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ケアンズの南を目指せ **ビーチ&ファームステイ**

9.ダンク島



 ダンク島はミッションビーチの沖合4.5キロに浮かぶリゾート・アイランドだ。
 どのくらい近いかというと、ビーチからダンク島に停泊するヨットの帆やレストランの建物がはっきりと目視できるほど。
 全島がダンク・アイランドNPという国立公園に指定されていて、ダンク・アイランド・リゾートというホテルが一軒だけ建っている。

 島にはトレードマークになっている青い蝶ユリシスの他、数多くの鳥と昆虫が生息していて、美しいビーチと240mを越す熱帯雨林に覆われた山が三つある。
 島でのアクティビティとしては、レインフォレスト・ウォーク、パラセーリング、ウォータースキー、ジェットスキー、チューブライディング、ウェイクボード、パドルスキー、そしてシュノーケルなどがある。

 ミッションビーチからダンク島に渡るには、ミッションビーチの北にあるクランプポイント桟橋から出航するローレンス・カバナー又はクイックキャットのフェリーを使うか、ウォンガリングビーチの外れから出るウォータータクシーを使うか、あるいは人力でこぐカヤックのツアーに入るかなどいくつかの方法がある。
 今回私たちは、ローレンスカバナーのフェリーでダンク島に渡ることにした。

 九日目 5月6日(金)


 雨の音が聞こえると思った。
 今日はダンク島に行くつもりなのに、昨夜の雨がまだやんでいないのかと思った。
 パパは今朝ももう起きている。
 「・・・雨?」
 「違うよ、スプリンクラーの音」
 なんだ・・・。
 「毎朝5時になると庭のスプリンクラーが動き出すんだよ。それも動く前にピーっていう音がするんだ。たぶん近くを歩いている人をぬらさないように警告音を出すんだと思う」
 早朝5時のスプリンクラーが、実は毎朝パパの目覚ましがわりになっていたのだった。
 さらに5時20分になると、衛星放送で日本のNHKニュースが始まる。これを見てから朝のビーチに出かけるのが彼の日課だった。

 今朝のビーチも雲が多い。
 雨は降っていないが、東西南北見回して、空全面に浮かぶ雲。
 青空はぽつりぽつりとわずかな雲の切れ目に。
 日の出とともに海は沈んだ赤紫色になり、雲はルネッサンス期に描かれたミケランジェロの天井画のように水色とオレンジ色が入り交じった繊細な色合いになる。

 そろそろオーストラリア滞在の残り日数が少なくなってきて、もうじき帰らなくちゃならないという寂しさが子供たちにも感じられるようだった。
 久しぶりに朝食はバルコニーで取ることにした。
 さわやかな朝と言うには少々湿度が高かったが、毎日10時頃には青空が広がってくるので今日も期待したい。
 ぽんと飛び出すパン焼きで焼いたトースト。
 大きな紙パックのオレンジジュースと大きなプラスチックボトルのミルク。
 こんがり焼けたソーセージ。
 シリアルとフルーツ山盛り。
 波の音が聞こえる特等席。



 9時半。
 桟橋への送迎車がやってきた。
 先日のクロコダイル・スポッティングツアーと違い、ローレンスカバナーのフェリーはセルフドライブで行っても別に割引などは無い。
 黙って送迎してもらうことにした。
 空はまだ曇っている。
 通りへ出ると、管理人のウェンディが芝刈りをしていた。
 「行ってらっしゃい、楽しんできてね」
 送迎車の運転手は半袖短パンの体格の良いオージー。
 まだ他に誰も乗客はいなかった。

 途中でもう一組乗ってきた。
 年輩のカップルで、旦那さんはオージー、奥さんは東洋系のようだ。沖縄出身ですなんて言われたら信じてしまいそうな顔立ちだ。
 そして送迎車がミッションビーチのメインストリートを通過したとき、公園のようなスペースに「マーケット会場はここ」の表示を見つけた。
 実は明日の土曜日に開かれるとばかり思っていたミッションビーチ・マーケットだが、昨日タリーから帰ってきたときにウォンガリンガの入り口でばったりロラリーに会い、そのとき「電話して確認してみたら、土曜日のマーケットはやっていないんだって」と教えてもらったのだった。
 マーケットは最終日の楽しみで、去年ポートダグラスのサンデーマーケットでやったように、子供たちに浴衣を着せようと思っていた。
 それに土曜日にマーケットがあるからとダンク島行きも天候を無視して木曜日に入れた。
 なのにマーケットがやっていないなんて・・・と、がっかり。
 あの表示はなんなんだろう。
 もしかして明日のマーケットは開催されるのだろうか。
 それとも単に看板を建てっぱなしなのだろうか。



 桟橋に到着すると、海に向かって左手がローレンスカバナーの、正面がクイックキャットの受付になっていた。
 このところ風が強く海が荒れているのもあり、クイックキャットは日帰り客の送迎を行っていない。ダンク島宿泊客だけを運んでいるようだ。
 パパがローレンスカバナーの受付で手続きをしていると、しきりとベダラ島にも寄るツアーを薦められた。
 ベダラ島というのはダンク島の南8キロに浮かぶ小島だ。
 評判の隠れ家的リゾートホテルが一軒建っているが、15歳未満は泊まれない。
 オーストラリアのアイランドリゾートにはお子さま禁止のホテルが少なくない。グレートバリアリーフでは、このベダラ島の他、リザード島やオーフィアス島なども同様だ。
 だからベダラ島には子供を連れて上陸することができないとばかり思っていたが、お子さま禁止なのはホテルだけで、島への日帰り上陸は可能なのだと初めて知った。
 ベダラ島をオプションで追加すると、一人10ドル増しだがブームネッティング(ネットに掴まって船に引っ張ってもらうアクティビティ)がフリーになる。
 天気も悪いし、今日はとにかくシュノーケルに徹すると言うことで、ベダラ島は断った。
 本当はフェリーの往復だけにしようと思っていたが、ウェンディが「島でランチを食べるとエクスペンシブだから、プラス10ドルのランチ付きツアーがいいわ」と教えてくれたので、ツアーにランチはセットした。

 おかしいなぁ、いつもならそろそろ晴れてくる時間帯なのに。
 海上の雲はますます厚く灰色になってきた。
 ミッションビーチに着いてから、昨日まで昼間は何不自由ない天気だったのに、一番気合いを入れたはずのダンク島行きがこんな天気では、あまりにも哀しすぎる。
 船が着くまで桟橋の近くの砂浜を散歩してみた。
 小川があり、透き通った水が流れてくる。
 砂浜にはところどころモノトーンの珊瑚のようなものが剥き出しになっていて、あちこちにハマグリのような貝殻が落ちている。もしかしてこの辺はピピ貝が取れるのかな。
 子供たちも面白がって辺りを駆け回ったりしていたが、もっとはしゃいでいるのは東洋系の奥さんだった。
 ちょっとした時間を見つけて砂浜に走っていって嬉しそうに貝を探したりしていた。
 年齢は私よりよっぽど上なんだけど、その無邪気な様子がとってもチャーミング。

 桟橋には先にクイックキャットのフェリーが着いて、それからしばらくしてローレンスカバナーのフェリーも波を蹴立ててやってきた。
 舳先にダンク島のシンボル、ユリシスのマークがついている。
 結構大きな船だが中はがらがら。オフシーズンだからなのか、天気が悪いからなのか、はたまたこのところ風が強く波が荒いせいなのか、乗客はたったの三組。
 これじゃあクイックキャットと二社で張り合っても仕方ない。
 私たち家族四人と先ほどのオージーと東洋人の夫婦、そしてもう一組オージーらしいカップル。
 桟橋の反対側に停泊しているクイックキャットは、しばらく海へ出る予定はないのかホースで水を掛けて清掃を始めたが、こちらの乗ったローレンスカバナーはすぐに出航した。
 ウォータータクシーよりはずっと揺れないと聞いていたが、それでも揺れる揺れる。
 パパは今回も忘れずに酔い止めを服用したそうだ。
 うん、賢明だね。
 ダンク島までの所要時間はおよそ30分。
 この調子で揺れまくっていたら、船酔い体質の人には笑えない結末が待っている。

 桟橋が遠ざかり、一昨日訪ねたクランプポイントの船着き場も見えた。そしてその南側にミッションビーチ、ウォンガリングビーチ、サウスミッションビーチと黄金色の砂浜が続いている。
 内陸は山だ。
 いつもビーチから海を眺めていたけれど、海からビーチを見るとこんな風に見えたんだ。
 それにしても天気が悪い。
 この風景も初日のような快晴の下で見たらどんなにか綺麗だろう。

 5歳のレナはこっちに来る前から前歯がぐらぐらしていた。
 そろそろ生え替わりの時期なのだ。
 今日も船に乗る前から、もう90度も曲がると言って歯を見せてくれた。
 「あっ、見て見て」
 小さな手の平の上に乗っていたのは、爪の先ほどの透き通った歯。
 「今ね、船がぐらっときて、それから口の中に何かあると思って、ぺってやったらこれだった」
 おめでとう。
 初めて歯が抜けたね。
 「大人の歯が生えてくるよ」
 ダンク島に行く船の中で抜けた初めての歯。
 これも旅の思い出。



 木が生い茂る小さな無人島を過ぎて、だんだんダンク島が近づいてきた。
 時折すれ違うボートに乗った人たちも手を振ってくれる。
 波が荒いためか、時間は既に40分ほどかかっている。
 ウォンガリングビーチから見えていたダンク島のビーチは、砂州のように突き出した部分だということが判ってきた。
 桟橋の隣に海の見えるカフェがあり、砂州に向かってボートやジェットスキーが並んでいた。

 島に到着すると、ほんの少し青空が見えてきた。
 大陸の方は厚い雲に覆われているのに、ダンク島の頭上にだけわずかに青空がのぞいている。
 これから晴れるかな。
 どうか晴れて。
 桟橋でカナがプルメリアの花を拾った。
 「きれーい」
 「レナのは!?」
 何でも同じものを手に入れないと気の済まない妹が泣き出した。
 そこへ奥さんが東洋人の旦那さんがカメラを手に降りてきた。
 「撮ってくれませんか?」
 パパが島をバックに一枚撮影すると、旦那さんは「お礼に撮りましょう」と私たち一家の写真も撮ってくれた。
 レナだけはプルメリアがほしくて泣いたまま。
 カナに写真を撮る間だけと花を渡してもらったけど、ぐずぐずと下を向いたまま、シャッターは切られてしまった。

 カフェの横で簡単な説明を受ける。
 ランチは午後1時。フェリーの中で食べる。
 帰りの便は午後4時出航。3時45分までには桟橋に戻ってくること。
 あとは自由時間。
 カフェの外壁にイラスト調の島の地図が貼ってあった。
 シュノーケルのできる場所などが記載されている。
 えーと、Muggy MuggyとCoconut Beachの沖と、Staff Beach・・・。
 この中で最も近そうなのはMuggy Muggyマギマギだ。
 桟橋からおよそ15分の距離となっている。
 しかしこの地図、描かれているキャラクターはフリントストーン、ジェットソンと、カートゥーン・ネットワークのぱっちもんみたいで、高級リゾートに不似合いだ。

 突き出した砂州の反対側に出てみた。
 ほんのちょっと雲が切れている。
 ここはPallon Beach。
 光が射すと海がコーラルカラーに光って綺麗だ。でもビーチは打ち上げられた海草でいっぱいで、いまいち。それに陽もすぐに陰ってしまった。

 もう一度桟橋に戻って、リゾートの方へ歩くことにした。
 カフェでプルメリアの花を見せて、どこに咲いているのか聞いてみたところ、ゴルフ場に咲いていると教えてくれたためだ。ゴルフ場はリゾートの方角、マギマギに行く途中にあるらしい。
 海沿いの道ではなく、森の中の小径を行く。
 歩き始めてすぐ、左手にリゾートのゴミ集積場があって、何だかいきなり美しい島の一番見てはいけないところを見てしまったような気がした。
 もうちょっと隠したらいいのに。

 小径を抜けると右手に金網で仕切られたエリアがあり、左手にビーチがあった。
 とりあえずビーチに降りてみた。
 ビーチから右手を見ると、なんだ、さっき着いた桟橋が見えるじゃない。
 ここは桟橋の所からずっと繋がっているビーチだったのだ。
 これなら桟橋からただ真っ直ぐ歩いてきた方が近かったかもしれない。
 結構歩いた気がしたけど、全然大した距離じゃなかった。

 シートを敷いて、昼まで時間をつぶすことにした。
 干潮で、遠浅の海は干潟のようになっていた。
 少なくともシュノーケルするという感じじゃない。
 部屋からは子供たちのシュノーケルセットとタオルや浮き具などいろいろ持ってきたが、今のところ何も出番は無いようだった。

 ダンク島のビーチには、ウォンガリングビーチとはまた違った貝が沢山落ちている。
 ウォンガリングに落ちていたような小さな白いシェルは無く、もっと大きくテラコッタ色のシェルが多い。
 それから巻き貝も。
 小さな巻き貝が沢山落ちている。その理由は午後になってから判ったが。

 珍しい貝も見つけた。平たい白い貝で、花の形に穴が開いている。
 子供たちとみんなで吃驚。
 それともこれって貝じゃなくて別の生物なのかな。

 パパが他にも吃驚するものを見つけた。
 巨大なザリガニ・・・の前半分。
 もう生きてはいないけど、足やツノの所の色合いが、サーモンピンクとコーラルブルーのグラデーションだったりしてまるで自然の色彩とは思えない。
 それにこの巨大さ。
 もしこんなのが生きて砂浜をわしゃわしゃ歩いていたら・・・凄いだろうなぁ。

 子供たちが砂浜に棒を使って絵など書いていたら、突如海の方から轟音が響いてきた。
 なんと小型飛行機が真っ直ぐこちらに向かってくる。
 カ、カメラカメラ・・・。
 ああっ、さっきパパに渡したままだった。
 ええっ、まさかあの飛行機、こっちに突っ込んでくるの?
 「きゃーっ」
 ごぉーっと飛行機は私たちの真上を通過し、すぐ裏の、さっき見た金網の向こう側に着陸した。
 吃驚したー。
 映画見てるみたいだった。
 あの金網の向こうは飛行場だったのか。
 いやぁ真っ直ぐ砂浜に突っ込んでくるのかと思って焦ったよ。



 ランチはフェリーの中で食べる。
 ちょうどクロコダイル・スポッティングの時に食べたような、焼いた固い牛肉とソーセージ。それからセルフサービスでパンとサラダとフルーツ。
 デザートにバナナのココナッツとヨーグルト和え。
 飲み物は別。
 聞いてみるとアルコールはビールとウィスキーしかないと言うのでパッションフルーツのジュースを頼んだ。カウンター係りは缶ジュースを発泡スチロールのケースに入れて寄越した。オージーは冷えたジュースやビールがぬるまるのが嫌いらしく、割とこの手の缶飲料用保冷ケースはよく見かける。
 悪くはないランチなんだけど、高級アイランドリゾートに来て、船の中でみみっちく食べるのもいまいちかも。
 それでも朝一緒に来た残る二組の乗客もみんなランチ付きで申し込んでいた。
 東洋系の奥さんは、いつの間にか草の葉で作ったファニーな眼鏡をかけている。ダンク島のどこかで作ってもらったらしい。

 ランチを終えると、空模様は益々怪しくなっていた。
 ちょうどさっきまでいたビーチの方に山が一つ見えるのだが、その頭上にひときわ黒い雲がある。
 今まで曇ってはいても雨は降らずにすんでいたが、あれは流石にやばそうだな・・・。
 フェリーを下りるときに、船の係りの人が傘を一本貸してくれた。
 「ショートスコール」と黒雲を指さして言う。
 やっぱりスコールが来るんだ。
 ショートって本当だね?
 ロングは勘弁してよ。

 さっきも通った小径を行くうちに、もう雨が降り始めた。
 青い傘に4人・・・は無理だから、とりあえず3人入る。
 どうせ大人は服の下に水着を着ているし、子供に至っては朝から水着のままだ。ぬれたってどうってことない。
 ただ日が射さないのでちょっと寒い。
 ウィンドブレーカーは今更着てもますますべたべたして気持ち悪くなりそう。

 食後はマギマギ・ビーチに行くつもりだった。
 地図で見るとマギマギは先ほどまでいたビーチの先にある岬を越えた向こう側だ。
 とりあえずさっきのビーチ近くまで歩き、それから地図とにらめっこしながらリゾートの敷地内に迷い込んでいった。

 地図の道はごくシンプルに、リゾートの敷地を迂回するようになっている。
 しかし、実際はリゾート内の細い道がいくつも入り組んでいて、さっぱりどこがどうなっているのか判らなかった。
 雨は激しくなるし、道は巨大な工事車両が行き来していて危なっかしい。
 なんだか優雅なアイランドツアーとはおよそ程遠いことになってきた。

 それでも途中までは「Muggy Muggy Bay→」といった表示があった。
 急な坂道を登りながら、本当にこの道でいいのかな、と不安に思っていると、前方からダンクアイランドのスタッフが降りてきた。
 「どこへ行くの?」
 「マギマギ」
 「この道じゃないよ。元来た方へ下って、あの木のところで横へ入るんだ」
 そんな道、地図にないよ。
 でも間違っているっていうからには間違っているんだろう。
 とぼとぼと道を下った。
 それからの細い道がまた判りにくかった。
 リゾートのコテージが点在しているエリアで、各々のコテージから道が延びている。
 ぐるぐる回って、やっぱりここじゃないみたいと何度も戻った。
 パパも「わっかりにくいなぁ」とかなりイライラしているみたい。
 子供たちも疲れてきた。
 もう限界。

 レセプションみたいなところを過ぎて、ようやく新たな「Muggy Muggy Beach →」の文字を発見。
 この道を抜ければ海が見える。
 この道を抜ければマギマギビーチ。
 そう思って小走りで小径を抜けると・・・。

 「ああー」
 声にならない溜息が漏れる。
 「・・・こ、ここは・・・」
 確かにそこにはビーチが広がっていた。
 しかし左手を見やれば桟橋・・・。
 そう、この場所は桟橋から伸びる午前中いたビーチのそのまた続きだった。
 さんざん悪態を付きながらスコールの中疲れ切って歩いた先はまたもやお釈迦様の手の上だった。
 私たち、何のためにぐるぐると歩いて来たのかな?



 午前中よりさらに潮は引いていた。
 満潮時には海の中になるだろう場所は、浅い水たまりみたいになっていた。
 お世辞にも綺麗な景色とは言えない。
 地図でマギマギと書かれた岬の向こうまで、ずっとその水たまりみたいな干潟が続いていたので、歩いて行かれるのかと思って歩き出してみたが、すぐに断念せざるを得なかった。
 砂浜の砂はすぐ終わり、その先延々と続いているのは泥の海だった。
 まるで粘土の上を歩いているように足が取られる。
 一歩踏み出すごとに、サンダルの裏がねばねばの泥に張り付いて全然進めない。
 それに泥がサンダルについて真っ黒になってしまった。
 やぁめたやめた。
 もういいや。ここで休んでいよう。
 雨はいつの間にかやんだが、空はもう今日は晴れる気がないようだった。
 ダンク島、思い描いていたのと全然イメージ違った。
 もし空が真っ青に晴れ渡っていて、海が満潮だったら、ここの景色も全然違ったように見えるんだろうか。

 ふと足下を見ると何か動いているものがいた。
 つまみ上げたらそれは小さなヤドカリだった。
 それに干潟の水たまりにはもっと小さなムツゴロウみたいな魚もいる。
 もうリゾートビーチに来たと思わず、干潟の生き物観察に来たことにしよう。

 もっと驚くものも見つけた。
 「カナー、レナー、面白いもの見つけたよ、ヤドカリ集合住宅。そっちに持っていってあげるね」
 泥の水たまりに小石が一面に散らばったような中をじっくり探すと、あちらこちらに溶岩が固まった後のような大きな珊瑚の固まりがある。
この凸凹のへこみにぎっしりと小さなヤドカリが群がっているのだ。
 子供たち、ヤドカリがいっぱいくっついた珊瑚のかけらを見て目をまんまるにした。
 「このヤドカリさん、生きてる?」
 「みんな生きてるよ。そっとしておくと動き出すから」
 「ホントだー」
 海も珊瑚もヤドカリも灰色とか茶色とか本当に地味な色。
 だけど子供たちにとっては、わくわくする不思議の海だった。
 ああそうか、浜辺の小さな巻き貝は、みんなヤドカリの抜け殻だったのね。

 しかし何度地図を確認しても、ここはマギマギでは無い。
 リゾートや桟橋のある岬のこちら側は、Brammo Bayと記されている。
 マギマギは岬の向こう側になるはずで、ここからだと山が邪魔で見えない。
 地図では海岸沿いに岬を越える道が書かれているので一人で陸路を行ってみることにした。
 先ほど海路は断念したので。

 今いるビーチの外れまで来ると、大きな木が生えていた。
 根元にはブラッシュターキーがうろうろしていて、梢には真っ青なカワセミがいる。どうもカワセミの巣があるようだ。
 木の奥はもう道無き道という感じ。
 なんとか海との境目を歩いていくと、倒木が道を遮っている。
 倒木に近づくと、幹の表面に沢山いた黒い大きな虫が、わっと幹の裏側に逃げていくのが見えた。
 うわー、気持ち悪い。
 こんなの乗り越えられないよ。
 くぐってみよう。
 でも今の虫が頭にくっついたら嫌だなぁ。
 なんとか一本くぐった。
 でもまだ次の倒木が立ちはだかっている。
 駄目だ。限界。諦める。
 砂浜から見たときは簡単に行かれそうだったのに、実際はとても難しい。
 もしかして真のマギマギへ至る道って今は使われていないのだろうか。

 3時を回ってゆっくりと帰路に就く。
 リゾートの敷地内を通っていると、あちらこちらにフラワーアレンジメントさながらに生花をアレンジした飾りが置いてある。あちらの噴水に、こちらの石の上にといった具合。
 プルメリアの花もよく使われている。
 そういえばあれきりプルメリアを見つけられなかった。
 ゴルフ場は通らなかったので。
 レナがまたぐずぐず言い始める。
 立ち止まっているうちに、パパやカナとはぐれてしまった。

 しまったなぁ。
 どっちへ行ったんだろう・・・。
 この辺りはさっきは通らなかった道だ。子供の遊び場や三段になった大きなプールがある。
 あっ、あそこにリゾートのスタッフがいる。
 「桟橋に行きたいのですが・・・」
 「ああ、そこを入って真っ直ぐよ」
 言われた道へ入ると、そこはガーデンパーティの準備中で、リゾートのスタッフが大勢バーベキューの準備をしていた。
 なんとなくその真ん中を通過するのは恥ずかしいな・・・と思ったらパパとカナがいた。
 「どこ行ってたんだ? そこの人に道を聞いたら桟橋はこっちだって」
 なんだ、あなたも道を聞いたの。

 リゾートの敷地にはブラッシュターキーの他、オレンジフッテッドスクラブフォウルもうろうろしていた。
 カナの大好きなこの鳥は、ポートダグラスには沢山いたのに、今回の旅行ではダンク島で見たのが唯一だった。
 言われた道を進むとすぐに午前中過ごしたビーチの側に出た。
 小雨が降ったりやんだり。
 レナが「お魚、見られなかった」と呟いた。
 そうだね。あんなにお風呂でシュノーケルの練習したのにね。
 去年まではケアンズ滞在中にグレートバリアリーフにクルーズしてロウアイルズだのミコマスケイだのでいくらでもシュノーケルできる環境にあったのに水に顔をつけようとせず、完璧に準備した今年にかぎって逆にシュノーケルできる場所に行かれなかったとはね。

 ようやく桟橋の近くに戻ってきた。
 ちょうどダンク島宿泊者の一団を乗せた船が出るところだった。
 おっ、新婚旅行っぽい日本人カップルも一組いる。
 ミッションビーチに泊まる日本人は少ないけど、ダンク島は結構いるのかもしれない。
 桟橋を出たところには、青いパラソルが立てられ、ダンク島スタッフのお姉さんが二人、おしぼりを準備している。
 ダンク島カラーの青いおしぼりのカゴには真っ赤なハイビスカスの花が飾られていた。
 もちろん私たちのためじゃない。
 これから来る宿泊者のためね。
 高級リゾートっぽい演出だ。
 お客さんは船から下りて、お姉さんにおしぼりを差し出されて、「おお、さすがダンク島」とかって思うのかしら。
 フェリーの出航準備を待っていると、またまた砂の上で吃驚するような生き物の形骸を見つけた。
 なんじゃこりゃ。
 たぶんクワガタかカブトムシの体の一部だと思う。
 色が凄いのよ。
 つやつやきらきらしたエメラルドグリーン。
 まるでエナメルをぬったみたい。
 天然物とは思えない。
 こんな生き物が生息してるんだものねぇ。
 やっぱりダンク島は凄い。
 何か一般的なダンク島のイメージと違うけど、やっぱり凄い。



 こんな調子でダンク島のイメージは灰色のまま終わってしまった。
 船が島を離れると、ほんの僅かに青空がのぞき、それから沖の方から真っ黒な雲が近づいてきた。
 「見て、あの雲の下、スコールだ」
 それもさっきのようなショートスコールじゃなくて大嵐という感じ。
 嵐はダンク島に近づき、島をすっぽりと包み込んだ。
 ああ危なかった。
 危機一髪、からくも島から脱出できた。
 島は今頃バケツをひっくり返したような雨が降っているに違いない。

 レナがまたぐずぐず言い始めた。
 それを聞いてカナが、「お魚、見せてあげるよ、いい方法を考えついたんだ」とお姉ちゃんらしいことを言った。
 「どうするの? 何か工作するの?」
 「ひみつ、ひみつ」
 疲れた疲れたと言っていたレナは、膝の上によじ登ってくると、ついに寝付いてしまった。
 揺れる船がゆりかごがわり。
 ああ、今日は一日ほとんど青空を見ることがなかった。
 ダンク島のいいところが見つけられなかったのが一番の後悔。
 もしかしたらダンク島はあまり子連れ向きじゃないのかな。
 大人だけならジェットスキーをするとか、パラセーリングをするとか、いろいろウォータースポーツを楽しむことができるだろうから。
 仕方ない。リベンジ計画を練ろう。
 次回はベダラ島とセットにするのはどうだろう。
 来年、もう一度・・・。
 カナとパパは手すりに掴まって、暗い海をずっと見つめていた。



 ミッションビーチのクランプポイント桟橋に戻ると、奥さんがアジア人のご夫妻はクルーズ会社に何か返金されていた。
 もしかしたらベダラ島追加の返金なのかな。
 天気が悪かったからベダラ島行きオプションは催行されなかったのかもしれない。
 あの何でも前向きに楽しんでいるご夫婦なら、きっとベダラ島行きを希望したんじゃないかと思うので。
 少し雨が降ってきた。
 お二人は送迎車をウォンガリングのキャラバンパークで降りていった。
 もしかしてキャンピングカーで旅しているんだろうか。
 パパが少し話をしたら、ゴールドコーストから来たと教えてくれたそうだ。
 リタイヤして、この広い大陸を夫婦で旅して回れたら最高だろうな。それもあんなに夫婦で仲良さそうに。
 いくつになっても無邪気でポジティブな奥さんと、それをにこにこと見守っているご主人。こんな風に年を取れたらいいな。

 ちょうど送迎車がウォンガリンガ・アパートメントに到着したときは雨がやんでいた。
 「グッバイ」
 「サンキュ」
 恰幅の良い運転手にお礼を言って部屋に戻れば、いきなり轟音とともに激しい雨が降ってきた。
 ああ良かった。
 やっぱり私たちは、最後までスコールに追いつかれずに済んだのだ。

 眠っているレナをベッドルームに運ぶと、いつの間にかカナが入り口にメッセージボードを置いていった。
 ボードに書かれた言葉は
 「やっていません」

 やっていません?
 何を?
 たぶん、レナに見せると言った魚を今夜は作らないという意味だろう。
 レナが眠ってしまったので・・・


十日目「最後の青空」へ続く・・・ 
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