みなさん、こんにちは。
 このまま、26話までノンストップでいきたいと思います。長文の連続でご迷惑をおかけします。
 さて、前回は、四日目の幕開け、ミューレン行きのケーブルカー乗り場に向かったところまででした。今日はいよいよシルトホルンに向かいたいと思います。


*** アルプスは今日もお天気 ***

第24話 目指せ雲上の楽園の巻


 ミューレン行きのケーブルカー乗り場は、ラウターブルンネンの駅を出て左に行けばすぐだ。三角屋根の雰囲気のあるBOBの駅から比べると少々殺風景だが、建物の中に入ると、既に階段状の乗り場にはかわいらしいケーブルカーが待っていた。乗客は、ちらほらという感じだ。本当に私が行った9月はどこの交通機関も展望台もほとんど混んでおらず、とってもいい季節だった。
 ダンナが半額カードで切符を買いに行く。当初の予定では、シルトホルンはトリュンメルバッハとセットだったので、行きはシルトホルンバーンからロープウェイのつもりだったが、一昨日、滝は見に行ってしまったので、ケーブルカーとロープウェイのルートを往復することにした。

 時間になるとケーブルカーはゆっくりと発車した。ラウターブルンネンに着いてからは、毎日部屋から眺めていたケーブルカーだが、乗るのは初めてだ。両サイドの景色はお世辞にも見晴らしがよいとは言えない。天気が悪いせいだ。なんだかさっきより雲が厚くなってきたみたいだぞ。ちょっと心配だ。
 ケーブルカーは結構な斜面をがたがたと揺れながら登っていく。時々下を細い道がジグザグに横切っているのが見える。ダンナの会社の同僚Y女史が、昨年スイスへ個人旅行で来たときに、ミューレンからラウターブルンネンまで歩いて下ったが険しくて景色も見えず絶対おすすめできないと言っていたそうだ。果たしてこの道がそうなのだろうか。

 ケーブルカーは雲を抜けることなく終点に到着した。なんだか見通しの悪い、鬱蒼とした感じのところがグリュッチュアルプだった。乗り換える電車の乗り場はすぐ隣で、駅にはトイレだけがあった。きっと天気が良ければずいぶん雰囲気が違うのだろう。乗客の全員がここで乗り換えた。

 今度はケーブルカーではなく、平らな地面を走る電車だ。進行方向左手はすぐ崖で、たぶん下にはラウターブルンネンの谷、奥には山々がそびえているはずなのだが、本当に雲しか見えない。右手はハイキングコースになっているらしく、ずっと線路に平行して小道が続いている。小道の向こうにはまばらに花が咲いている。本当に雲さえなければね、のどかで美しい風景だ。

 ミューレンに着くまでに少しは晴れないかと思っていたが、全然駄目だった。BLMの駅からロープウェイの駅まで行くには、軽い登り道を歩いてミューレンの村の中を突っ切ることになる。
 雲は谷間で見上げたときよりもはるかに厚くどんよりとして、不安をあおり立てる。なにしろ、ここは雲のまっただ中で、数メートル先にそびえるホテルも近づくまで白い闇の中に見えないほどだ。
 ガスの中でちりんちりんと音がした。見ると道沿いの小さな斜面に羊が何頭かいて、人の気配に寄ってくる。牛は何頭か見たが、スイスで羊を間近に見るのは初めてだ。草を差し出すとおとなしく食べた。
 景色は見えなくても、初めての場所はおもしろい。消防用の消火栓かな、人物に見立ててひとつひとつにペンキで違う顔が描いてある。噴水のところに動物の像がある。マーモットかな、ツェルマットではなくてミューレンにもあるのかな、同じポーズで写真を撮ろう。あっ、ソフトクリームの自販機だ。変な絵が描いてある。
 数メートル先をアジア人の親子が手をつないで歩いている。韓国系かな?若そうなパパと5、6歳くらいのショートカットの女の子だ。ママはどうしたのかな?

 ウィンドーなどを冷やかしながら、楽しく歩いてロープウェイ乗り場に到着した。乗り場もがらがらで、出発までそのあたりをうろうろしていると、日本の登山家たちの写真や登山用具などが展示してあった。
 それでも時間になるとどこからともなく乗客がわいてきて、ロープウェイは窮屈でない程度にいっぱいになった。日本人の姿は他にはないようだ。アジア系も私たちを除けばあの親子だけだ。
 さて、ここで一番目立っていた集団は、ダンナが勝手に「陽気なイタリアン」と命名した人たちだった。でも私たちにはイタリア人とスペイン人の区別はもちろん、実のところ見た目ではアメリカ人とスイス人の違いだってわからないのだ(勝手にTシャツ着ているとアメリカ人だということにしている)。彼らは白人というには肌は浅黒く髪も黒っぽくくせ毛だ。彫りは深いが背は低い。とにかく陽気でよくしゃべる。大声で笑い、時々手を叩いて歌い出す。私は想像していたジプシーの人たちというのはこんな感じだろうかと思った。

 ロープウェイはぐぐっと登りだした。
 私は三山が見えるはずの向きの端に立って、祈るような気持ちで外を見ていた。窓は傷だらけだ。そうか、冬はみんなスキー板を抱えて乗るから傷がつくんだな。

 やがて真っ白だったあたりがぼんやりと明るくなってきた。青空が近いのだ。ロープウェイはぐんぐんと登り、あたりはみるみるまぶしさを増してきた。
 どきどきしながら心の中でカウントダウンする。

 3、2、1、ゼロ。

 ロープウェイはすばらしい速度で雲を突き抜け、突然視界は真っ青に染まった。やったぁ、雲を抜けたぞ!! 狙いあやまたず逆光のアイガー、メンヒ、ユングフラウはぎらぎらと真正面にそびえていた。雲一つない正真正銘の晴天だ。
 雲を抜けた瞬間、ロープウェイ内も「おおっ」とどよめいた。それほど突然で衝撃的だった。「陽気なイタリアン」達ときたら、足を踏みならして踊り始めた。ロープウェイが揺れる揺れる。とっても楽しい道行きだった。

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