ポートダグラス楽園日誌2004-1

1.真冬のケアンズへ


 初日 7月14日(水)


「レナ、オーストラリアで何が一番楽しみ?」
「レナはねぇ、気球に乗ること。気球で空を飛ぶことだよ」
「耳の付いたコアラの形の気球でしょ」
「違うよ。地球儀の形をしたやつ」

 六歳のカナと四歳のレナに前日、オーストラリアに行ったら気球に乗ると話をしたら、そのときはレナは「怖い怖い、乗りたくない」って言っていたのに、一晩寝たら気が変わったらしい。

 レナと違ってカナに聞くときはタイミングを選ばないといけない。彼女は妹のように素直には教えてくれないからだ。しつこく聞くと、オーストラリアに行かないなんて言い出す。
 本当に行きたくないわけじゃない。去年一番喜んでいたのはカナだし、また行きたい行きたいと言い続けて、一年間が過ぎた。
 今年、本当にオーストラリアを再訪することが決まって、パパはカナにこう言った。
「パパはカナとの約束を守ったでしょ」

「カナはオーストラリアで何が一番楽しみ?」
「あのね、あのね鳥さん・・・」
 消え入りそうな小さな声。
 カナは小鳥が大好きなのだ。飼っているわけじゃなく、公園やキャンプ場で見るだけだけど、他の動物よりとにかく鳥に興味を示す。学校の図書館から借りてくる本も野鳥の図鑑などだ。
 去年、オーストラリアを訪れて、色鮮やかなレインボーロリキートが肩に乗ったりカナのあげた餌を食べたり、愛嬌のあるオレンジフッテッド・スクラブフォウルが泊まっているリゾートの敷地をうろうろしているのを見て、もう毎日目を丸くしていた。
 オーストラリアに行けば、また鳥たちに会える。
 それにカンガルーに餌をあげたり、本物のカウボーイやカウガールが暴れ馬に乗る大会を見たり、帆船で珊瑚礁の海をクルーズしたり、移動遊園地で乗り物に乗ったりできるよ。

 出発までもうあと少しだね。



 成田発ケアンズ行きのQF060便は、21時25分発だ。
 自宅を出るのは午後でいい。
 その日の朝はいつも通り、パパは会社へ、小学校一年生のカナは学校へ、年中のレナは幼稚園へ向かった。
 既に7月に入ってから午前保育になっているレナが一番早く、12時前に帰宅する。それから午後半休を取ったパパ、そして最後が4時限目の後、給食を食べたカナが続けて戻ってきた。
 もう荷物はまとめてある。
 去年、ケアンズで買った布製のスーツケースにほとんど入ったが、持ち上げてみたら重すぎた。エコノミーは一人20キロまでだっけ? だとしたら、危ないな。去年の帰りの便では30キロ以上で超過料金と言われたよ。とりあえず二つに分けるか。もうひとつは折り畳める軽いバッグにしておいて、30キロだったら空港でまたひとつにまとめよう。

 過去三回訪れたケアンズ。
 最初の二回は雨期にして夏。最後の一回は去年で乾期のはじめだった。
 今年は乾期のど真ん中で真冬にあたる。昼間は半袖、夜は長袖の気候と言うけれど、具体的にどんな衣類を持っていけばいいだろう。
 幸い泊まるポートダグラスのリッジスのヴィラは洗濯機に乾燥機もついている。夜の間に洗って毎日同じ物を着たっていいんだ。半袖三枚に、薄手の長袖とフリースのベスト、ウィンドブレーカー、こんな感じかしら。
 浴衣も持っていくことにした。
 夏休みに入る前に出発することになったので、レナは幼稚園の夏祭りに出られない。せっかくの浴衣を着る機会がなくなって寂しいので、旅先で着せることにした。外人さんに浴衣は受けると思うけど、真冬に浴衣は変かもね。

 午後三時、自宅を出発。
 高速道路は空いている。
 まもなく成田空港到着だ

 一時間ほどで成田空港近くの駐車場に着いた。車を入れて受付を済ませると、あとは駐車場から空港まで送迎してもらう。
 係りのおじさんはカナとレナに「幼稚園バスが来るからね」と笑っていった。
 カナは「私はもう、幼稚園バスには乗らないからね」。
 でもやってきたのは幼稚園バスではなく、送迎用のマイクロバスだった。

 成田空港第二ターミナルに到着したのは午後4時過ぎ。まだ4時間以上もある。航空券とホテルだけのツアーだが、一応団体扱いなので旅行代理店の受付を済ませる。
 受付中に急にレナが泣き出した。持ってきた小指の先ほどのハム太郎の人形が無いと言っている。
 駐車場で自分のリュックからこぼれたので、スーツケースの上に置いたというのだ。気づいていれば回収したものを。もう見つかるわけがない。
 わんわんと泣く娘を抱きかかえて、いったん外へ出た。
 カナがプランターに咲いているゼラニウムを見つけてレナを呼んだ。ほら、花びらが下に落ちているよ。ピンク色のもあるよ。もう泣かないで。
 なかなかどうしてお姉ちゃんらしいカナだ。

 5時前にカンタスのチェックインもできた。
 面倒だったので二つに分けた荷物のうち、軽い方は手荷物扱いにすることにした。
 まあいいか。

 カナがターミナル一階の天井にミニーのヘリウム風船が二つ引っかかっているのを見つけた。
 ディズニーランドでヘリウム風船を買うときには必ず、「お帰りの際、飛行機には乗りませんよね?」と確認されるはずだ。気圧の関係で飛行機には乗せられないからだ。誰かたぶん外人さんが知らずに購入して、持って帰れないことを知りここで手を離したものか。

 出国審査もさっさと済ませ、本館からシャトルに乗ってサテライトへ移動。
 何だかわくわくするらしく、子供たちは各々リュックからサングラスを取り出して掛けてみたり、帽子を被ってみたり。
 サテライトに着いたら、カナは子供の遊び場はこっちだよとさっさと歩き出す。へぇー、一年以上前のことなのによく覚えているんだね。方向音痴の母は全然覚えていなかった。
 プレイルームは空いていて、金髪の姉弟と中国人らしい女の子の他は子供はいない。
 言葉も通じないのに、いつの間にかカナとレナは中国人の女の子と一緒にシーソーしたりして遊んでいる。小さな人形をレナが持っているのを見て、彼女は貸してというそぶりを見せ、レナはしぶしぶ貸した後、「貸しただけだからね」と何度も念を押してその言葉が通じていないことを不思議がっていた。
 中国人の女の子が知らない人形を持っているのを見て、彼女の母親が返しなさいとジェスチャーしたが、彼女は嫌々をしてさっと逃げてしまった。けれどレナがべそをかいているのを見て、後を追い、うなだれて人形を差し出した。
 言葉が通じなくても通じ合うものはある。そんな風に感じたひとこまだった。

 ビデオでバズライトイヤー・帝王ザーグを倒せを見たり、遊具で遊んだりして2、3時間ほど保たせたが、流石に限界だった。
 親も交代で免税店など見に行ったが、別にほしい物もない。スウォッチのパワーパフガールズが可愛くて、子供たちに買いたいと思ったくらいだが、カナはもう腕時計を持っているし、レナはすぐ無くしてしまうだろう。

「もうつまんない・・・」とカナが言い出した。
 レナも疲れてぐずぐず言っている。
 プレイルームは終わりにすることにした。

 窓の外に私たちの乗る便より早いカンタスのシドニー行きが乗客を乗せ、じりじりと動き出している。空はもう黄昏時もとうに過ぎて、藍色の帳が降りている。滑走路の誘導灯が一直線に並んでいるのが見えた。
「ねぇ、置いていかれちゃうの?」とカナ。
 まだだよ。
「でも、もうほとんど人がいないよ」
 夜になると、オーストラリア行きを残してほとんどの便は既に終わっている。空港に残っている客も減って、焦燥感を感じているらしい。

 最後の時間つぶしは、空港の無料インターネットだった。
 何故か5台分の台があるのにパソコンは2台しかない。盗まれてしまうのだろうか。1台は別の人が使っていた。残る一台を巡って、疲れてきた姉妹は取り合いを始める。
 そうだよね。疲れたよね。もう4時間も空港で待っているんだものね。
 ようやく搭乗案内が入ったが、少々遅れている模様。9時25分発のはずの飛行機に、やっとの思いで乗れたのは既に9時40分過ぎ。

 去年使ったケアンズ行きは、ケアンズ経由シドニー行きだったのでオフシーズンにも関わらず混んでいて、3列4列3列の真ん中の4列を取ったがこれは失敗だった。子供たちは遠慮なく一人二席分占領して寝てしまい、大人二人はどうやって寝たものかと途方に暮れた。
 今度の便はそれより小型の機で、2列3列2列の窓際2列を前後で取ることができた。ぎっちり四人くっついているよりも、窓や通路側にスペースがある分少し余裕がある。レナはママと前の席に、カナはパパと後ろの席につくことにした。

 暗闇の中飛び立っても、なかなかキッズミールが配られない。
 去年は水平飛行に入るか入らないかぐらいで持ってきてくれたのに。
 ただでさえ離陸が遅れて、お腹を空かせた子供たちは待ちくたびれている。早く早く・・・。

 カンタスでは子供にだけウェストポーチに入った文具セットが配られる。去年はウォレス&グルミットだったが、今年はモンスターズインクだった。
 このところピクサーづいている子供たちは大喜び。レナは最初、違うのを配られたのでパパが取り替えに行ってくれた。

 やっとキッズミールも配られたが、どういうわけかレナの飲み物が来ない。
 さっきのウェストポーチも危うく忘れられそうになっていた。小さいから見落とされるのか、仕方ないのでスチュワードに飲み物を頼みに行った。ちょうどビジネスクラスで夕食を配っていたが、お願いするとまずその場で水をくれて、その後席までオレンジジュースを持ってきてくれた。

 カナは夕食を沢山食べて、レナはほとんど食べず、二人ともあっという間に寝てしまった。
 そのあと大人はゆっくり食事。
 去年はこのあと地獄が待っていた。
 レナが夜中に何度も起きてぐずぐず泣いたのだ。
 でも今年は一年分成長したのかそんなことは無かった。
 一度だけ起こされた。時計を見たら午前4時頃だった。
「ママ、外にお星様がいっぱい見えるよ」
 なんだかふと目が覚めて、窓の外を見たらしい。
 どれどれ。
 ああ、本当だ。
 地上で見る星と違って何だかぎらぎらとしている。空に近い場所だからか。
 飛行機の翼の横に傾いだオリオン座。
 冬の星座が見えるなんて、もうここは南半球なんだ。


二日目「モスマン渓谷」へ続く・・

 
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