10.キャッチア(リトルリトル)クラブ
ケアンズ周辺のオプショナルツアーで人気のものに、キャッチアクラブ(キャッチャクラブ)と呼ばれるアクティビティがある。
高級シーフードのマッドクラブ(泥蟹)をその場で採り、食べさせてもらえるというもの。
ずいぶん昔・・・もしかしたら十年以上前からパパがケアンズでやりたいことのひとつだった。
でも私はそんなに興味がなかったし、パパもカニ捕りそのものをツアー客がやらせてもらえるわけでは無いと知り、優先順位が低くなってしまった。
だから未だにキャッチアクラブをやったことがない。
何となく機会がないまま現在に至っている。
十日目 5月5日(土) |
ミッションビーチでの最後の自由日は、タリー渓谷へ行ってみることにした。
一日がかりで出かける覚悟があれば、他にももっと気になる場所はいろいろあったのだが、半日程度だと、それほど遠くへは出かけられない。
本当は一番行きたい場所はワラマンフォールズだった。
落差278mのワラマン滝はオーストラリア最大の高さだ。
その迫力の写真はザ・グレート・グリーンウェイのパンフの表紙を飾るぐらいだ。
でも道は遠い。ミッションビーチから100キロ南にある町インガムからさらに内陸へ向けて50キロ以上。しかも最後の43キロは未舗装らしい。
いくらケアンズから行くよりずっと近いと言っても、現実的には陸路を行くのは無理だとパパは言った。
だよねぇ。
諦めるしかないか。
それも今回の旅行でということではなく、そもそも行くのが無理だって話だよね。
それで半日で行かれるドライブコースを探した。
候補に挙げたのはタリー渓谷とMurrayフォールズ。
Murrayフォールズへの曲がり角はカードウェルに行ったときに見かけた。淡水で泳ぐこともできるらしい。ただ、パンフレットなどに写真があまり無いのでそれほど飛び抜けた景観ではないのかなと思った。
ワラマンフォールズほどではなくても、それなりに万人が認める絶景はだいたい様々なパンフレットの目立つところに使われるからだ。
タリー渓谷は、ほら、あのラフティングで有名な場所だ。
ライジングサンダーとかR'n'Rとかの会社がゴムボートでの激流下りを催行している場所。
タリー渓谷もタリーゴージ・ナショナルパークという国立公園に指定されているが、この渓谷に行く道は二つある。
ひとつはタリーの町からアクセスする方法。
もうひとつは
インノット温泉に行ったとき通った
アサートン高原のレーベンスホーからアクセスする方法だ。
タリーから行く場合は北西に向けて56キロほど舗装路を走るとタリー渓谷に着く。
レーベンスホーから行く場合は南に向けて23キロほど舗装路を走るとタリー渓谷に着くらしい。
この二本の道は地図上でほぼ同じ場所を目指していながら、何故か交差しない。
タリーから行く場合とレーベンスホーから行く場合は同じ渓谷の目と鼻の先に着きながら、互いに車では行き来できないようだ。徒歩では行き来できるのかどうなのかちょっと判らない。
タリー渓谷には滝があり、その南にはkoombooloombaというダム湖があるようだが、これらはレーベンスホーから伸びているルートからしかアクセスできない。
じゃあタリーからアクセスする道には何があるのかというと、まずラフティング会場。それからキャンプ場。そして行ってみて判ったが電力発電所(Kareeya
Power Station)がある。これらのためにこちらの道は舗装されているようだった。
出発したのは朝7時半。
パパは午前中ドライブして昼には戻って来るつもりだった。
私はせっかくタリー渓谷まで行くなら渓谷の景色の良いところでランチでも食べてゆっくり帰ってくればいいと思ったが、パパはさっさと帰ってきて午後も子どもたちをプールで遊ばせるつもりでいた。
ウォンガリングビーチからバニヤンクリークを渡りブルースハイウェイに出る手前、牛が草を食む放牧地があり、そこに白い鳥が沢山見えた。
もう本当に沢山。牛より多いくらい。
でもあっと言う間に通り過ぎてしまったので写真に撮れなかった。
「ホントなんだよ。いーっぱい大きな白い鳥がいたの」
「でも見えなかったよ」
「あのね、あまりに景色にとけ込んでいたから判らなかったんだと思う。今度また見つけたら教えるね」
タリーの町に入る手前でシェルの看板を見つけてガソリンスタンドに入った。
ミラミラで懲りているから早め早めの給油を心がけよう。
こちらのガソリンスタンドにはコンビニみたいな店舗がくっついていることがある。スーパーマーケットのコールズの子会社なのか、ロゴも同じで名前はコールズ・エクスプレス。
パパがそのコールズ・エクスプレスに行ってしまい、私は暇なので車から出てみた。
ガソリンスタンドの周りをツバメが飛んでいる。ひゅんひゅんと弧を描いて。
電線にも何か別の鳥がとまっている。
背中が黒っぽくてお腹が真っ白。くちばしは青っぽく見える。
それをカメラで狙って何枚か撮影していたら、隣で給油していた車の窓からジャマイカ風のスタイルをした男性が何人か顔を出して、「グッジョブ、グッジョブ」と応援だか冷やかしだかよく判らない声援を送ってくれた。
もう何度もタリーの町には着たことがあって、タリー渓谷への曲がり角はだいたい判っていた。
ブルースハイウェイからタリーの町に入る信号を右に曲がると、すぐに左手にタリー渓谷の表示板が現れる。
直進してバニヤンストリートにぶつかったら左に曲がる。曲がり角の目印は郵便局。ここにも表示板がある。
あとはほぼ道なりに進めばいつの間にか一本道。迷うこともないだろう。
郊外の景色はゆるいアップダウンのある農村地帯。
さとうきび畑と酪農地帯。
酪農地帯の馬か牛の放牧地には、1/3ぐらいの確率でさっきと同じ白い鳥が群がっていたが、いつも写真には撮れなかったしパパにもよく見えなかったようだ。
あの鳥は何をしているんだろう。必ず牛か馬の群の中にいる。一緒に牧草を食べているんだろうか。
本当に景色の良いドライブコースではある。こういうのんびりした景色が好きな人にはお勧めだ。でもあまり変化は無いかもしれない。
しばらく行くと、だんだんさとうきび畑ではなくバナナ畑が増えてきた。
タリー郊外はバナナとライチの産地でもある。
ふいに林の影から小型の飛行機が見えた。
黄色い飛行機で放牧地を低空飛行している。
「わー、いいなぁ。あれは違うかもしれないけど、カードウェルから飛ぶ遊覧飛行機があるんだよ。あれに乗ってみたいなぁ」
「俺は乗らないよ。落ちたら嫌だから」
「値段が高いから躊躇していたけど、次にミッションビーチに来たら絶対乗るぞ」
「どうぞ」
「海の上を飛ぶコースもあるけど、ワラマン滝へ行くコースもあるんだよ。陸路が無理なら空から行ってやる」
マイクロライトで飛べたんだからもう怖いものは無い。
あとは飛行機からもちゃんと景色が撮影できるのかが心配なだけ。
辺りの景色が森とバナナ畑ばかりになってきた。
まだ朝のうちだからか、バナナ畑に注目していると畑の中を突っ切っているこの道を、いろんな動物が横切る姿が見える。
「あっ、マグパイだ」
まあマグパイは珍しくない。
「あっ、真っ青な鳥だ」
何だろう。一瞬で判らなかったけどカワセミかしら。
「ああっ、カンガルーだ、カンガルーだ、親子連れだ、親子連れだ」
マリーバのゴルフ場では珍しくない野生カンガルーだが、それ以外の場所ではたまにしか見られない。
このタリー渓谷に行く道では今回二回も野生カンガルーを目撃してしまった。
バナナ畑に散水するから集まるのかもしれない。
この道は動くものがいっぱいで退屈しない。
でもいくらなんでもスピードを出して走っている車の前方を前ぶれもなく横切る動物は撮影できない。
あっ、また次のバナナ畑だと思って最初からカメラを構えて待っていると、そういうときは何にも出てこないものだし。
道はあまり山道らしくならない。
本当に渓谷に到着するのか不安になるほどだ。
千葉の房総半島に養老渓谷という場所があるが、あそこも何時までたっても山道にならないまま渓谷に到着してしまった。
渓谷というと山深いところにあるイメージだが、タリー渓谷も養老渓谷みたいにこんなに平坦な場所にあるのかしら。
綺麗に舗装されたアスファルトを進んでいくと、だんだん前方に山が見えてきた。
道は相変わらずごく緩い上り坂のままだが、少しずつ渓谷らしい景観になってきた。
右手にずっと川が流れている。
川の向こう、ずっと右奥の方に渓谷と呼ぶにふさわしい絶壁が見えていた。
「で、目的地はどこなの?」
道は目の前で行き止まりになっていた。
道の左に発電所が建っている。
ただそれだけ。
えーと、目的地って・・・単に綺麗な景色を見てドライブしただけって言うのは駄目?
当然子どもたちは降りないから私とパパだけ車の外に出てみる。
発電所の斜め前に駐車場のようなスペースがあって、そこには赤いゴムボートをせっせと膨らませている水着姿の男性が一人いた。
どうやらここはラフティングのスタート地点のようだった。
駐車場の一角にR・サンダー・ラフティングとペンキで書かれた鉄の枠のようなものがあって、そこからケーブルが伸びている。
「あれはきっとゴムボートを吊して川まで降ろすためのケーブルだよ」とパパが言った。
えっ、でも肝心のゴムボートは? それにラフティングのツアー客は? 今そこでボートを膨らませている人は単なる個人みたいだけど。
「まだ朝早いから渓谷に到着していないんだよ。ケアンズから沢山のお客さんを乗せて、今頃バスがこっちへ向かっている途中だって」
パパは売店の一つぐらいあるかと思ったんだけどなぁ、と辺りを見回した。
私は売店なんてあるわけないと思っていたが、もうちょっとこう、公園みたいな場所があるんじゃないかと思っていたがやはり何もなかった。
するとそこへトラックが到着した。トラック本体にも後ろに引っ張っている台にもゴムボートが山と積まれている。ライジングサンダーのボートが到着したのだ。
ラフティング客の到着前に準備しなくてはならないため、見ているとスタッフの男性が数人降りてきて、せっせとボートをケーブルに吊し、下へ降ろし始めた。パドルやライフジャケットを運んでいる人もいる。
へえー、こんな風に準備するんだ。
鉄枠の付いたケーブルの右側に、川沿いへ降りる細い道がついていた。
一人っきりでせっせとボートを準備している人に「ハイ」と挨拶してから、細い道を下ってみた。
「ああ覚えている。確かこの道だったよ。ここを降りてボートに乗ったんだ」とパパ。
私たちは10年以上前だがライジングサンダーのラフティングを体験したことがあるのだ。ついでにR'n'Rのラフティングも。
どちらもほとんど差がなかった。やっていることはほぼ同じ。
6人の参加者と一人のガイドがボートに乗り込み激流を下る。最初に簡単な号令と漕ぎ方を教わり、あとはもういきなり本番。
ぬれるので水着。日焼け防止にその上にTシャツ。足下はかかとのある靴。スポーツサンダルでも可だがかかとのないサンダルはNG。眼鏡を掛けている人はつるにストラップをつけるよう言われる。
最初のうちはもう何が何やら判らずもみくちゃにされるばかり。時々ボートから振り落とされたりする(一人一回は突き落とされるのがお約束だった)。
要所要所では岩の上からスタッフが記念撮影してくれたりする。
ランチは陸地に上がってセルフサービスで食べた。
午後は午前中に比べればゆるやかで楽な流れだった。
私たちはところどころ階段状になった細い道を降りていき、川沿いに出た。
そこからもケーブルを使って次々とボートが川に降ろされる様子がよく見える。
この辺りの流れは岩がごつごつで、よくこんなところでラフティングしたなと怖くなったぐらいだ。
ちょっと川を見て、それからもとの道を引き返すと、さっき個人でゴムボートを膨らませていた男性とすれ違った。
ツアーと違ってケーブルでボートを降ろせないから、自分で担いで降りてくる。
趣味でラフティングをしているんだろうけど大変だなぁ。それになんと言っても一番の問題は川は一方通行なので片道は徒歩で歩かなきゃいけないってことかも。
何もすることもないので車に戻った。
道の突き当たりに来るまでに、何カ所か駐車場みたいになって車が停まっている場所を見かけたから戻りながらひとつずつチェックしていこう。
道を下り始めてすぐに今度はR'n'Rのボートを降ろすケーブルを見つけた。さっきとは金属の枠の色が違う。
それからもう少し下ると、車の二台停まった駐車場のようなスペースを見つけた。
ここからも下に降りられるようなのでまた車を降りて川沿いまで降りてみた。
さっきと同じ様な小径で、途中にグリーンのシートで屋根を作った休憩スペースのようなものを見つけた。
テーブルの上にはアウトドア用の大きなクーラーボックスやジャグがいくつも置かれ、男女二人が荷物を広げたり準備をしているところ。
木の間にはおこぼれを狙ってブラッシュターキーがうろうろしている。
「あれはラフティングツアーのランチ会場だよ」とパパ。
なるほど。
そういえばあんな感じのところでお昼を食べたっけ。
「上に停めてあった車の一台はこのランチ準備係のもので、もう一台はさっきの個人でラフティングに来ていた人の分じゃないかな」
川縁まで降りると、二本の小さな滝が見えた。
「あの滝に見覚えがあるよ」
そうだっけ。
私はラフティングをしたときは二度とも体調があまり良くなかったのでひたすら振り回されて終わってしまった。辺りの景色など楽しむ余裕も無かったような気がする。
足下の水はとても澄んでいて綺麗で、今ならもうちょっと落ち着いてラフティングできるかもなぁと思った。
でもあの頃より若くは無いのだからもっときついのかな。
近くの岩にトンボが二匹とまっていた。
体がメタリックブルーで羽がサングラスみたいに濃淡がある綺麗なトンボだった。
もうちょっと下ると、今度は道から川が見える場所にまた小さな駐車スペースがあった。
フリップ・ウィルソン・ルックアウトと書かれている。
ルックアウトと言っても取りたてて何があるという景色ではないが、とりあえず川が道のすぐ横を流れているからそれを見ろということか。
いやいやこのルックアウトは川を見るものではなかった。
Raft Sightings Daily Approx Time 2pmと書かれている。
そうか、ここは必死で激流を下ってくるラフティングツアー客を見物するためのルックアウトだったのか。
でも午後2時まで待つわけにもいかないので立ち去ることにした。
とにかく毎日午後2時になると、ここで楽しい光景が見られるということらしい。
最後にもうちょっと戻るとキャンプ場があった。
普通にタリー渓谷に遊びに来た日帰り客は、このキャンプ場で遊ぶべきなのかもしれない。
もちろんテントを張ってキャンプもできるが、トイレや更衣室もあるし、ピクニックテーブルもある。
キャンプ場の中央に立つ背の高い木の周りに、沢山ユリシスが飛んでいた。
ひらひらと青い光が点滅しているみたいだ。
凄い凄いと思ってカメラを構えたが、何しろ木が高すぎるのでその周りを飛ぶユリシスまでズームが届かない。
動きも素早いし撮れたかと思うといつものように外側の黒い羽ばかり。
パパはどんどん先へ歩いていってしまうので残念ながらこれはと思うものは撮れなかった。あんなに沢山いたのに。
キャンプ場からも川縁まで降りることができる。
流れが速いので注意といった看板もある。
水際まで降りると、釣りをしている少年たちがいた。
水着姿にタオルを巻いているご婦人も。
さっきのラフティングスタート地点に比べると流れも広く緩やかになっている。
対岸の崖が高いので、10時近いこの時間でもまだ川面に太陽の光は届いていなかった。
この辺の岩の上でお弁当を広げるのもいいかもしれない。
流されるのが怖いので、水の入るのは注意がいりそうだった。
車に戻ってみると、カナとレナがぎゃーぎゃー悲鳴を上げていた。
車の中に巨大な蝿が二匹入り込んで飛び回っていた。
「この虫、出してー」
「きゃー、こっちに飛んでくるー」
ドアを開けてもなかなか出ていかない。パンフレットで脅かしてようやく逃がしてやった。
タリーとタリー渓谷を結ぶこの道はずっと電信柱が立っている。
行きはこんな田舎道に何でだろうと思っていたが、今は判っている。道の終点に、おそらくはkoombooloombaダム湖を利用した水力発電の発電所があったからあそこの電気を運んでいるのだ。
タリーの町外れにも配電所のような施設があった。それを通していろいろな地域に運ばれていくのかもしれない。
渓谷北のレーベンスホーにも風力発電用の風車が並んでいた。
タリー渓谷周辺というのはド田舎でありながら、実は自然を利用したなかなかの電力エネルギー生産地帯であるのかもしれない。
バナナ畑を抜けるとき、またまたカメラの電源を入れっぱなしにしてみたが、朝ではないからかもう何も出てこなかった。
その代わり、正面から大きなトラクターがやってくる。そのタイヤと来たら私たちの乗っている車の背丈ほどある。
思わずカメラを構えたら、運転手のおっちゃん、それに気づいて嬉しそうに手を振ってくれた。
あははー、陽気だね。
帰り道の放牧地帯でまたまたあの白い鳥を見た。
「あそこあそこ!! 牛がいるところ。それも何だか岩の上にいっぱいとまっている」
早めに言ってくれれば車を停めるからとパパが言っていたので早速停めてもらった。
少し行きすぎたが走って戻る。
うっそー、鳥なんか見えないよって言っているパパに証拠写真を見せなくては。
まばらにユーカリの生える草原地帯の柵の中に十数頭の牛と馬がいた。
鳥がとまっている岩は私がいる場所から少し離れていた。
早くしないといなくなっちゃうかも。
息を切らして走っていると、鳥が飛び立った。
ああっ、待って待って。
とりあえず飛び立ちかけたところを撮影する。
翼の大きな白い鳥で飛んでいる姿は白鳥みたいな形をしている。
まだ何羽か残っている。もっと近づいて・・・
ああっ、また飛び立った。もう無理かも。
いやまて、まだ一羽だけ岩の上に残っている。
・・・
待て。
あれは岩じゃない。
えーっ、うそ。あれは岩じゃなくて牛だよ。牛が寝そべっている。その背中に鳥がとまっている。
てことは、さっきのあの鳥たちはみんな岩じゃなくて牛の背中にとまっていたの?
おっかしーい。
牛も背中に大きな鳥が乗っていても気にしないのかな。
私がシャッターを切り終わると最後に残っていた一羽も飛び立った。
牛と鳥が仲良しなんて面白い。
証拠写真が撮れて良かった。
タリーの町に戻ると、少し雲が増えてきた。
朝ご飯もろくに食べられなかったのでみんなお腹が空いている。
この町は建物の屋根のシルエットなどクラシカルで雰囲気がよいのだが、ストリート自体は気軽に観光客が歩くには少し不穏な雰囲気がある。
たぶん果物の収穫シーズンのみ働く季節労働者が多いからではないかと思う。
一昨年入って人形の洋服を買ったおもちゃ屋さんのショーウィンドーが割られていた。
投石でもされたのか放射線状にひびが入っていてテープで補修してあった。
まずはいつものバニヤン・ショッピングプラザのIGAでショッピング。
もう生鮮食料品は必要ないから主に日本に持ち帰るためのお菓子類。ここはTimTamの種類も豊富だし、他にもいろいろなものが売っている。
明日の帰国日、時間があれば
スミスフィールド・ショッピングセンターに寄るつもりだが、まだどうなるかちょっと判らない。ここで必要なものを買ってしまおう。
ティーツリーの石鹸に、ティーツリーオイル。
バケツ入りの蜂蜜。
レナはこれも買っていい?と見るからに甘そうなキャラメルとナッツのお菓子を指さした。
タリーのメイン通りの一角にシーフードショップがあった。
空腹のレナがぐずぐず言うのをなだめながら歩いていたので私は店内には入らなかった。
パパとカナだけが入って直ぐに出てきた。
「レストランじゃなくて売っているだけだった。でもカードウェルやミッションビーチのシーフードショップと違って生ものを置いていたので今度買いに来よう」
そう、今探しているのは、食材を売っている店ではなくすぐに食べされてくれるレストランかカフェだった。
タリーではなかなかこれという店が見つからなかった。
仕方なく私たちはミッションビーチまで戻ることにした。
ミッションビーチのメインストリートに行けばランチを食べられるカフェがよりどりみどりだ。
もう次にいつタリーに来られるか判らなかったので、帰りがけにずっと寄ってみたかったところに寄った。
それはゴールデン・ガムブーツ。
黄金のゴム長靴。
たぶんタリーで一番の名所だと思う。
広場の片隅に巨大な8メートルの長靴が聳えていて、どこぞの大仏さまのように中の階段から昇ることができるのだ。
長靴の外側にはこれまた巨大な緑のカエルちゃんが張り付いている。
まず子どもたちが先に上まで登った。
てっぺんから顔が見える。
私も追って登ってみた。
上からカエルちゃんの頭を見下ろす。
タリーというのはオーストラリアで最も降雨量の多い町だ。
長靴の中にも大雨の年の写真パネルなどが貼ってあり、洪水状態の町が写っている。
「こんなに雨が降るんじゃ長靴が必要なわけだよなぁ」とパパ。
ちなみに8月終盤から9月初旬の週末にはゴールデン・ガムブーツ・フェスティバルというお祭りも開かれる。
タリーからミッションビーチに戻る途中の道に、木を女性に見立ててビキニを着せている変なディスプレイがある。
別に店の宣伝とかそういうものではなく、誰かが悪ふざけでやったものらしい。
ギリスハイウェイの岩のカエルでも思ったが、こういうことを熱心にやってしまう国民性に笑ってしまう。
「ミッションビーチにはアジア風のカフェがあったからそこにしようか」とパパ。
「いいよ」と私。
パパが思ったアジア風の店というのはファーストフード店と中華料理店とピザ屋が並んで共通の座席を置いていたカフェFish
Bitesのことだったが、私が思ったアジア風の店というのはタイやインドネシア料理を出すカフェCoconutzのことだった。
「えーっ、ココナッツの方が料理が断然美味しかったよ」と、パパの思惑を知って思わず言った私。
「じゃあそっちでもいいよ」
パパは別にどうしてもここにしたいというわけじゃ無かったらしい。
私は一昨年カフェ・ココナッツで食べたフィッシュケーキの味が忘れられず、滞在中に一度は行きたいと思っていたところだった。
カフェ・ココナッツはミッションビーチメインストリート沿いにある。
メインストリートからビーチへ向かう道があるがその角だ。
オレンジやローズピンクのファブリックがエスニックな雰囲気を醸し出している。
夜にはライブも行われるようだが、私たちはランチしか利用したことがない。
オープンエアの席には一組の客が座っているが、店内の電気は暗く、営業中なのかよく判らない雰囲気だった。
ボードには今日のお勧めがチョークで書き出されている。
ナシゴレン、シンガポールヌードル、タイレッドカレー・・・私の気に入っていたフィッシュケーキは無い。
別のメニューからフィットチーネ・マリナーラを選んだ。パパはアジアン・スタイル・フィッシュ。子どもたちにはピザ。
店内に入って呼ぶと、ようやく注文を取りに来たオージー男性は得体の知れない漢字プリントの入ったTシャツを着て、フォークとナイフだけでなく「おてもと」と書かれた割り箸を置いていった。
やっぱりカフェ・ココナッツの料理は美味しいと思う。
子どもたちのピザはこちらが何も言わなくてもお皿を二枚に分けて半分ずつ乗せてきてくれた。こういう心遣いは嬉しい。
この店は奥に同系列と思われる雑貨屋があり、その奥にインド風スパの店がある。
食後のデザートメニューは一昨年は変わらなかった。
どれも美味しそうだけどレナに選ばせればやっぱりダブルチョコケーキ。
デザートを待つ間、パパと交替でビーチに散歩に出てみた。
カフェ・ココナッツからはビーチまで30秒。
椰子の木の向こうに真っ青な海。
この景色を見るだけで幸せになれる。
ダンク島、船、白い雲。
引き潮の砂浜は広く広く、波の引いた後は空と雲が写っている。
ああもう・・・今日でこのミッションビーチともお別れだ。
ウォンガリンガに戻ると、道路を挟んだ家でブロック工事をしているのが見える。
私は気づかなかったが、パパは朝から見ていたようで、半日でずいぶん仕事が進んだと言っていた。
子どもたちはまたすぐに水着に着替えてプールへ向かったが、流石に何日もプールでばかり遊んでいたので少し違うことをやってみたかったらしく、珍しくビーチの方に遊びに行った。
沿岸部はボックスジェリーフィッシュ(ハブクラゲ)やイルカンジが出るため、寒い時期以外は泳げない。
ミッションビーチとサウスミッションビーチにはクラゲ除けのスティンガーネットで囲われた遊泳エリアがあるが、中央のウォンガリングビーチには無い。
なので、砂浜で遊ぶしかない。
子どもたちは持ってきたポケモンの人形を使って砂浜で遊び始めた。
ちらほらと散歩している人もいるが、ほとんどこの広大な砂浜が自分たちの庭のようだった。
砂を積み上げて、周りに壕を作って、拾ってきた貝や木の実で転々と道を作る。
二人で夢中になって遊んでいる。
ふいに上空に小型飛行機が現れた。
パパがダンク島に降りるんじゃないかとつぶやいたら、その通り、飛行機は一回旋回してダンク島に降り立った。
続いてもう一機。
船じゃなくて飛行機で島に渡る人もいる。
確か島のゴルフ場の奥に滑走路があった。
いつの間にかBちゃんも砂浜に来ていた。
学校が終わったので遊びに来たのだろう。
いつものようにカナとレナはつかず離れずの微妙な距離を置いている。
間にあるのは言葉の壁と性格的なもの。
前にファームステイしたアイカンダパークで出会ったセイラとロッキーはとてもフレンドリーで積極的だったが、Bちゃんはとにかく恥ずかしがりやだ。そしてうちの娘たちも。
カナとレナがせっせとポケモンの城を作っている間、Bちゃんは波の引いた浜で何かを拾っている。小さな玩具のバケツに拾ったものを集めている。遠目には泥のようにしか見えないが、砂の中に埋まっている何かを探しているらしい。
パパが聞いた。
何をしているの?って。
するとBちゃんはバケツの中を見せてくれた。
最初は茶色の泥が入っているようにしか見えなかったが、よく見るとそれは泥の中に埋まった指先に乗るくらいの小さなカニだった。
Bちゃんはカナとレナの近くまでやってきた。
パパがポケモン知ってる? と聞くと、恥ずかしそうに肯いた。
「えっ、ポケモン知ってるんだ」カナも吃驚した顔でBちゃんを振り返った。
「これは判る? これはピカチュウ」
Bちゃんは知ってると言う。
「じゃこれは? フシギダネとニューラ」
Bちゃんは手の平を上に向けて肩をすくめた。
「ミュウは? マナフィは?」
また肩をすくめた。ピカチュウ以外は判らないらしい。
でも何となく子どもたちの間に交流らしいものが生まれた。
「で、どうやってカニを捕まえるの?」
Bちゃんに聞くと、教えてくれた。
波が引いた後の砂を見て、色が変わっているところを探す。
茶色の砂の中に、褐色の部分を見つけたら、その中にカニが隠れている。
さあみんなでやってみよう。
子どもたちは夢中になった。
三人で砂浜を探しカニを掘り起こしてはバケツに集めた。
最初はカナはなかなか見つけられずにいたが、コツが判ると簡単だった。
黒いところを見つけたらその周りの砂ごとざっくり手ですくい取るとカニがいる。
もたもたしていると飛び降りて逃げてしまう。捕まえるときは迅速に。
Bちゃんは手を使わずにまず足先で砂を蹴り上げる。するとカニが逃げ出すのでそれを捕まえる。最初から手を突っ込むより手が汚れなくて済む。
ビーチには面白いほどカニがいた。
バケツにはどんどんカニが溜まった。
私とパパはプールサイドのオフィスに行ってロラリーにチェックアウトの精算をしてもらったが、そうしている間もずっと三人の子どもたちはカニ探しに夢中になっていた。
最後にカニを洗って数えた。
なんと100匹以上いた。
数えた後は波打ち際で逃がしてやった。
カニたちはもそもそと砂の中に潜っていった。
こんなに楽しい遊びを教えてくれてありがとうBちゃん。
うちの子どもたちと一緒に遊んでくれてありがとうBちゃん。
「パパもやっと憧れのキャッチアクラブができたね」
「キャッチアクラブだぁ〜〜、あのまめつぶみたいなカニが〜。絶対俺がイメージしていたのと違うぞ」
まあいいじゃん。
ちなみにこれは罠を仕掛けて捉えるわけではないから、正確には「キャッチ」ではなく「ハント」だが、その辺のツッコミはご容赦を。
ウォンガリングビーチに夕暮れが訪れた。
この旅で見る最後の夕暮れだ。
波打ち際で釣りをしている人がいる。ウォンガリンガの宿泊者だ。
しばらく釣り糸を垂れていたようだがやがて戻ってきて、すれ違ったときにパパが釣れた?と聞くと、さっぱりだと肩をすくめられてしまった。
部屋に戻るともうさっぱりシャワーを浴びた子どもたちが水泳用ゴーグルが足りないと騒いでいる。
たぶんプールサイドに置いてきてしまったのだろう。
こういうとき忘れ物、無くし物をするのもレナと決まっている。
「ママが取りに行ってくるから待っていて」
プールサイドに行ってきょろきょろ探しているとロラリーが現れた。
私の姿を見るとすぐに目的が判ったらしく、オフィスからゴーグルを持ってきてくれた。
「これでしょ?」
「サンキュ〜」
「ねえ、来年また来てくれる?」
「・・・」
オフコースと躊躇いもなく答えられたら・・・。
でも判らない。
予算も休暇も限られている。オーストラリアに来て、またここに泊まりたい気持ちだけはとてもとても強いけど。
困っている私の顔を見て、ロラリーは言った。
「メイビー?」
「メイビー」
そうきっと。
「あなたたちのために8号室を空けておくわね」
ありがとう。
お昼にがっちりと食べてしまったので夕御飯は少しで良かった。
大人はカレーの残りを食パンの残りと一緒に。
子供はハッシュドポテトとご飯で。
野菜も全部サラダにしてしまった。
もう生ものはほとんど残っていない。
テレビでは何故か料理の鉄人を吹き替えて放送している。
鹿賀丈史が英語でしゃべってる〜。可笑しいぞ。
ニベアフォーメンのCMは日本とまったく同じ。日本ではわざわざ洋画風のアレンジをしているのかと思ったらそのまんまかい。
今晩中に荷物を全部詰めてしまわなくては。
明日は朝早くここを出て、昼過ぎには飛行機に乗らなくてはならない。
食後は四人で散歩に出てみた。
夜のビーチは今日も月明かりに照らされている。
ベンチの所にはカップルがいて、グッドイーブニンと挨拶してきた。
海が近い。
昼間よりも潮が満ちている。
波打ち際に立っているとひたひたと水が足をぬらす。
子どもたちは波に追い付かれまいとぎりぎりまで待って声を上げて逃げる。
二人が昼間作った砂の城も、まだ月光を浴びて残っている。
最終日「ゲッコーを探して」へ続く・・・