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ケアンズの南を目指せ **ビーチ&ファームステイ**

4.アイカンダ・パークに別れを告げて





 昨夜のディナーの席で、パパがシンディに聞いた。
 「明日の天気はどうだと思う?」
 シンディはちょっと考えた後、肩をすくめて「レイニー」と答えた。

 四日目 5月1日(日)


 もう何日もテーブルランドは雨が続いているらしい。
 そろそろ雨期も終わりだというのに、一昨日私たちが到着したときに中庭にずぶぬれで干しっぱなしになっていた衣類は、昨日も今日もそのままぶら下がっている。
 この日の朝は何となく目を覚ましたのか、それともパパに起こされたのかよく覚えていない。
 ただ、パパが「朝日が昇るところだ」と教えてくれたのは覚えている。
 「写真撮ってきて~」
 「何言ってるんだ、自分で見たいんじゃないのか?」
 だって雲の間からちらっと見えるくらいなんじゃないの?
 「いや、晴れてるよ」
 うっそー。

 慌ててコテージの裏口から外へ出てみた。
 カメラを構えようとして、カメラの電池を充電中だったことを思い出す。
 失敗失敗。
 急がないと日の出が終わってしまう。
 夜中に充電を終えていた電池をデジカメにセットし直して、改めて外へ飛び出す。

 大気が透明に澄み渡り、大地を覆う草原が呼吸しながら水蒸気を発散させている。
 なだらかな緑の丘陵地帯は、こんなにも広かったのかと改めて思うほど遠くまで続いていた。
 雲はごく低いところに帯状に伸びているだけで、上空の空は晴れ渡っていた。
 まばらに生えている林の間から、激しい朝の光が目を射た。
 夢中でカメラを構えた。
 待ち望んでいた朝だった。

 子供たちはまだぐっすりと眠っているので、パパと二人、少しこの辺りを歩いてみることにした。
 コテージを出て、アイカンダ・パークの入り口まで戻ると、初日から気になっていた郵便受けが見えた。
 郵便受けというか、早い話が青いポリバケツだ。それが柵の上に斜め下を向けてくくりつけてある。
 斜め下向きというのは、たぶん雨水が入らないようにということだと思う。しかし、そのままではせっかく受けた郵便が滑って下に落ちないか?
 パパは側まで行って、蓋の部分が下に落ちているのを見つけた。
 せっかくだからとポリバケツにセットしてみた。
 蓋は上半分を切ってあり、これで郵便物も無事受けられるし落ちないし雨水も入らない状態になった。
 しかしこのいい加減な蓋の切り方といい、蓋が落ちてもそのままのところといい、何となく、いい感じに脱力していて微笑ましい。
 なお、このタイプの郵便受けは、テーブルランドのところどころで他にも見かけた。

 ひんやりした朝の空気を感じながら、ナッシュロードを歩いた。
 遠くに草をはむ白黒のホルスタインたち。
 たぶんあれはアイカンダパークの隣の農場。
 ひとっこひとりいない。
 早起きの鳥の声だけ。
 ここに泊まって良かった。
 さよならの前に晴れて良かった。

 コテージに戻ると子供たちが目を覚ました。
 最後の朝は昨夜同様、食事付きでお願いしていた。



 昨夜夕食を食べた庭のテーブルに、もうカトラリーとマグカップがセッティングされていた。
 マグカップは農場らしいコミカルな牛柄だ。
 サイドテーブルにはシリアルの大箱とミルク。
 パティオの隅には今朝も鶏たちがうろうろしている。
 「モーニン!!」
 ディヴィッドとシンディがお皿を運んできた。
 大皿にソーセージとベーコンと焼きトマトと目玉焼き。
 パンはこんがりとトーストされている。
 こちらのソーセージは焼いてもぶよぶよとして内臓っぽい味がして、私もパパもあまり好きではないのだが、このソーセージはしっかり焼き色が付いていてとても美味しそうだ。
 ディヴィッドが自分の勤め先で作っているソーセージなんだと教えてくれた。
 トーストにつけるジャムがまた美味しそう。
 パパイヤとマンゴーのジャム、バラの実のジャム、グーズベリーのジャム。昨日訪れたイーチャム湖の近くで作っている手作りジャムらしい。どれもこってりとした濃厚な味。
 でも何よりのごちそうはやっぱりここから見る景色だろう。
 白い雲がところどころ浮かんでいる他は穏やかな青空。
 緑の丘がどこまでも連なる。
 ふと初めてアイカンダパークにメールを送ったときの返信にこう書かれていたことを思い出した。
 最後の一行。
 Enjoy your holiday on the beautiful Tablelands.
 これが本当のビューティフル・テーブルランド。
 ディヴィッドが「あなたたちはラッキーだ」と言った。
 昨日までの雨はもう三週間も降り続いていたと言う。
 「あなたたちの前に泊まったファミリーは、来る日も来る日も」
 レイニーレイニーレイニーと彼は繰り返しながら手の平を表に裏に返して見せた。
 本当に?
 私たちも一昨日ここに着いたときは酷い天気だと思ったよ。
 でも今は、何てラッキーだったんだろうと思っている。
 雨のテーブルランドも、晴れのテーブルランドも、両方見ることができて。
 ディヴィッドがソーセージのかけらを投げてやると白黒の鳥、マグパイがやってきてキャッチした。

 今朝も四人で庭を走り回っている子供たちをディヴィッドが呼んだ。
 昨日の朝パパが乗せてもらったバギーに乗せてくれると言う。
 大丈夫?
 パパですら怖かったぐらいでしょ。
 食べかけのフォークを皿に置いたまま見に行くと、ごつくて大きな四輪バギーになんと子供たちが鈴なり状態で乗っているではないか。
 運転手はディヴィッド。ディヴィッドの膝の辺りにちびすけレナが、後ろの席にカナとロッキーとセイラが団子のように固まって。
 ご、五人乗り?
 バギーはゆっくり発車して、満面の笑みをたたえた子供たちを乗せて丘を下っていった。
 いいなぁ、すっごく楽しそう。



 シンディが昨夜、もうバギーに乗った?と聞いてきた。
 そのとき、パパはディヴィッドに乗せてもらったけど、私はまだなのと答えたことをちゃんと覚えていてくれたらしい。
 はしゃいだ子供たちを乗せたバギーが戻ってくると、今度は私を乗せてくれると言う。
 「どうせならお子さんたちも見ていてあげるから、二人で乗れば?」
 えっ、ええっ?
 ディヴィッドが運転するのかと思ったらシンディだった。
 シンディの後ろに私が乗り、そのまた後ろにパパが乗った。
 このバギーってどこに捕まればいいの?
 おたおたしているうちにバギーは発進した。
 パパが座席に捕まるんだよと教えてくれたので、とにかく振り落とされないように自分の座っているところをがっしりと掴んだ。こんな程度で本当に大丈夫かな。

 バギーは丘をずんずん下っていく。
 地面の凹凸がそのままダイレクトに大きな車輪を通じて身体に伝わってくる。
 決して平坦な道ではないので、かなり左右に激しく振られる。落ちそうだ。
 パパがポンプ室に来たときは、こんなに優しい運転じゃなかったとぼやいた。
 いやぁ、これでも十分凄いと思うよ。
 「クリークを渡るわよ」
 えっ、クリークって?
 いきなりバギーは小川に突っ込んだ。
 えっ、うそうそ。
 シンディはふくらはぎまで水に浸かった状態で運転している。
 私とパパは慌てて足を持ち上げた。
 なんてワイルドな道。
 シンディは小川の流れてくる先を指さして、あそこに泉があるの。そこから水を汲み上げるのよと教えてくれた。
 パパが後ろで感心している。
 農場で放牧をするには、ただ場所があっても駄目なんだ。動物たちが毎日飲む、水が必須なのだと。

 クリークを渡ると、簡易な柵があった。
 シンディがバギーを降りて柵の扉を開ける。扉と言っても鉄条網でできた誠に簡単なもの。
 牛たちが逃げないように囲ってあるのだろう。
 バギーを通すと、彼女は柵を閉めて、また運転席に座った。
 バギーのエンジンがうなる。
 がたがたと丘を登り始めた。
 ぐんぐん見晴らしが良くなる。
 私たちは今、どこにいるの?
 オーストラリアの農場で、バギーに乗って広い空を見上げている。
 コンクリで固められた道路を走る車なんかじゃないよ。
 窓の外の景色じゃなく、この目で直に大地を、草原を、大気を見ている。
 頬に風が当たる。
 背の高い草の実も。
 バギーの震動に揺れながら、シンディの肩越しに緑の丘とのんびり草をはむ牛たちと空と雲と遠くに群れなして舞い降りる白い鳥たちを見た。
 日差しが降り注ぐ。
 いつの間にかバギーは農場につけられた細い道を外れ、右に左に自由に放牧地の中を走っていた。

 シンディはバギーを操りながら、牛たちを追っていた。
 手当たり次第に牛を追っているように見えて、いつの間にか散らばっていた牛たちは統制の取れた動きで一ヶ所に集められ、私たちが来た方とは違う方向へ移動させられていた。
 「あっちに牛たちの水飲み場があるのよ」とシンディが教えてくれた。
 「この牛たちはね、いずれ日本にも送られるの」
 「オージービーフは日本で人気があるよ」とパパが言った。

 パパがあれを見て、と指さした。
 後方をクリーム色のオンボロ・ピックアップ・トラックが追ってきた。
 「まさかあれ、クリークを渡ったのかな?」
 運転席にはディヴィッド。
 そして、隣でセイラが手を振っているのが見えた。
 あれ? ディヴィッドは子供たちを見ていてくれるって・・・。
 よく見ると、助手席にはぎっしりと子供たちが詰め込まれている。
 セイラ、ロッキー、カナ、レナ、みんな満面の笑み。
 ディヴィッドが子供たちをみんなトラックに乗せて後を追ってきたのだ。
 たぶんバギーに子供たちを乗せたときはクリークの手前で引き返したのだろう。
 そのかわり、安全なトラックで、パパやママの居るところへ連れていってあげると提案してくれたに違いない。
 バギーでこんなに揺れる悪路なんだもの、トラックでも遊園地の乗り物以上にスリリングなはずだ。
 子供たちの歓声が聞こえるようだ。
 凄いよ。
 もう最高。
 シンディとディヴィッドのコンビが手際よく牛たちをみんな水飲み場へ追いやると、今度はトラックが先陣を切ってクリークを渡った。
 小川ったってそれなりの水量がある。
 信じられない。
 オーストラリアでは自動車が川を渡るのだ。

 再び母屋のある丘に戻ると、今度は農機具など見せてもらった。
 そして、初日にミルクをあげたホルスタインの子牛の所に来て、
 「カウガール!」
 なんとカナやレナを子牛に乗せてくれた。
 牛もまだ小さいし、馴れていない我が家の子供たちでは上手く乗ることなんてできない。
 ディヴィッドが両脇を支えてくれて、なんとか。
 ロッキーも手伝ってくれた。
 社交的なシンディに比べると、ディヴィッドという方、話せばフレンドリーでよくしゃべるのだが、最初の固そうな印象や、用事を終えるといつもさっと消えてしまう辺り、もしかしたらかなりシャイな人なんではないかと思われる。
 そして無類の子供好き。
 セイラやロッキーはもちろん、我が家の二人を見つめているときもその嬉しそうなこと。いつも目を細めて子供たちを見ている。



 エアがJALではなくカンタスに決まったとき、予定していた旅行日数が一日減ってしまった。
 ミッションビーチのアパートメントは六日間借りれば七日目はタダなので、こちらを減らすことは考えなかった。
 だから三泊しようと思っていたミラミラのファームを一日減らして二泊にせざるを得なくなったとき、ファームステイらしいことが楽しめるのは中一日ぐらいなんだろうなと諦めていた。
 それがどう?
 なか日、一日どころか丸々三日間、こんなに充実した時間が過ごせるとは。
 全てシンディ一家が、私たちを楽しませようと心を砕いてくれたおかげだった。

 部屋に戻って片づけとパッキングを始めた。
 少しして、セイラとロッキーの二人が入ってきた。
 何か言っているんだけれど、判らない。
 パパも判らないと言う。
 向こうが言った言葉をこちらが繰り返すと、向こうはそうそうと頷くのだがそもそもなんと言っているのか判らないので結局意志疎通ができない。
 大人なら通じなければ言い回しを変えるとか、紙に書くとかできるのだが、5歳の子供にそれを要求するのは無理だ。
 後にして思うと、セイラとロッキーは後かたづけを手伝いに来てくれたようだった。
 シンディに頼まれたのかもしれない。

 うちの子供たち自身も所詮荷物をまとめる戦力にはならないので、散らかさない範囲で遊んでいた。
 セイラはカナの持ち物に興味津々だ。
 レナはベッドルームにいた。
 ロッキーもベッドルームに行った。
 いつの間にかカナとセイラも・・・。
 リビングの片づけを終えて様子を見にベッドルームに行ってみたら、
 ありゃりゃ。
 クイーンサイズのベッドは、すっかり四人の子供たちのトランポリンになっていた。

 四人ともあんまり楽しそうに跳ね回っているので、思わず吹き出してしまった。
 しかしセイラもロッキーもさっきまで牛の●●を踏みつけて歩いていたその足のままで客人用のベッドで跳ねちゃうのかい。この二人が靴を履いているところはついぞ見かけなかった。

 荷物を全部、車に積み込んでから、セイラとロッキーに手を引かれて母屋に戻った。
 チェックアウト。
 寂しい。
 ディヴィッドが昨夜のお礼だとワインを一瓶差し出した。
 こちらが部屋から持ち込んだビールやワインを飲ませてもらったからと。
 「オーストラリアワイン?」
 「スパークリングワインだよ」
 お礼を言ってお土産に持ってきた扇子を渡す。
 今度はディヴィッドは真新しいゲストブックを出した。
 ここに名前とコメントを書いてほしいという。
 「あなたたちは私たちの六番目のお客さんだ!」
 このとき初めてこの若い一家が、一時的ではなく、このさきずっとこのファームを管理していくのだと知った。
 病気を機に今はケアンズに暮らしているというご両親は引退し、正式に彼らが引き継いだのだと知った。
 写真を撮らせてほしいとお願いして、みんなで撮影することにした。
 どこをバックにするのが一番いい?
 左右見回して、結局日の当たる放牧地を背景に並んでもらった。
 ディヴィッド、シンディ、セイラ、ロッキー、ありがとう。
 あなたたちに会えて良かった。

 これからもどうか、このファームが順風満帆で進んでいってほしい。
 あなたたちにはいつも日の当たる丘で笑っていてほしい。
 本当にありがとう。




 と、これで終われば良かったのだが、まだもうちょっと続きがある。

 支払いをカードで済ませようとしたら、シンディが一度引っ込んで、それから困った顔で出てきた。
 機械の調子が悪くてカードの手続きが取れないという。
 こちらも現金の持ち合わせがないし、困った困ったとみんなで悩む。
 何しろ今日は日曜日なので銀行が開いていないのだ。
 「・・・明日でも明後日でも銀行で降ろして、ミッションビーチから払いに戻ってくるとか」
 「うーん・・・」
 シンディがいい手を考えついたようだ。
 何だかよく判らなかったが、彼女についていくことにした。

 行き先がミラミラだということは判った。
 ミラミラはファームから7キロ離れた最寄りの町だ。
 シンディの運転する車が前を走っている。
 助手席にセイラの金髪が見えた。
 出発前、ロッキーがぐずぐず言っていると思ったら、それは彼が留守番を申しつけられたかららしかった。
 「あれってもしかしたら、さっきクリークを渡ったトラック?」
 「まさか」とパパ。
 「クリークを渡ったやつはナンバープレートがついていなかったよ」
 そ、そうか。流石にあのトラックは農場内専用か。

 ミラミラまではすぐだ。
 シンディの車はミラミラの中心地、ミラミラホテルの前で停まり、それを見てパパはようやくシンディの考えていることが判った。
 「ミラミラホテルはシンディの知り合いで、ミラミラホテルでカード決済をして、後でミラミラホテルからアイカンダファームに返金してもらうつもりなんだ」
 な、なるほど。
 シンディとパパがミラミラホテルに入っていき、私と子供たちが残された。
 セイラは焼けたアスファルトもものとはせず、裸足のまま車から降りてきた。
 そして、道ばたのプランターに咲いていた花をぷちっぷちっとちぎって、それを差し出した。
 お別れの花なの?
 どうもありがとう。
 ・・・でもこれって、ちぎっちゃいけない花のような気がする。
 ま、いいか。

 雲は決して少なくないが、もう今日は雨が降るという気がしない。
 それは昨日までに比べて空が高く、空気が乾いているからだった。
 昨夜の星空を境に、雨期が明けたのかもしれない。
 今日はきっと、あの干しっぱなしだったシンディの洗濯物も乾くことだろう。



 今度こそ本当にシンディ一家と別れを告げて、最初に訪れたのはミラミラフォールズだった。
 ここは一昨年にも一度来たことがある。
 駐車場に車を停めて階段を下りていると、カナもレナもここは覚えているという。
 「レナがとんとんタヌキを踊ったところでしょう」
 そのときに撮影した動画をいつも見ているので、特に印象に残っているらしい(ミラミラフォールズでとんとんタヌキを歌い踊る動画)。
 ミラミラ滝というのは、アサートンテーブルランドに数ある滝の中でも最も美しいと言われる滝だ。
 よく観光案内のパンフレットや写真集の表紙など目立つところに掲載されている。
 (うちのサイトのTOPページもしかり 左から二番目)
 特に高さがあるわけではないのだが、トロピカルな木々に囲まれたロケーションと、バランスの良い整った形で、こんなに絵になる滝は無いと思わせる。
 滝の下に立つと、飛沫で涼しい。
 カナがレナに、「またとんとんタヌキを踊れば?」と言ったが、流石に二年経って五歳になったレナは、「もう嫌だ」と恥ずかしがって踊らなかった。

 前回はミラミラ滝を見ただけでここを後にしたが、実際は他にも近くにジリー滝とエリンジャー滝という二つの滝があり、Waterfall Circuitという道を使ってぐるりと一周見て回ることができる。
 今回はゆっくり三つとも見ることにした。
 ミラミラらしい長閑な丘陵地帯を見ながらドライブすると、次のジリーフォールズに着いた。
 ここの滝は上から見下ろすようになっている。
 駐車場を降りて側へ寄ってみると、柵越しになだれ落ちる滝を見ることができる。
 そこからではよく判らないが、この滝も形としてはミラミラ滝と同じでどこにも引っかからずに真っ直ぐ落ちるタイプ。
 「虹が見える」とカナ。
 ちょうど光の加減で滝のしぶきに綺麗な虹が架かって見えた。

 ミラミラ滝からジリー滝までは少し離れているが、次のエリンジャー滝まではすぐだ。
 滝巡りをしている人たちはみんな同じようなペースで回るため、駐車場に停まる車も滝の周りにいる人たちも、いつも同じメンバーだ。
 「観光地巡りをするのは日本人ばかりだと思ったけど」とパパ。
 「そんなこと無いよ、こっちの人も好きじゃない。だってこの滝巡りにしても、昨日、一昨日のフィグツリーにしても、いっぱい車が停まっていて、みんな嬉しそうに見物していたじゃない」と私。
 「そうだよなぁ」
 「きっとオージーも好きなんだよ」
 「うん、きっとオージーも好きなんだよなぁ」
 というか、まだまだテーブルランドに来る日本人は少ないよ。
 だって天下のゴールデンウィーク真っ只中だっていうのに、空港を出てから見かけた同国人は、昨日のバリン湖ティーハウスの一組だけじゃない。

 エリンジャー滝も駐車場から少し下る。
 ミラミラ滝よりは道が悪いが、昨日のディナー滝に比べれば幼児でも歩ける道。
 湿地帯で見る様々な植物が道の脇に生えている。
 この滝はかなり近くまで寄ることが出来るので、三つの滝の中では一番迫力があった。
 形もミラミラが女性的ならこちらは男性的。
 岩にぶつかりながら飛沫を上げて落ちてくるので、それを見たパパが、「なんだ、オーストラリアにも名瀑はあるじゃないか」と一言。
 流れてくる水も澄んでいてとても綺麗。
 カナが葉っぱを流したら、レナも真似して流す。
 途中、木の枝に引っかかったのをはずそうと身を乗り出して転んだ。
 膝がぬれて泥がついている。
 滝の思い出はべそかき顔。



 「昼食は軽めにマンガリー・クリーク・デイリーでどう?」
 「・・・いいよ」とパパ。
 この場合のデイリーというのは「daily 毎日」ではなく「dairy 酪農」。発音はデァリーに近い。一昨日美味しいアイスクリームを食べたマランダ・デイリー・センターのデイリーと同じ意味。
 最高に贅沢な乳製品を食べられると聞いている。
 マンガリーといえば、このマンガリー・クリーク酪農とマンガリー滝の二つが観光名所だから、どちらか先に表示が見えた方から寄ろうと思っていた。

 先に見えたのはマンガリー・クリーク・デイリーの表示だった。
 パルマーストン・ハイウェイから左に入るようになっている。
 緑の丘のアップダウンを行く一本道。
 正面になだらかだが印象的な山容を見せているのは、たぶんクイーンズランド最高峰のバートル・フレア山。

 「マンガリー・クリーク・デイリーはどこだろう」
 曲がればすぐにあるのかと思ったら意外に距離があった。
 「この丘の下じゃないか? クリークと言うからには川のそばだろう」
 しかし丘の下には何もなかった。次の丘の上に建物が見える。
 「あれじゃないかな。全然クリークのそばじゃないけど」
 ひらひらと青い蝶ユリシスが舞っている。
 「ここだ」
 お昼時。
 駐車場には結構車が停まっている。

 ここはコテージ風の建物で、チーズ工場とカフェがくっついている。
 外に面したテラス席もあり、何組かの観光客が食事をしていた。
 早速中に入ってみよう。
 カナがトイレに行きたいというので、最初にトイレに連れていった。
 トイレには窓があるので明るいが、手前の洗面所はトイレのドアを閉めてしまうと何も見えないほど真っ暗だった。
 カナが出てくるまで暗闇の中で待っていた。誰か入ってきたら吃驚するだろうなと思いながら。
 カナがトイレのドアを開けて明るくなったら、ようやく電気のスイッチがどこにあるのか判った。
 もう遅いけど。

 建物は、手前がカフェ、中央がショップ、一番奥が工場になっていてガラスからのぞくことができる。
 ごく小さい工場だ。

 パパが何にする?と聞いた。
 待って。そんなに素早く英語のメニューなんて読めないって。
 チーズは苦手だからえーと・・・ヨーグルト・スライス。
 「何? ヨーグルトスライスって」とパパ。
 運ばれてくるまで判らないに決まってるじゃない。

 結局ヨーグルトスライスとチーズケーキとチーズパイを注文した。
 中にも席があったが、外のテラス席で待つことにした。
 パパは更に紙パックのジュース二つと缶コーラ一つ、パック入りのヨーグルトを二つ買ってきた。
 ヨーグルトはマンゴーとパッションフルーツ。
 お腹が空いていたのでまずはこれを食べて待っていることにした。
 レナはマンゴーを取る。
 知らない食べ物に対し懐疑的なカナは手を出そうとしない。
 ママがパッションフルーツの方を開けて食べ始めるとじっと見ている。
 「・・・美味しい?」
 「美味しいよ~」
 「・・・食べさせて」
 一口食べたら美味しかったらしい。残りは最後まで食べられてしまった。

 食べ終わった頃、どんっと巨大なケーキのようなものが二つ運ばれてきた。
 これは何?
 パイシートの上に白いチーズのようなヨーグルトのようなものが乗っていて、その上にパッションフルーツのソースがたっぷりかかっている。苺とホイップクリーム付き。
 とにかく巨大だ。
 チーズケーキ? それとも?
 次に、やはり巨大な苺ケーキのようなものが運ばれてきた。こっちが本当のチーズケーキらしい。
 パパは、「実はヨーグルトスライスっていうのは薄いものだと思って、二つ注文したんだ」
 ということは・・・最初に運ばれてきた巨大パッションフルーツパイみたいなのがヨーグルトスライスか。
 スライスって、もっとこう、薄くてぺらぺらなものを私も想像していたよ。
 やがてチーズパイも運ばれてきた。
 既にカップのヨーグルトを食べていた子供たちはそんなに入らず、結局みんなでチーズケーキとチーズパイをシェアして食べ、ヨーグルトスライスは持ち帰ることにした。
 流石にチーズパイは食べられなかったけど、チーズケーキはチーズ苦手の私でも吃驚するほど美味しく食べられた。
 フレッシュなミルクの味が口いっぱいに広がる感じ。
 それにしても、こっちのケーキは本当に大きいね。



 元来た道を戻ろうかと思ったが、この道の先にマンガリーフォールズがあるという表示を見つけた。
 この道も、ミラミラ滝のウォーターサーキットやイーチャム湖の周辺のように、ラウンドになっているのだ。
 マンガリー・クリーク・デイリーからマンガリーフォールズまではすぐだった。
 駐車場からいきなり滝と、滝を間近に眺めるカフェが見えて驚いた。
 車から降りるとカフェの方から従業員らしい女性が近づいてきた。
 えっ、なんか私たち入っちゃ行けない場所とか入ったかしら、とどきまぎしていると、彼女は「ここに見えるのは小さい方の滝なの。大きい方はカフェの中を通っていかないと見られないから案内するわ」と教えてくれた。
 思わずパパと顔を見合わせる。
 子供たちは車から降りる気はないようだ。
 パパが一人で行ってきていいよと言った。
 えっ、あの、そんな、つ、通訳は・・・?
 パパは肩をすくめて、有料かもしれないから持っていけと私に財布を渡した。

 彼女は歩きながら、ケアンズは初めて? あちこち観光したの? 滝巡りしているの?と立て続けに聞いてきた。
 あっ、しまった、ついケアンズは初めて?の質問にうっかりyesって答えちゃった。まあいいか。
 カフェの通路のような場所を抜けて、さあどうぞ、と見せられたのは
 「おっ」
 想像していたよりかなり大きな滝だった。
 手すりが付いていて、ほとんど滝の真上から見下ろすようになっている。
 ろくに瀑音も聞こえなかったので、そんなに大きな滝があるとは思わなかった。
 「写真撮ってもいい?」
 「もちろんどうぞ」
 うーん、この角度だと写真にとっても高さも迫力も何も伝わらないかもしれないな、残念だけど。
 滝をなだれ落ちた川の水は濃い緑の熱帯雨林に吸い込まれるように見えなくなり、後はどこまでも深い森が続いている。
 滝の上に立っているのだから当たり前だが、ここは高台だったのだ。

 駐車場へ戻りながら、どこかで「案内料は××ドルです」なんて言われるんじゃないかと思っていたが、彼女は「旅行をエンジョイしてね」と言って店の中に戻ってしまった。
 本当に無料だったのかな。
 吃驚した。
 マンガリーフォールズは実は大きな宿泊施設を備えた農場でもあり、カモノハシや土ボタルを見るツアーなどを催行している。
 大きな滝は迫力があったが、小さな滝は斜めに段々になっていて綺麗な白い飛沫が上がっている。
 駐車場前の小さな滝を見ながら食事ができるカフェは本当に気持ちが良さそうで、マンガリークリークデイリーでお腹一杯になっていなかったら絶対ここで食べていこうと思うところだ。
 ここを覚えておいて、次の機会があったらもっとゆっくりしよう。



 再びパルマーストン・ハイウェイに戻り、一路、東へ。
 少し走ると、この道はウールーヌーランWooroonooran国立公園の南端に差し掛かる。
 ウールーヌーラン国立公園は今注目のエコスポットらしい。
 ケアンズ近郊の国立公園の中では飛び抜けて面積が広く、一昨日巡ったクレーターレイクス国立公園やMt.ハイピパミー国立公園などとは比較にならない。
 版図はゴードンヴェイルから南、アサートン高原と海とに挟まれたあたりだ。
 クイーンズランド州最高峰のバートル・フレア山を中心に南北は50キロにかけて広がっている。ほとんどが手つかずの熱帯雨林だ。
 しかし、ウールーヌーラン・サファリと呼ばれるツアーが立ち寄るところは、ユーベナンジー湿原Eubenangee Swampやジョゼフィン滝、ジョンストンリバー・クロコダイルファーム、イニスフェイルなど、実はウールーヌーラン外のスポットがほとんどであるような気がするのは私だけだろうか?
 本気でウールーヌーラン観光らしいことをするのなら、バートルフレア山かベレンデン・カー山にでも登らないといけないんじゃないだろうか。
 ちなみにバートルフレア山は標高1,622m。
 クイーンズランド州最高峰とは言ってもこの数字。峻険な山の多い日本と比較すると、広い面積の割に凸凹の少ない場所なんだなと実感する。
 ハイウェイは一部国立公園内を突っ切って、徐々に平坦な道になり、やがてイニスフェイルに至る。

 途中にいくつかの滝と、ルックアウトがひとつある。
 滝はどれも道路沿いではないので今回は跳ばすとして、クラウフォード・ルックアウトには寄ってみることにした。
 ここはハイウェイの真横にある。
 車を降りて、「あれ?」と思った。
 ここ、来たことあるぞ。
 そりゃそうだ。一昨年パロネラパークへ行った帰りにこの道を通っている。
 で、そのときにきっと車を降りて立ち寄ったんだ。
 そのことを何故失念していたかというと、通ったとき結構急いでバタバタしていたので、後になってその景色を見たのがどこだったか思い出せなかったからだ。
 そうか、ここだったのか。

 クラウフォード・ルックアウトは本当に道ばたにあるので、ここから何が見えるのだろう?と不思議になる。
 今まで通ってきたハイウェイは、両側がずっと熱帯雨林でほとんどアップダウンもない。ケアンズなど海沿いからテーブルランドに至る道の中では飛び抜けて平坦だ。
 だからこの辺りは平らなんだろうという先入観があった。
 それがどうだろう。
 道ばたのルックアウトに立って見下ろせば、なんとそこは断崖絶壁。
 ・・・とまではいかないにしても、一ヶ所だけ木々の間に開いたスペースからのぞけば、そこはとんでもない急斜面で、大地は遙か下。
 目を回しそうだ。
 ずっと下の方で光を反射しているのはノース・ジョンストンリバー。
 ここは何が面白いといって、やっぱり今まで見てきた景色による先入観とのギャップだろう。

 さて、ルックアウトを出てから面白いものとすれ違った。
 あいにくと私は助手席から横の窓ばかり見ていたので見そびれてしまった。
 「うわっ」
 パパが吃驚した声を上げる。
 反対車線を走ってくる車に「幅が広いから注意」と書かれていたので何を積んでいるんだろうと思ったら、なんと「家」一軒まるまる積んで走ってきたというのだ。
 さすがオージー、やることが大胆。
 実はこの辺りでよく見かける高床式の住宅は、クイーンズランダーと呼ばれる移動可能な建築様式らしいのだが、本当に道路を走っているとは驚きだ。
 まるでカタツムリだね。



 ちらほらと民家が目に付くようになってきた。
 高原から、町へと降りてきたのだ。
 バナナ園の突き当たりで右折。
 まもなくイニスフェイルだ。

 イニスフェイルは人口およそ8,500人。
 ケアンズを出てからようやく次の町に着いたという気になる規模だ。
 南北二つのジョンストンリバーがここで合流し、町の一番高いところには白い聖堂がそびえている。
 本当はミラミラからミッションビーチへ移動する日に、イニスフェイル近郊のジョンストンリバー・クロコダイルファームで遊んでいこうと思っていたが、それを実行するには今日の空はあまりにも青すぎた。
 「こんなにいい天気なんだから、真っ直ぐ海へ行こう」とパパ。
 テーブルランドではぽかりぽかりと浮かんでいた白い雲もみんな消え、アールデコ様式の屋根が連なる南国の町イニスフェイルは、まさに快晴だった。
 広い道の両側には、椰子の木が街路樹として植えてある。
 ここでスーパーマーケットに寄るつもりだ。
 ウールワースもあるはずだが見つけられなかった。
 コールズはすぐに見つかったが、日曜日は定休日だった。
 もう少しぐるぐると回ると今度はIGAが見つかった。こちらは開店していた。



 イニスフェイルを出ると、ギリース・ハイウェイを真っ直ぐ南下する。
 窓の外の景色は、ただひたすらサトウキビ畑、またはバナナ園。
 一直線で眠くなりそうだ。
 途中、シルクウッドという小さな町の近くで、左手にビーチ有りの表示とワイナリーの表示が見えた。
 ビーチの名前はKurrimine Beach。
 確かミッションビーチの近くにワイナリーがあった気がする。
 あそこだろうか、それとも違うんだろうか。

 エル・アリッシュで表示に従って左に入る。
 ここからは見通しの良くない森の中の道になる。
 私たちは海へと向かっているのだ。もうじき水平線が見えるはずだ。

 今日はかなり長い時間ドライブしているので、後部座席の子供たちはすっかり退屈している。
 レナがぐずぐず言い始めた。
 仕方がないので助手席から後部に移動してなだめに入る。
 レナはお腹が痛いとか気持ちが悪いとか言って大声で泣き出した。
 こういうときは眠れればいいんだけど、そうそう都合良くいかない。
 あと少しで着くからと繰り返しているうちにようやく寝付くことができたようだ。
 いつかノーザンテリトリーをキャンピングカーで行くような旅がしてみたいけど、こんなじゃまだまだ無理かなぁ。

 ミッションビーチはミッションビーチ、ウォンガリングビーチ、サウスミッションビーチの三つのエリアに、ホテル、バックパッカー宿、キャラバンパーク、貸しアパートや一棟建ての貸別荘などが点在している。
 私たちが泊まるのは、真ん中のウォンガリングビーチだ。
 見上げるほど大きなカソワリーの像が建っているところを曲がって進むと、やがて椰子の木の合間に海が見えてきた。
 やっと着いたぞ。
 長い道のりだった。
 泊まるウォンガリンガ・ビーチアパートメントはどこだろう。
 詳しい場所は判らないが、海沿いに南へ進むとすぐにReid Roadに出た。この通り沿いにあるはずだ。

 Reid Roadは海岸から一本入ったところにある道だ。
 通りの右手には貸しアパートなどが並び、左手の海と道の間にもときどき建物が見える。
 この辺りのビーチは、海の隣にまず道があるところがほとんどで、道より海に近い建物はごく限られている。
 私たちはアコモを選ぶときに、海沿いに拘った。
 ウォンガリンガは左手の海の前にあるはずだ。

 「ここだ」
 椰子の木に囲まれた小綺麗なアパートを見つけた。
 入り口の看板にはNo Vacancy満室とある。
 良かった、早めに予約を入れておいて。
 レナは今になって熟睡していて、シートベルトを外すとそのまま座席の足下に崩れ落ちてしまった。
 仕方がないのでパパが一人で車を降りてチェックインしてくることにした。

 やがてオージーにしては小柄な女性が出てきて、パパを伴い部屋へ向かうことになった。
 カナもついていくという。
 寝ているレナと車の中で待っていると、椰子の木陰をひらひらとユリシスが飛んでいるのが見えた。
 しばらくぼーっとしていたら、カナがこけつまろびつ走ってくるのが見えた。
 何だかえらく興奮している。
 「すごいよ、すごいお部屋だよ!! とっても広くてね、部屋にブランコがあるんだよ」
 はぁ?
 部屋にブランコ?
 庭じゃなくて?
 「私ね、気に入った!! ここ気に入ったよ。レナも絶対気に入る!!」
 あまりの剣幕に、熟睡していたレナもぼーっと目を開けた。
 「・・・ブランコ?」
 「おいでよ、レナ、連れていってあげる」
 「・・・うん」

 ここはビーチフロントのアパートメントで1ベッドルームから3ベッドルームまで備えている。
 私たちが予約したのは2ベッドルームで、確かメールの返信には8号室に予約が入りましたとあった。
 極楽鳥花やハイドランジアの植え込みのある二つの棟の間を通り、外壁に取り付けられた階段を上った。
 私たちの部屋は二階だ。
 カナは先に上まで行って「早く早く」と呼んでいる。
 ネイビーよりは明るいコーラルリーフ色のドアが開いていた。
 広く開放感のある部屋だ。
 床は石でできている。
 リビングは大きな四角いダイニングテーブルと、ふかふかのソファがセットされたリビングテーブル。
 籐の椅子にはマリンリゾートらしいコーラルリーフカラーのクッション。
 広いバルコニーに面していて、わぁい、椰子の向こうに海も見える。
 下を見下ろせばプールもある。
 部屋に戻って今度はベッドルームへ。
 廊下は特に天井が高くて高級感がある。
 右手にダブルベッドのベッドルーム。左手にツインベッドのベッドルーム。
 シャワーだけでなくバスタブもあるし、洗濯機はどこだろうと思ったら戸棚の中に隠されていた。
 真っ白なタオルやシャンプーリンスなどのアメニティも揃っている。
 もちろんキッチンも。
 無垢な白と、ウッディな茶色と、マリンカラーのコーラルリーフと、全てこの三色で統一してあるのがセンスを感じさせる。
 ここで一週間過ごすんだ。
 海辺のリゾートにあったらいいなと思うものが全部揃っている。
 いや、想像した以上。
 大きなテレビの下のラックには、雨の日でも退屈しないようDVDソフトやゲーム機も。
 ダイニングの隅にはオーディオセット。
 バルコニーには屋根のついた白いテーブルセットだけでなく、リラックスできるよう寝椅子も並んでいる。
 「レナ、こっちがブランコだよ」
 リビングとメインベッドルームの間にもう一つ小さめのベランダがあり、そこに長椅子状の大きなブランコが備え付けられていた。
 「ホントだー」
 レナも目を輝かせてとんでいく。
 二人で飛び乗り、ゆうらゆらと揺らし始めた。
 「すごいねぇ、ここ」
 「予想以上だね」

 海との間に椰子の木立があるのは致し方ない。
 後でミッションビーチからサウスミッションビーチまでいろいろ見てみたが、この辺りではビーチと宿泊施設が直接連結しているところは無い。
 必ず木立か道路を隔てて建物は建っているのだ。
 ウォンガリングビーチの辺りはかなり木立が密集しているし、サウスミッションビーチまで行けば木立はまばらだが、そのかわり建物は道を挟んで少し奥まったところに建っている。
 おそらくこの木立は防風林の役割を果たしているのだ。
 1918年、巨大なサイクロンがこの地を襲い、イニスフェイルからミッションビーチに至る海岸線は壊滅的な被害を受けた。
 その教訓からビーチに剥き出しに家屋を建てないよう定められたのではないだろうか。
 実際、椰子の木立があるおかげで、建物から海を見るのは難しいが、海からも邪魔な建物は見えず、どこまでも黄金色の砂浜が続くナチュラルな風景が見られる。
 ここは決して人工の景観ではなく、大自然の中なのだとそんな風に思える。

 波の音が聞こえる。
 さあ一休みしたら海岸に行ってみよう!



 今までの失敗から、海に行くときは水に入れるつもりはなくても子供たちには必ず水着を着せるべきだと判っていた。
 興奮した子供は、駄目だといっても真っ直ぐ海へ走っていってしまうから。
 もう夕方5時近いのだが、まだ空は明るい。
 それに急いで来た甲斐があった。
 海の空は完璧なコバルトブルーだった。
 雲ひとつない。
 プールの脇を通り芝生を踏んで椰子の木立まで来た。
 木の枝に手作りのブランコが下がっていた。
 そして椰子の間の小径を抜けると、海だ海だ。
 広い広い砂浜。
 だぁれもいない。
 どこまでも果てしなく続いているみたい。
 右手正面にダンク島。
 停泊しているヨットが見えるくらいの近さ。
 いくつか他にも小さな島が点在して、もっと右の遠くには半島か島のような影。もしかしたらヒンチンブルック島かもしれない。
 ここ、いいなぁ。
 こんなビーチがケアンズからわずか2時間の場所にあったなんて。
 ミッションビーチに来て良かった。
 お散歩するカップルが遠くから歩いてくる。
 むくむくの犬を連れている・・・と思ったら、いきなり犬は駆け出して、しっぽを振りながら嬉しそうにこちらに飛びついてきた。
 豪州では犬までフレンドリー。



 その後子供たちはプールに入りたいと言いだした。
 えっ。だってもう5時半になっちゃうよ。
 パパがプールに手を入れてみて、そんなに冷たくないから大丈夫だろうとGOサインを出した。
 ウォンガリンガに着いたとき、部屋からプールで遊んでいる男の子たちが見えた。彼らももう夕方だから部屋に戻ってしまったようだが、それを見ていたカナとレナも泳ぎたくて仕方ないらしい。
 まあ今日は一日車の中に閉じこめられていたしね。
 既に水着になってるから、まあいいか。

 ここのプールは「く」の字型をしていて、そんなに大きいものではないが中央はかなり深い。
 海に向かって左半分が1.4m、右半分がなんと1.8m。
 パパでも背が立たないじゃん。
 両端が区切られていてここは浅くなっている。幼児向きだ。
 だから安全な端っこで遊ばせようと思ったが、カナはもとよりレナもそんなものでは満足しない。
 海を散歩するだけのつもりだったので、アームリングなどの浮き具などは部屋に置いてきてしまった。
 プールに備え付けてある発泡スチロール素材の長いバーで遊ばせることにした。
 絶対これから手を離しちゃ駄目だよ。
 そんな言いつけを真面目に聞いていたのは最初のうちだけ。
 気がつくと二人とも平気でそのまま泳いでいる。
 小学二年生のカナは学校の水泳でとりあえず25m泳げることになっている。
 幼稚園年長のレナは園の正課であるスイミングに週一回通い、クラス分けで三クラスのうち、一番泳ぎの上手いグループに入れてもらっているようだ。
 それにしたって・・・。
 親は心配なので二人が浮き具から離れる度に冷や冷やしてしまった。

 プールサイドの一角にウォンガリンガの管理人が常駐している部屋がある。
 ウォンガリンガの管理はロラリーとウェンディという二人の女性が行っていて、今日はウェンディが担当の日だった。
 さっきチェックインを受け付けてくれたのもウェンディだ。
 この部屋はツアーデスクにもなっていて、いろいろな現地オプショナルツアーのパンフレットなど置いてある。
 子供たちが遊んでいるとプールサイドにウェンディが出てきて、私に壁についたボタンを教えてくれた。
 Spa buttonと書かれている。
 こっちでSpaというと何を指すだろう。
 泉・・・もちろんHot Spaなら温泉?
 最近流行のマッサージとエステの入り交じったようなやつ?
 それともジャグジー?
 このボタンの正解はジャグジーだった。
 スイッチを入れると、プールの端がぼこぼこと波打った。
 あはは。自由にスイッチを入れて使っていいのね。
 でも水が温かいわけじゃないから、お風呂のようなわけにはいかないか。



 海の空が暗くなり、一番星がきらめきはじめた。
 今日の夕御飯はバルコニーで食べよう。
 波音を聞きながらディナー・・・。
 プールから上がった子供たちはお風呂で温め、ワンピースを着せた。
 パンとサラダと、それからメインディッシュはアイカンダパークで食べきれず持ち帰ったハム。
 今朝、ディヴィッドにもらったスパークリングワインを開けることにした。
 カナが目敏く栓の形を指摘する。
 「あっ、それってぽんってなるやつでしょ」
 去年、ポートダグラスのリッジスで、今日と同じようにテラスで夕食にしたとき、ぽんっと開けたのを覚えていたのだ。
 ぐるぐるとねじってあるワイヤーを外し、指をかけて・・・
 子供たちは思わず目をつぶって耳を塞いだ。
 ・・・。

 あれ?
 ぽんって言わない。
 パパが首をかしげた。
 変だなぁと、最初はおそるおそる、それから力いっぱい引っ張って、それでもなかなか栓は抜けない。
 やっと抜けた。
 気の抜けた音一つしなかった。
 うーん・・・。
 とくとくとく・・・とグラスに注ぐと、これまた謎の色。
 「赤? 白? それともロゼ?」
 何というか、濃い琥珀色の液体。
 臭いを嗅いで味見・・・いや、毒味か?
 これ、スパークリングワイン? というか、そもそもワイン?
 ワインとは思えないほど発酵が進んでいる。
 そう、紹興酒みたいなこくのありすぎる味わい。
 珍しい貴腐ワインだって言われたら信じると思う。
 でもディヴィッドはスパークリングだってはっきり言っていたし、何よりこの栓の形状は発泡ワインのそれに間違いない。
 パパと二人、顔を見合わせた。
 次の瞬間二人して大笑いしてしまった。
 昨夜客人の酒を飲み過ぎたからと、慌てて貯蔵庫か戸棚の奥からワインのボトルを探したシンディとディヴィッドの姿が目に浮かぶようだ。
 何年間、どういう状態で保存されていたスパークリングワインか判らないけど、お礼に一所懸命探してくれた気持ちがとても嬉しいじゃない。
 ありがとうありがとう。
 これは貴重な思い出のワイン。
 今夜も天空は満天星。
 ミラミラで見たあの怖いくらいの星空とは比較にならないけど、それでもミルキーウェイはくっきり、椰子の葉の間に流れている。
 聞こえるのは波の音だけだ・・・。


五日目「ミッションビーチの優雅な一日」に続く・・・
 
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