みなさん、こんにちは。
 けっこうメンリッヒェンまで行って頂上まで登ったことのない方っていらっしゃるんですね。いいですよー、あそこは。特に晴れていればきっと。
 今週末で9月3日を終了させるぞーと思っていたのですが、今風邪をひきこんでしまってたどり着けるかどうか不安です。


*** アルプスは今日もお天気 ***

第21話 独りでメンリッヒェン頂上への巻


 始まりはパンフレットの写真だった。
 チュッゲンが邪魔だというガイドブックも多く、メンリッヒェンにはさして興味がなかった私だが、日本のスイス政府観光局に行くと手に入るユングフラウ各地区のパンフレットに見開きでどかーんとメンリッヒェンの光景が載っているのを見て、こりゃ凄い。ぜひ見に行きたいなぁ、と思ったのだ。
 その写真はメンリッヒェンからアイガー、メンヒ、ユングフラウの3山を見ているのだが、雲海の中からそそり立つ山々は神々しく、チュッゲンが別に邪魔くさく見えない。実はこれは頂上付近から撮っているのであって、ゴンドラやロープウェイ乗り場からではない。やはりこの景色をこの目でみるためには、あの頂上まで登らなければならないのだ。

 メンリッヒェンへ到着した時刻は、午後4時20分頃であった。ハイキングコースの標識には頂上まで所要時間20分と記されている。ということは往復で40分、午後5時には戻ってくることができる。
 しかしこの計算には落とし穴があった。
 登り始めて気づいたが(まぬけだ)、頂上での休憩時間を入れていなかったのである。

 結局、私独りで行くことになった。母にこれ以上疲れさせるわけには行かないし(まだ先は長い)、母独りを残しておくわけにもいかないからだ。

 グリンデルワルトからのゴンドラの終着駅からみると、メンリッヒェン頂上はすぐそばに見える。それも緩やかなつづらおりの道がずっと頂上まで続いているように見える。視覚の錯覚だが、あっと言う間に登れそうだ。とても20分もかかりそうには見えない。実はこの距離が結構離れているということは、シルトホルンあたりからみると一目瞭然だ。上に行くほど角度が急だということも登ってみて始めてわかった。

 まず、ウェンゲンからのロープウェイ乗り場までは緩い下りである。時間を稼ぐために軽く走った。
 それからが登りにはいる。これがなかなか厳しい。
 例えていうと、コンピューターゲームによく似ている。はじめは緩やかな登りなのだ。一定量歩くと、ちょっと急な登りになる。さらに一定量歩くと、さらにちょっと急な登りになる。もっと歩くと、もっと急な登りになる。この繰り返しなのだ。一面クリアすると、次にはもうちょっと難易度の高い面が待っているというこのパターンなのだ。
 ラストはついに鎖にしがみつきながら岩肌を登ることになった。

 登りはじめの頃は、なーんだ楽勝じゃんと思っていた。この分では予定よりかなり早く戻って来れそうだとも。
 途中で苦しくなってきた。ひと休みするために振り返ってびっくりした。
 スタートの時点では、それこそ邪魔でしかたなかったチュッゲンが、自分の位置を高くすることにより、また、一歩後ろに下がることにより、少し低くなり、そのかわりに3山がぐぐっと競り上がってきているのである。すごい、すごいぞ。
 それに言い訳ではないが、これくらいのサイズであればチュッゲンは必ずしも、いや決して悪者ではないのだ。つまり、手前にくろぐろとチュッゲンが見えることによって、ことさら3山の白さが際だち、さらに遠近感から3山の大きさ、距離、存在感というものが感じられる。
 チュッゲンがあることにより、現実に引き戻されるのだ。このすごい景色が真実なのだと。

 そしてようやく頂上だ。先ほど鎖にしがみつき云々と書いたので、登ったことのない方はびっくりしたかもしれないが、ゆっくりとなら誰にでも登れる。ロッククライマーの訓練がいるほど(笑)むずかしくはないのでご安心を。
 最後の一歩を登り終えて、ついに私はこれまで見てきた景色とは反対側をのぞき込んだ。
 ・・・そこには、想像していた通り、ただただ果てしなく広がる無言の雲海だけが待っていた。

 街も湖も何も見えなかったが、満足した。ここで手にいれたこの景色、これは私だけのものだ。

 ただし私は自分が高所恐怖症であることをすっかり忘れていた。メンリッヒェン頂上はけっこう狭い。10人も立てばいっぱいだ。そして足元から続くその下に雲海が広がっている。足がすくんだ私はすぐに座り込んでしまった。下から風が吹き上げると、なまじっかの人工展望台よりずっとスリリングだ。

 5分ほど頂上で休んでから下り始めた。登りより何倍も下りの方が恐い。このときは独りできたことをちょっと後悔した。
 ほぼ予定時間ジャストに私はゴンドラ乗り場に戻ってきた。

 次回はようやく9月3日の最終回です。

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