*** アルプスは今日もお天気 ***

第18話 アイドルはカラスの巻


 雲が動き始め、ちらちらアレッチ氷河が顔を出すようになったので、私たち3人は、ヨッホ最大の売り物、スフィンクス展望台に上がることにした。
 エレベーターはシーズンには混みまくるとどのガイドブックにも書いてあったが、増設したせいか、シーズンをはずれているからか、はたまた日本人団体様の貴重な1時間が既に全て終了しているせいか、がらがらに空いていた。私たちの他にはもう1〜2人がいっしょに乗った程度である。

 エレベーターはぐんぐん上がっていく。新品だから速度もアップしたのだろうか。速い速い。あっというまに頂上に到着だ。

 頂上に着くと円形の部屋があり、その外が写真でも見たことのあるスフィンクス展望台だ。早速外に出てみる。プラトー展望台よりは風がないぶん暖かく感じる。もちろん寒いけど…。
 展望台は足元が格子状の金属でできた四角いスペースだ。もちろん転落するお客さんが出ないように手すりがある。隣接する私たちが出てきた建物のてっぺんには、天文台の頭がついている。ゴルナーグラートのクルムホテルもそうだが、アルプスの山の上は晴れた日には最高の観測所になるのだろう。そういえば、ヨッホの何処かで天文のパンフレットを見たぞ。

 とにかく足元が格子状だから、下から風が吹くと雪が舞い上がる。ちょっとスリルがある。何かのガイドブックにハイヒールでも行ける展望台とあったような気がしたが、ヒールが格子にはまって、笑いものになるだけだと思う。
 こんなに天気が悪いのに、お客さんは結構たくさんいる。日本人は少ない。

 私たちが外に出てから、すぐにまたアレッチ氷河がくっきりと姿を現した。
 ガラスのフィルターを通さない、生の目で見る感動はまた違っている。あそこに本当にアルプス最大の谷氷河が横たわっているのだ。
 是非とも次回はエッギスホルンあたりに行って、足元に見下ろしてみたいものだ、次回があればね。
 そこでふと、ラウターブルンネン谷は氷河が削ったU字谷というが、ということは遥か大昔はあの村のある場所もああした氷の下だったのか…なんて思ったりした。

 そうしているうち、白いもやが、再び氷河を覆ってしまった。もう、氷河も顔を出しそうにない。観客も皆、見るべきものは見たし、寒いから帰るか…という雰囲気になった頃である。一羽の黒い鳥がふわりと手すりに降り立った。
 カラスに似ているが小型でくちばしが真っ黄色だ。キバシガラスという鳥だった。
 日本のカラスは怖いが、このカラスは愛嬌があった。思わずカメラを構えて写真を撮ると、小首を傾げてポーズを取ってくれる。振り向くと、みんな同じことを考えたらしい。外人さんが何人か寄ってきて、みんなカメラに収めている。恰幅のいいおじさんがそろそろとカラスに寄っていく。ある距離まで近づくとカラスはとッとッとッと横へ跳ねて移動し、またじっと観光客たちを見ている。その仕草が可愛い。でもこんな雪と氷の世界に餌があるのだろうか。彼らはゴルナーグラートにも大挙して、いた。高いところが好きなようだ。

 そろそろヨッホを降りることにしよう。戻る途中のトンネルの中で、簀の子のような板の上に乗って休んでいる犬たちに会った。たくさんいる。犬ぞりをひく犬だ。たぶん今日は天気が悪いのでお休みなのだろう。どの犬も大人しく、近寄っても吠えたりないたりせず、じっと腹這いになっている。

 下りの電車は「大津号」だった。車両の後ろに命名由来が日本語で書いてある。しかし、行きの電車とは大違い。日本人は数えるほどしか乗っていなかった。私たちの車両は、大半が欧米系の方々で、一組東洋人がいたが、顔立ちからして韓国の方らしかった。
 ということは、日本の団体様は、まずあのアレッチ氷河を見ることはなかったということだ。心から同情してしまう。さぞやJBの運賃が高く思えたことだろう。

 そして、アイガーグレッチャー駅に着くと、トンネルを抜け、一気にあたりが明るくなる。みんながいっせいに左手の窓を見る。そこには、さっきまで私たちがいた遥かな高みが見えるはずだった。
 ユングフラウは何とか見える。でも輪郭はもう雲と区別がつかない。メンヒは雲の中だ。アイガーだけは右上が欠けているがほとんどはっきり見える。私たちがアレッチ氷河を見ることができたのは、本当に幸運だったようだ。あれほど雲が出てしまっては今日はもう何も見えないだろう。
 おっ、行きは3山ばかり見て気がつかなかったが、アイガーの向こうに見えるのはヴェッターホルンじゃないか。カメラカメラ!

 さて、この段階で私が悩んでいたのは、午後のハイキングコースだった。
 予定ではクライネシャイデックからウェンゲルンアルプまで歩くつもりだった。景色は最高だし、下りだし、所要40分ほどだというし、そのまま来た電車に乗ればラウターブルンネンまで帰るのも楽だし。
 しかし、よく考えるとこのガイドブックのいう「素晴らしい景色」というのは、今朝がた涙を流しながら見た、あの角度のことだ。確かにあれは素晴らしかったけれど、どうせなら違う角度のものを見たいではないか。
 そこで候補に挙げたのがクライネシャイデックからメンリッヒェンまでのコースだった。これこそメジャーなコースで、ほとんど斜度はなく平ら、景色も太鼓判と言われている。そのうえ、メンリッヒェンは昨日行きそびれている。
 ただし、懸念しているのは、わずかでもクライネシャイデックから行く方は登りになるということ、メインの3山に背を向けて歩くことになるということ、所要時間1時間15分と、当初予定していたよりちょっと長めであるということの3点だった。どうするかなーと思っているうちにクライネシャイデックの駅に着いていた。

 この時のヨッホも寒かったけど、今は日本も寒いですよね。あ〜、温泉に行きたいな〜。スイスは初心者だけど、私たち夫婦は東日本の温泉にはちょいとうるさいのだ。次回からメンリッヒェンへのハイキング編に突入!

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