そのために著名なシェフを乗せていると言う。そのシェフに、ランチタイムも働いてもらっているので、他のクルーズとはちょっと違うと自慢なのだ。

 船室の、今までオーシャンスピリットのロゴ入りグッズなど並べてあったスペースに、オードブルやフルーツが運ばれてきた。
 クルーズ中にはチーズやハムが置いてあったところにはメインディッシュ。
 実のところ置いてある料理は、今までいくつかのクルーズに参加した私にはそれほど特別な物には見えなかったが、ディスプレイがとても綺麗で凝っている。

 まだ時間があったので、パパが操縦席に行ってみようとカナたちを誘った。
 誰もいない操縦席。舵輪がかっこいい。
 椅子は遠くを見渡せるよう高く据え付けられている。
 子供たちを椅子に座られて写真を撮っていたら、船長さんが現れた。
 触って良いよと舵輪をぐるぐる回させてくれて、一緒に記念写真を撮らせてもらった。
 カナはちょっとはにかみながら船長席に座って、レナはアボリジニのダンサーの時と同じで逃げてしまって写真には入らなかった。

 11時半。
 眺めの良い二階席に移り、ランチにした。
 何だかめいめいお皿に取り分けて、あの完璧なディスプレイを崩してしまうのがもったいないようだ。
 フルーツは食べ終わったら別の皿に取ってこようと思えば、ちょうど島行きのシャトルが出るというので、ついに取りには行かれず。
 結局今回もまた、ゆっくりデザートを食べるのは夢に終わった。



 白いシャトルで白い珊瑚礁の島へ。
 シャトルの足下がちょっとびしゃびしゃで、濡れたくないレナは嫌がる。
 Kさんから、クルーズ中は滑らないように裸足が一番と聞いて、サンダルは船室に置いてきてある。もう今日は一日裸足で過ごす覚悟だ。

 凄い空の青さ、海の青さ。
 浅くなっているところはセルリアンブルー、深いところはネイビー、珊瑚のあるところは黒っぽく見える。
 島に近づくと、耳を塞ぎたくなるような喧しい鳥たちの鳴き声。
 強い風の音とそれ以上に鳥たちは騒がしい。
 目の前の白い砂浜は、自由に歩き回って良いが、その先はロープが張られており立入禁止だ。
 海鳥の繁殖地になっているためで、許可無く立ち入ると罰金を払わなくてはならない。
 でもここで十分。ロープの側まで行って島の反対側をのぞき込めば、いるいる、びっしりと等間隔に並んだアジサシたちが。
 ほとんどの鳥たちが、白と黒、または黒っぽいアジサシの仲間だ。
 たまにカモメもいる。アジサシの卵を狙っているのだという。

 島は風がとても強い。前屈みになって歩く感じだ。
 面白いのは鳥も風に飛ばされることで、必死で飛んでいるのだが、風に逆らっているので全然前に進んでいないように見える鳥もいる。
 カナとレナは砂遊びを始めた。
 貝や珊瑚のかけらも探そう。
 近くでは小学生ぐらいの男の子がパパとせっせと砂を掘っていた。
 帰る頃にはそれは、ちょっとしたお風呂ぐらいのサイズになっていた。

 しばらく波打ち際で遊んだ後、パパが言った。
「シュノーケル、してくれば?」
「えっ、だって・・・」

 実はクルーズ船からサイズの合うシュノーケルを1セット持ってきてはいたが、実際にやるつもりはあまりなかった。
 というのは、ひとつは水温がかなり低かったためで、もうひとつは去年のロウアイルズで子供たちが泣いたからだ。

 私は寒いのが苦手だ。
 増して冷たい水の中に入るのは嫌いだ。
 ホテルのプールなんて泳ぐ人の気が知れないと思うくらいだ。
 ここの海水温は冷たいとまではいかなくても、足を入れると冷やりとする。ちょっと全身浸かる気にはなれない。

 去年のロウアイルズではもう少し水温が高かったのだが、フィンをつけて砂浜から海の方へ降りようとすると、カナもレナもわんわんと泣いてとりつき、怖いから海の中へ行かないでと叫き立てていた。
 母親が海の中に入ったら、もう帰ってこないと思ったのだろうか。
 膝下ぐらいの深さでも、ソフトコーラルがうようよとあるような海だったので、シュノーケルをとても楽しみにしていたのに、まったくできなかった。

 そんなこともあって、今年は最初から期待もしていなかったのだ。
 それでもシュノーケルセットを借りてきたのは、どんなときでも「もしかしたら」と思う私の性格のためだ。

「やらないよ」
「いいの?」
「最初からやらないつもりだったもの」
「後悔するよ。シュノーケルもレンタルした、水中撮影カメラもある。ライフジャケットも貸してくれる、ぜーったい後悔するって」
「・・・」
 そこまで言うか。
 そういう自分は?
「シュノーケルセット、レンタルしてないもん」
「・・・」

 ばしゃばしゃと腰まで海に入ってみる。
 ひゃぁ、つっめたぁい。
 くるりと岸を振り返る。
「冷たいってば」
 しかしパパは海より冷たく、さっさと行けと手の甲をひらひらさせてみせる。
 うーっ。
 さらに水深は深く、胸元まで水に浸かる。
 ぐぐぐぐ。拳を握りしめ、冷たさに耐える。
 えーい、せっかくはるばるグレートバリアリーフまで来たんだ。
 海が冷たいぐらいなんのその。
 ああ、でも本当に入るなら私もウェットスーツ借りるんだった・・・。
 後悔と躊躇い。
 もうここまで来たら、どぶんと入るしかない。
 顔をつける瞬間、子供たちの「行かないで!!」と言う叫び声が聞こえた。
 もう遅いよ。

 マスクをつけた顔を海中に沈めると・・・。
 最初は何も見えない。
 泡が消えて中が見えてくると、それは幻想的な光景が待っていた。

 おお、これは綺麗だ。
 もこもこの珊瑚の間に、カラフルな魚たちが泳いでいる。
 追いかけたら手で触れそうだ。
 それに珊瑚も黒っぽい中、蛍光ブルーのドットが一面についているのも。
 あっと言う間に、海が冷たかったことなどすっかり意識から消えてしまった。

 初めてダイビングとシュノーケルをしたのは、沖縄の座間味島だった。
 体験ダイビングをして、その後シュノーケルをした。
 初めて見る珊瑚礁の海の中は、目を見張るほど美しかった。

 次がエイジンコートリーフで、潜る前に他でどこか潜ったことがあるか聞かれた。
沖縄で体験ダイビングをしたことがあると言うと、沖縄には負けるかもしれないが、こちらの方が大物が出る確率は高いと言われた。
 結局大物は出なかったので、魚も珊瑚も沖縄より寂しいダイビングになった。

 三度目のアーリントンリーフでの体験ダイビングはさらに大したことがなかったような気がする。
 ここではシュノーケルも上手くいかなかった。今にして思えば、マスクのサイズが合っていなかったのかも。

 過去を振り返ってみて、ようやくこのミコマスケイで、あの座間味に匹敵する海中を見たと思った。
 今の季節が乾期なのも関係あるかもしれない。
 雨期だとどうしても海が濁り、海中がよく見えないと聞くからだ。

 しばらく海面を漂った後、一度岸へ戻った。
「凄いよ、綺麗だよ」
 カナもレナも魚が見たいというので連れていこうとしたが、顔をつけるのを嫌がる。
 マスクは合うサイズがないだろうと普段使っている水泳用のゴーグルを持参したので、数秒なら海中を見ることが出来るはずだ。
 いつもプールでカモノハシのように潜りまくっているレナすら、顔をつけたくないと言う。
 どうもプールの水と違って、塩味がするのが嫌なようだ。

「どうする? 来ないの?」
 カナは砂浜でパパと待っていると言った。
 レナは一緒に行くと言う。そこでライフジャケットをつけさせた。

 手を繋いで、せーの。
 とぷんと海の中に入り、黒々と見える珊瑚目指して泳ぐ。
 レナはやたらとハイになっていて、うけけけけけと笑い声が聞こえる。
 ライフジャケットの浮力が凄いので、顔をつけなくてもぷかぷか浮いているのだ。

 足が届かなくなるくらいの深さから、もう珊瑚が沢山ある。浮いているとお腹をこすりそうになるくらい近くに枝を伸ばしている。
 あっ、いたいた、魚。
 顔を上げて、手を繋いでいるレナに「魚がいたから顔をつけてみな」と教えるが、それは嫌だと彼女は首を横に振る。
 水中を見なくて何が楽しいのだろうと思うが、とにかく楽しいらしい。手を繋ぐのに厭きると、人の背中によじ登ったりしがみついたり。
 こちらもあまりに海の中が綺麗なので、レナは好きなようにさせておいてシュノーケルを続ける。きっとツアーの監視員など、この二人は何をしているんだろうと怪しんでいたことだろう。
 あまり長いこと水中にいると、ウェットスーツを着ているとはいえ体温低下も心配だし、疲れてしまってもいけないので、笑い声が聞こえなくなったら岸に連れていこうと思っていた。
 それがいつまでも笑い声が聞こえる。
 顔を上げるたび、きゃっきゃと言っている。

 流石に限界だろうと岸に戻れば、パパがレナって凄いと吃驚していた。

 計っていたわけでもないのに、戻ってみればもう引き上げる時間だった。
 最終シャトル便は全員乗り切れず、もう一往復することになった。
 残されたメンバーに入って、シャトルが戻ってくるまでの僅かな時間、名残を惜しむことが出来てちょっと得した気分。
 日本人女性の二人組が、シャッターを押してほしいと頼みに来た。
 白い波打ち際が入るように構図を決めてほしいと言う。
 撮影してカメラを返した後、ふと思いついて自分たち家族の写真も撮ってもらった。
 きっと昨日のOn The Inletの写真と併せて、この二枚だけが今回の旅行で家族四人揃ったものになるのだろう。
 パパは最後に、子供たちの集めた珊瑚のかけらと貝の写真も撮った。

 海鳥たちに別れを告げて、ミコマスケイを後にする・・・。



 さて、帰りはまた揺れた揺れた。
 どのくらい揺れたかというと、デッキにいた人たちがあまりに波を被るので全員退避したくらいだ。
 ヨットは波を越え、波を越え、上へ下へぐうらぐうら。
 酔い止めを飲んでいるとはいえ、パパはいかにもやばそうな顔をしている。
 もう駄目だと船室にこもった。
 昨日のこともあってか、カナも途中で船室に戻った。彼女は青ざめるパパの横でさっさと寝てしまった。

 しかし何故かレナは元気だ。
 揺れれば揺れるほど楽しいという。去年のカナのようだ。
 右舷にぎらぎらと海の太陽。
 後方を振り返ればいつの間にかすぐ後ろに、朝ウポルケイへ出航したオーシャンスピリットII号。まるで競争するかのように追ってくる。

 オーシャンスピリットのクルーズは、グレートバリアリーフだけでなく、クルーズそのものを楽しんでもらおうと、帰りの船ではライブをやることでも知られている。
 本当はライブもデッキで行われるらしいのだが、あいにくと今日はそんな風向きではない。
 仕方ないので機材は船室に運び込まれ、ミュージシャンはそこで歌う羽目になった。
 海上の青空の下で音楽を楽しみたいような人たちは、みんな船の後部や二階部分でくつろいでいた。
 船室にいるのは今にも吐きそうな嘔吐予備軍ばかり。
 はっきり言って、そこでギターをじゃかじゃかやられると、大迷惑。例の紙袋を手に室内の椅子でぐったりしている人たちは、みんな恨めしそうな顔でライブショーを見ていた。

 ようやく波が静まったのは、ケアンズの湾内に入ってからだ。
 町並みが見えてくると、今までの大揺れが嘘のように、海面は静かになった。
 もうじきクルーズは終わりを告げる。



 港に着けば、行きと同じように各ホテル行きの大型バスに振り分けられ、めいめいの帰路に就く。
 その僅かな時間にレナは寝入ってしまった。
 送迎に使わせてもらったホテルに着き、駐車場へ。
 ゆっくりと日が落ちて、夕暮れの空を見ながら、キャプテンクックハイウェイを北へと急いだ。
 空には一番星。

 ヴィラに戻る前に、今夜の夕食を買わなくてはならない。
 ポートダグラスに曲がってすぐのスーパーマーケットIGAに寄ってから帰ることにした。
 このIGAは、今回の滞在中3度目の利用になる。マクロッサンストリートのColesの方が品揃えは良いのだが、何しろリッジスから近い。
 一人で買いに行こうとしたら、カナがついていくという。トイレに行きたいのだそうだ。
 店内に入ってトイレの表示を探すが見つからない。
 仕方ないので、商品棚を整理している店員に聞いてみた。
 「トイレを教えてほしい」
 「いや、店の中にはトイレは無い。ここを出て、外をぐるっと回って・・・」
 「判った。店内には無いのね」
 「・・・・トイレを探しているのは、そのガールか?」
 そうだと肯くと、来いと手招きする。
 店の隅のドアを開けて、その奥へ。
 従業員専用のトイレに案内してくれたのだ。
 そこは従業員の休憩所らしく、折り畳み式のテーブルと椅子があり、女性が一人暇そうに雑誌をめくっていた。棚には無造作にクリスマスのディスプレイが押し込んである。
 カナはぎりぎりトイレに間に合った。
 店内でもう一度案内してくれた従業員を捜して、お礼を言った。

 それからカナと二人で買い物をした。
 パンとスープとメインディッシュ。パパは肉は少々高くてもフィレがいいと言っていた。15ドルも出せば大人二人分ぐらい余裕で買えるだろうと。
 なんとスペシャルプライスで6ドルだ。浮いた分、カナは何がほしい?
「これ・・・」
 トイ・ストーリーの歯ブラシ。
 去年はディズニープリンセスのを買って帰ったんだったよね。
「レナちゃんがウッディがいいと言ったら、私はバズでいいから」
 じゃあ、後はフルーツを買おうか。
 このLocal PawPawと書いてあるのはパパイヤかな。これにしよう。日本円にしたら80円くらい。



 流石に疲れたのか、先日マリーバで買ったマンゴーワインを開けても一杯しか飲めなかった。
 毎夜降るような星空なので、カナが寝た後、パパは夜空を撮影しに行った。
 南国らしい椰子の木と、南半球の星座。
 日本に戻っても、この手の届きそうな天空を忘れないだろうか。


七日目「ポートダグラスで過ごす」へ続く
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